Episode161-1 その存在を知る
三月のホワイトデーですが、事の顛末をあっさりめでお伝えします。
バレンタインで私があれだけ頑張ったにも関わらず、あのスケコマ出来過ぎ大魔王は朝一で我が教室に堂々と乗り込んできたかと思えば、これまた堂々と、
『ん。これホワイトデーの。俺も花蓮と同じで、頑張ってちゃんと気持ち込めて作ったから』
そんなことを衆目の面前で爽やかな笑みと共に言い放ち、そうして何事もなかったかのように颯爽と去って行った。
予鈴の鳴りそうな時間帯に来たことを踏まえて考えれば、衆目の面前ということに関しては計画的犯行であることに間違いない。
クラスメートの視線が集中する中、心は暴風雨が吹き荒れはしたが、顔は何事もなかったかのようにスンとして乗り切りましたとも。
そして問題なのがその中身である。以前初詣お家デートの時に垣間見た、大魔王の料理スキル。
ヤツめ、人形型のクッキーに可愛らしいアイシングを施した、女子力高めのお返しをしてきたのである!
基本の四角型に切った私のブラウニーとの、この女子力の雲泥の差。正に月とスッポン。提灯に釣鐘。
ぐぬぬと唸りながらカメラにパチリと収めた後、もちろん美味しく頂きました。
――とそんな女子力敗北イベントを乗り越えて、もうすぐ四月になろうとしている。
四月と言えば春。春と言えば出会いと別れ。入学と卒業。
六年生にもうすぐ進級するという時に、私はとある一つの問題と直面していた。
「どうしよう……」
自室のベッドで寝転がりながら、手にしたハンカチを見つめる。
何回か偶然に出会って、何の巡りかまた手元に返って来てしまった、シンプルな水色のハンカチ。
いつどこでまた偶然出会えるか分からないので、いつも肌身離さず持ち歩いていたのだが、一向に返せる気配がない。
あんなに出会えていたのだからすぐ返せるかなと思っていたのに、かれこれもう四年は経っている。
ちゃんと自分の手で返したかったからずっと持っていたけれどこの六年生になる一年の間に返せなければ、また更に三年間持ち続けることになってしまう。
こうなってくるといい加減、最初の時のように坂巻さんから渡してもらおうかとも思っている。だってこう何年も経っていると、あの子の方が絶対に私のことを覚えていないと思う。
向こうが見つけてくれないと、顔も知らない私では見つけようがないのだから。
「うーん。情報としては男の子、同じ歳、聖天学院生…………あ」
パッと起き上がり、にんまりと口角を上げる。
――いいこと思いついちゃった!
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「――で、今度は一体何を企んでいますの?」
「会って第一声がそれっておかしくない?」
玄関先で麗花自身に出迎えられ、そんなことを言われた私は口を尖らせた。
ちゃんと遊びに行くって事前連絡もしたし、相談したいこともあるからって、ちゃんと伝えたのですが。
「歌鈴と蒼佑の時の前科がありますのに、疑われない根拠を充分に述べて頂きたいですわね」
「本当にあの時はすみませんでした」
ダメです。私に反論の余地は一つもありませんでした。
麗花のお部屋へとお邪魔して落ち着くと、早速用件を口にする。
「あのね。これの持ち主に心当たりがないかなって」
ポシェットから取り出したハンカチを麗花に手渡す。
「持ち主? このハンカチのですの?」
「うん。四年前に何度か偶然会った男の子なんだけど、自己紹介するタイミングとか全部逃しちゃって。私もどこの誰か分からないし、向こうも同じ。ただ上流階級の子っていうのと、聖天学院で同級生っていうことしか分からなくて。それにほら、催会出席禁止令出ていて、そういう社交の場にも行けないじゃない? どうにか香桜に行くまでに、ちゃんと返せたらと思っているんだけど」
麗花に心当たりがあれば、彼女に頼んで再会の場を作ることもできると考えた。
どんどん記憶が薄れていく中で偶然に頼るのでは、返す機会ももう訪れないかもしれない。だったら自分から動いて探すしかないと思ったのだ。
ハンカチを手に取って広げて、しげしげと眺めていた麗花の視線が私に移る。
「ちなみにですけれど。その方とは、何処でどのようにして会われましたの?」
「え? あ、最初は麗花と一緒に行った、瑠璃ちゃん家のあのハロウィンパーティだよ。ほら、私だけお手洗いに行った時あったじゃない? あの時にちょっと色々」
「まぁ。てっきり長いトイレだとばかり思っておりましたのに」
「長年の誤解がとけて良かったよ本当に」
お菓子食べ過ぎの大じゃありませんからね。
「それで、二回目はスーパー。私は遠足のおやつを買いに行って、あっちも親交行事でお菓子を買いに来たって言ってたよ。社会勉強と思って来てみたって言っていたから、家格格差にあまり偏見のない子だと思う。あとこれが最後なんだけど、一年生の夏休みの時の例のパーティ」
「……水島家の?」
「そう。そこでハンカチ渡してくれて。あの後は禁止令出されちゃったから、会える機会めっきりなくなっちゃったの」
話を聞いて少し考えている感じだった麗花は、ふと顔を上げて再度質問してきた。
「このハンカチ、どこのブランドかご存知?」
「ブランド? え、知らないけど」
「これ、かの有名なハイブランド『Luxury D』のハンカチですわよ」
「『Luxury D』!? こんなシンプルなのに!?」
だってどこからどう見ても、ただのシンプルな水色のハンカチ!
ロゴとかどこにも入ってなかったけど!? てかどうやって見分けてるの!?
「ほら。こうやって光に透かすと、ちゃんと見えてくるでしょう? この透かし技術は『Luxury D』独自のものですわ」
「……あっ!」
照明に照らされて見せられて、確かに文字が浮かんで見えた。
よ、四年も持っていたのに、いま初めて知る驚愕の事実……!




