Episode170-2 修学旅行の終わり
どこか物悲しい、物語の終わり。
「……女の子は結局アゲハのこと、覚えていて会いに行ったんですか?」
たっくんは一度、上を見上げてから笑って私を見る。
「内緒」
「え」
「だって、全部言っちゃったらつまらないでしょ? 気になるなら本屋さんで買ってね」
「あれ。もしかして私、いま購買意欲の煽りを受けさせられていました?」
疑惑を向けるも彼はすっくと立ち上がり、花海棠の根元から離れた。
「ほら花蓮ちゃん、皆のところに戻るよ」
「え、そんな急に?」
しかし置いて行かれそうな気配がしたため慌てて私も立って、歩き始めているたっくんの隣に並ぶ。
歩きながら、けれど一度だけ振り返ってあの花海棠を見る。それは風に緩く吹かれて、薄桃色の花弁がさわりと揺れていた。
確か海棠は、中国原産の花木。交配して生み出された種ではなく昔からある原種のものなら、その歴史も相俟って何らかの呪いとか神秘の力など、確かに宿ってそうに思う。
もしそんな不思議な力が海棠に宿っていて、小鳥にも影響を与えていたのならと想像が広がっていくものの、でもやっぱり物語でフィクションだしということで一旦想像は打ち切って、前を向く。
「拓也くん。ちなみにお家にその小説の在庫って、置いてあります?」
「買うの?」
「そりゃあれだけ要約されて、しかも結末内緒になれたら気になりますよ。ちゃんと初めから読んでスッキリしたいです」
たっくんに本の予約を取りつけて二人並んで歩き、生徒も鹿も集まっている場所へと歩いて行った。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
奈良公園を出発し、最後に訪れたのは東大寺。社会の授業で必ず一度は耳にする、奈良の大仏さまが安置されているお寺である。
もう豊島くんのテンションが爆上がりだった。興奮のし過ぎで若干眼鏡がくもりを帯びていたほどです。
でも本当に京都もそうだったけど建立してからもう何千年も経っているのに、ずっと立派な状態のまま残されているのすごいよね。
いや折々に修復とか修繕作業が入っているのは知っているけど、世界中で戦争していた時期もあったことを考えれば普通にすごいことだと思う。
それを興奮中の豊島くんに何気なく言えば、超絶な熱量でもって返されました。おおう……。
そうして奈良での旅も終了し、バスから新幹線に乗っている帰りのこと。
「一応在庫はあると思うけど、確認して電話するね」
「はい! 明日でしたら振替休日なので、すぐにでも購入しに行きますから!」
「よくそんな元気あるね。僕はもう疲れたよ」
やっぱり過ごす環境が違ったからだろうか、見ると遠足の時と同じように眠りに旅立っている生徒が多かった。
私は意外とそんなに疲れてないんだよねー。帰ったら鈴ちゃんにタックルされるのは確実だし、ヘロヘロなままではいられまい。
「ふっふっふ。私は帰宅した時のことを考慮して、体力を温存しておりますから!」
「何があるの百合宮家で」
「そうだ百合宮嬢。君、あまり社交の場には出ないそうだね?」
たっくんと話していたら急に後ろから割込む声が。振り返って、窓と背もたれの隙間から覗き見る。
「居たんですか土門くん」
「指定されている僕の席なのだから、居るに決まっているだろう。いやふと思い至ってね」
「何がきっかけですか。怖いんですが。まぁ私自身、幼い頃から催会には良い思い出がないので、参加しないに越したことはないと思っていますから」
「今はそれもお家から禁止されているしね」
「拓也くん!」
敢えて言わなかったのに!
「なるほど? それはそれは大した予防策だね」
「いま失礼なこと言いませんでした?」
「一人で数百の兵は家で厳重に管理されておかなければ」
「いま失礼なこと言っていますよね!?」
文句を言うと肩を竦める。
「まぁ冗談はそこまでとして。いや。朴念仁と知り合う機会などないのに、何故だろうと思ってね。僕もある程度催会には参加しているが、そう言えば百合宮嬢はいなかったなと」
言い方が興味の度合い薄過ぎなんですが。
本当にナルシーの中での私の存在位置がどこらにいるのか気になるんですが。というか。
「朴念仁?」
「……ああ。いま思えば君は知らなくとも無理はないか。一方的に知っている方が納得できるね。いま言ったことは忘れてくれたまえ」
「なに勝手に一人相撲して納得してるんですか。もうヤダこのナルシー」
ちょいちょい不安煽るのやめてくれません?
楽しい修学旅行、最後は気分スッキリで終わらせてくれたまえよ。
兎にも角にもこうして六年生の一大イベント、修学旅行は幕を閉じたのである。




