Episode152-2 初詣お家デートの帰り道
そうしてお菓子も片づけて戸締りと暖房、電気の確認をして裏エースくん家を後にする。
私は降りたバス停とは反対道路側のバスに乗らなければならないが、先に来ていた裏エースくんはどうやって来たのだろう?
手を繋いで道を歩きながら聞いてみると。
「俺はタクシー拾って帰るから大丈夫」
「タクシー!?」
いや、スクールバスに乗る前・降りた後の送迎車通学の私が言えた義理ではないが。前世の庶民感覚を覚えている私には、小学生でタクシーを使うとは贅沢!とついつい思ってしまうのだ。
私も行く前は家族にタクシーで行くのか聞かれたけど、そこはバスでと答えました。
「俺と母さんはバスで充分って言ったのに、親父と兄貴が絶対タクシーで!って譲らなくてな。そういうのあっちの家じゃ普通なんだろうけど、いつか当たり前になってくんだろうなって思う。……あんまりそういう変わり方はしたくないけど」
「それって、贅沢慣れが嫌ってことですよね」
「おう。それ言うと逆に花蓮って、お嬢様だけど結構庶民感覚なところあるよな。給食も出されたものは全部ニコニコしながら、残さず食べてたもんな」
「貴方だって私のこと観察してるじゃないですか。前に黙って食べとけと言っていたのは誰ですか」
まったく人のこと言えないじゃないか。しかし、贅沢慣れか。
裏エースくんだったら、そんなに変わらないと思うけどな。中学は有明学園受かったら寮生活で贅沢とかしないだろうし。
三年でどれだけ変わるのか、変わらないのか。
でも中学が終わる時って、次のことが始まる時でもある。まだ小学生なのに、どれだけ先のことまで考えなきゃいけないのか。
「太刀川くん、前に高校のこと仰っていたじゃないですか。もしかして、もうどこを受けるのか決めてます?」
「決めたというか、決められたというか。聖天学院付属のどっちか」
「聖天学院の、付属……?」
勉学に重きを置いた、銀霜学院。
スポーツに重きを置いた、紅霧学院。
どうして、よりによって――
「花蓮?」
「……その二校のどちらかじゃないと、ダメなんですか?」
「まぁダメってことはないけど、最有力だな。奏多さんだって銀霜学院だろ? 予想だけど兄貴が銀霜行くだろうから、多分俺は紅霧かな」
紅霧学院。緋凰と春日井と、麗花の。
そっか。裏エースくん、体育の競技何でもできていたし。運動会でも毎年活躍しているし。
「やっぱり、花蓮は銀霜学院の方か?」
「え」
思わず顔を見つめると、視線に気づいた彼の顔もこちらを向く。
「花蓮家は奏多さんが跡を継ぐから、小学校も清泉だし花蓮は自由なのかなって思ってたけど、中学は指定されたんだろ? だったら高校も可能性あるんじゃないか? 中学は受けられないけど、高校は外部で受けられるだろ? 心配して全寮制の女子校受験させるんなら、奏多さんが通った銀霜学院に行かせるのはあると思うけど」
「っ!?」
……全然、そんな可能性考えなかった。
もし中学で外部受験があったら、受けさせられた?
理由が理由だから香桜女学院の受験を受け入れた。
もし香桜女学院ではなく聖天学院への受験を命じられていたら、あの時の私は断れたか? ……断れなかった。受け入れるしかなかった。
私を心配してくれてのこと。私に何かあったらお兄様に連絡が行く。麗花もいる。そう説得された筈。私が行きたくないと言っても、理由を言えない以上はただの我儘にしかならない。
お兄様が在籍している学校だから、百合宮の名は強いだろう。風紀委員として駆け回られ、学院内の様々な改革を行われている。お兄様からも、意識改革と口にされているのを耳にしている。
特権階級であるファヴォリの所属を返上してまで、どうしてお兄様はそのようなことをされているのか。
――それが全て、私が銀霜学院へ通うための布石だとすれば?
秋苑寺とは二度出会った。
白鴎とは出会っていないし、出会うつもりもない。
私。
私は。
「行きたくないです」
「え?」
私の顔を見て、驚いた顔をしている。
「銀霜学院なんて、行かないっ……!」
「ちょ、どうした!? かれ、」
離れていたくなくて、繋いでいた手を離してその身に縋りつく。ミント系の清涼な香りが鼻孔に届く。
忘れたくない。大好きなこの人の香りを、忘れたくなんてない。
分からない。どうしようもなく不安が過る。
会いたくない。絶対に会いたくない!
変わるのか、変わらないのか。
変わってしまうのか、変わらないのか。
――怖い
――恐い
いつも冷めた瞳を向けられていた。
優しい瞳は“あの子”に向けていた。それなのに。
それなのに……っ!
「花蓮」
包まれるように腕が回される。泣きたくなるような安心感しかそこにはない。
お兄様だと絶対的に守られていると感じるけど、裏エースくんは守ってくれると信じさせてくれる。この人だったら大丈夫だって、安心させてくれる。
「何が不安だった?」
私のこと、何でそんなに解るの。
「……離れるの中学校だけって思っていたのに、高校も離れるとか言うから」
「悪い。でもな、お前が紅霧学院は無謀だろ」
「……」
「俺が銀霜なのも兄貴のこと考えると、ちょっとな。他なぁ……」
「いいです。分かってます。上流階級の次男三男の将来を考えた時、聖天学院付属の学校卒が一番就職に有利だって。私の我が儘で進路を変えるのは違います。やめて下さい」
顔を上げて、近い位置にある顔を見返す。
「いま、貴方に勇気をもらったから大丈夫です。私、ちゃんと頑張ります。何があっても負けないように、強い女の子になります。高校はもし離れても、何とか連絡取り合えるようにしますから!」
笑って宣言する。
銀霜学院には何が何でも受験しない方向に持っていく。私も自分でも紅霧学院は無理だと思うから、家から通えて家族にも安心してもらえるような高校を探す。頑張る!
晴れやかな顔をしてそう告げると、裏エースくんもホッとしたように笑った。
「分かった。繋がりがあったら絶対にまた会えるし。高校受験して決まったら、俺から花蓮の家に連絡するよ。中学んなったら家引っ越すし花蓮も家にいない可能性あるから、その方が確実だろ?」
「そうですね。お待ちしています!」
「ん。あとさ、気づいてるか?」
「何をですか?」
分からなくて聞いたら、どこか遠い目をされる。
「ここ、道の往来。人とか車が通る場所で、俺らいま抱き合ってる」
「え。……ぎゃあぁっ!!」
ハタ、とした。そろりと見回した。
ご近所のおばさんだろうか、お隣らしき奥様と微笑ましげに私達を見つめて、ウフフ……オホホ……していらっしゃった。
状況を把握した瞬間、悲鳴を上げながらバッと離れる。
恥ずかしい! また私がやっちゃったよ何度目だよ本当鳥頭ですよ恥ずかしい!!
「すみ、すみませんでしたっ! 何か色々、本当色々爆発してすみませんでした!!」
「うん。本当にな。さすがに人目あったら恥ずかしいよな。……でも、」
真っ赤な顔を両手で覆っていた、その片方を取られる。
最初にしていた恋人繋ぎに戻されて。
「その分。俺のことが大好きだって分かるから、嬉しい」
「ううぅっ!」
本当に嬉しそうな顔で笑うから。
片眼でしかその表情を見れないことがもったいなくて、もう片方の手も顔から外してちゃんと見る。私が見ていることに気づいて、珍しく照れた様子でクンと手を引かれた。
「ほら、帰るぞ」
「はい!」
――忘れないよ
二人で同じことを神様にお祈りしたことも、カルボナーラを食べたことも、本音を聞いたことも。
貴方の香りも、笑顔も。
絶対に忘れたりしないから。




