Episode161-2 その存在を知る
「良いものこそシンプルと人は言いますわ。それに私が見てすぐに分かったのも、このブランドの拠点が両親のよく滞在しているフランスだからですわね。よく目にする機会が多かったですもの」
「へ、へぇ。じゃあ私がずっと分からなくても不思議じゃないよね!?」
「まぁ、現地に行かなければ買えませんし。分からなくても仕方がないと思いますわ」
やった。今回ばかりは百合宮家の長女なのにどうのという批判は出ない!
「それで、このハンカチの持ち主のことですけれど。結論から言わせてもらえば、心当たりはありますわ」
「あるの!?」
「ええ。聖天学院生で同級生ともなれば、かなり絞られますもの。それに先程の話を聞いていて、色々思い出したこともありますわ。不思議なことの辻褄と言いますか。……少しこの件、持ち主が確定するまで誰かと言うのは、控えさせて頂けませんこと?」
「え? あ、うん。いいけど」
不思議なことの辻褄とか気になる言葉が飛び出たけど、尋ねられたことに了承する。
聞いて頼んだのはこちらだし、もし相手が麗花の思っている候補と違っていたら目も当てられない。それは持ち主が誰かと言うのがはっきりするまでは、憶測での答えは聞かない方がいいだろう。
麗花から返却されたハンカチをポシェットへと戻すと、彼女は徐に突然何を思ったか、こんなことを聞いてきた。
「奏多さまのご交友関係はご存知?」
「? 一応知ってるけど。でもよく聞くのは、遠山家の金成さんくらいだけどね」
主に意見交換会でどうのとよく言っている。
ちなみに冬休みの時に作成していた遠山少年用テスト対策課題のことに関しては、文字通り顔面に貼りつけたらしい後日談によると、後の交換会にて採点を行ったところ過半数以下の正答率だったそうな。
ふかぁーい笑顔で、
『僕が長年教えといてこのザマだと、もう笑うしかないよね。ペンを折るのだけは何とか堪えたよ』
と言っていたお兄様のブリザードっぷりったらなかった。
……私が教える時はあれがこれがそれがだけど、もしかしてお兄様もそんな感じなのでは?
「白鴎家の佳月さまのお話はなさらないんですの?」
「…………ないねー」
全くないですネー。文通を続けるかどうかですごく悩んでいた時から、全然触れられもしない。やっぱりあの時の私の態度、おかしかったんだろうな。
私がアレなのは白鴎家の次男だけで、長男の方でどうかというのも微妙なところ。
ただ佳月さまとの交友自体は今も続いていることを知っているのは、お兄様が携帯で連絡を取り合っているのをこっそり聞いたことがあるからだ。
お兄様と佳月さまの仲が良いことは、私と白鴎にどう今後関わってくるのか。
別に兄同士の仲が良いからという理由で、下の次男長女もと言うことはないだろうけれど。
「……不思議ですわね。まぁ催会にも出ない、学校も違うとなると、同学年でも次男の白鴎さまと関わることはそうないのでしょうけど。けれど歌鈴は聖天学院と言うことですし、次女と長女は兄君同様にお友達になるとは思いますわよ。次の一年生もそう家格が抜けた家はありませんし」
「ん? 何の話?」
「歌鈴の話ですわよ。白鴎家にもいらっしゃるでしょう、今年入学の子が」
「え?」
一体何の話かと目をパチパチさせて問い返したら、当然のような顔でそう告げられる。
……なに。待って、何それ? 白鴎家で今年入学??
「えっと……? あそこはご長男と次男だけじゃ?」
「ご存知ありませんの? あそこも歌鈴と同じく、春生まれとお聞きしておりますわ。ですから白鴎家との子供同士で交流がないのは、三兄妹の真ん中である貴方たちだけですわね」
「……そう、なんだ」
鈴ちゃんと、同時入学?
白鴎家に生まれた。鈴ちゃんと同じ春生まれの、長女。
鈴ちゃんがお母様のお腹にやって来た時は、お父様が定時で帰るようになったら家族構成まで変わるのかと驚いた。それなのに、家族構成が変わるのは百合宮家だけじゃなくて、白鴎家も? どういうことだ。
…………まさか。兄同士が仲良しでも“私たち”の関わりがないから、関わり合わせるために?
「……花蓮?」
「うん」
「どうしましたの? 顔色が……」
「ごめんね、麗花。今日はちょっともう、帰るね」
笑って告げるもどこか心配そうな顔をした麗花に、「分かりましたわ。早く帰ってお休みなさいませ」と言われ頷きながら帰り支度をし、薔之院家を後にする。
ハンカチのことで動いたのに、どうしてこんなことになるのか。
私が白鴎を避けたことで、関わり合わそうと乙女ゲームの世界が強制的に作った存在なのか。
どうして? 私はただ路頭に迷うことなく家族皆で幸せに生きていければ、それだけでいいのに。
「鈴ちゃん」
『お姉さまとお兄さまと、お母さまとお父さま! お手つだいさんたちとみんなでずっと、ずっといっしょにくらすことです!』
私とお兄様に笑顔でそう教えてくれた、超絶可愛い妹。いつも私が帰宅したら玄関で待っていて、テテテと後ろを付いてくる、私の。
……私のせいで生まれたなんて、思っちゃいけない。鈴ちゃんに失礼だ。
あの子は、家族の幸せの象徴。家族に一番感情をぶつけてくる、私の大切な妹。
「絶対に路頭になんて、迷わせないから」
負けない。私は白鴎を好きにならない。
大切で大事な存在は、絶対に守り通してみせる。
決意も新たに、私は前を見据えた。




