Episode145-2 恋愛経験値レベルアップ方法
「……うん?」
「さっき書店に行って、そういう系統のライトノベルを買ってきたんです。お勧めされていた人気の本でしたので、皆が読んでいると思いまして。それをさっきまで読んでいたんですけど、羞恥心に殺されて半分くらいしかまだ読めていません」
「恋愛?」
ジィッと見下ろしてくる瞳とかち合い、目をパチクリとさせる。
「お兄様?」
「前に、僕に女性のタイプを聞いてきた時あったよね? あれもそう?」
「え? いえ、あの時とはちょっと違います」
あれは対象が麗花だったから。今は私だし。
「兄が風紀委員をしているのに、妹が堕落してもいいと思っているの?」
「堕落!? え。恋愛って堕落するんですか!?」
「花蓮。恋とは人を正常ではいられなくするものだよ。春が来たとはよく言うけど、頭がお花畑になるんだ。相手のことしか見えなくなり、視野が狭くなる。何もかもの能力が低下する。来年受験の花蓮には、そんな人間になる暇はない筈だよ」
「そ、そこまで言います!?」
真顔で全て言い切られて、かなり動揺する。
た、確かに効果的には諸説あるけど、でも逆に強くなることもあるのでは? 水島兄のトラウマだって、裏エースくんへの気持ちで打ち勝ったし。
そんなことを思って反論を試みようとしたところ、しかし真顔のままのお兄様の顔面の迫力には、開きかけたお口も閉じざるを得ない。
「まさかとは思うけど、好きな人でもいるの?」
「えっ」
まさかとか言われた。
直球で聞かれて直前までのやり取りで素直に頷ける人間は、果たしてどれだけいるのだろうか? 私は無理である。
「い、いません」
「だよね。うん、花蓮には早過ぎるよ。そういうの」
ポンポンと頭を撫でられるが、仄かな圧力を感じる。
これ何の圧? 蘇生回復に来たのに、何かダメージ受けてる気がするのは気のせい?
「ち、ちなみになんですが。いくつくらいになったら許容範囲で……?」
表情は変わらず無言で考えている?(反応がないから分からない)お兄様は、暫くしてから。
「二十歳越えてからかな」
「おっそ! 成人しなきゃダメですか!? 国の法律では女性は親の同意があれば、十六歳で結婚できるんですよ!?」
びっくりした! 待って、これで私が裏エースくんのこと好きなのバレたらどうなるの!? 怖いんだけど!
堪らず国が決めた法律を出して反論すれば、真顔から深い笑顔になるお兄様。
「花蓮は早く結婚したいの?」
「え? え? どういう話の切り変わり? ま、まぁ想い合う人ができれば、結婚したいなとは思いますけど」
「長男で跡取りの僕がする気がないのに、年功序列で下の妹が、僕よりも先に結婚できると思っているの?」
「いつの時代の話!? ……え!? まさか結婚しないつもりなんですかお兄様!?」
というか、暴論! お兄様がとんでもない暴論かましてくるんですけど!?
……あっ! お兄様が結婚しないとか、『麗花私のお義姉さん化計画』が頓挫しちゃうじゃん! ダメだよそれは!!
「やっぱりお兄様、早く彼女作って婚約しなきゃダメです! 一番身近な人で、お兄様とすっごくお似合いの人がいます!」
「僕にそういうの勧めてくると言うことは、やっぱり好きな人いるんだな」
「何で!?」
どういう推理!? 合ってはいるけど、勧めた理由違う!
「没収で」
「え。え? 何を没収? あ、ちょっとお兄様どちらへ行かれるんですか。待ってくだ……私の部屋じゃないですか! ちょ、本! 私が買った本!!」
ベッドから降りてスタスタとどこに向かうのかと付いて行けば、何と勝手に私の部屋に入ってベッドの上に放置していたライトノベルを手に取り、抱え始めたではないか!
没収って、私の恋愛経験値レベルアップアイテム!!
「泥棒です! お小遣いはたいて買った本です! ひどいです何の権限があってそんなひどいことをするんですかお兄様!!」
「妹の風紀を取り締まる兄の権限で。後で家族会議開かないと」
「また私に禁止事項増やす気ですか!?」
何もやらかしてないのに!? ひど過ぎるのでは!?
誰か、誰か教会の神父を止めて下さい! 暴走しています!
「お姉さま、お兄さま。なにしているんですか? 鈴もなかまにいれてください!」
お兄様の腰回りに子泣き爺化して暴走を止めようとする中、騒ぎが聞こえたのか鈴ちゃんが扉から顔を覗かせていた。
「鈴ちゃんいいところに! お兄様が私のご本を奪おうt「歌鈴。この本があると花蓮は僕らじゃない、別の人間のところに行っちゃうけど……いいの?」
「え?」
私の救助依頼に被せてきたお兄様の言葉を聞いた鈴ちゃんは、ピシィッと効果音を鳴らした。そしてワナワナと震え始めて。
「お姉さまメッ! わるいほん! お兄さま、もやしてはいとかしてください!!」
「鈴ちゃんの方が過激だと!?」
――結局買ってきたライトノベルは全てお兄様に没収され、その後お兄様主催の家族会議が開かれたが、私の味方はお母様だけだった。
「お年頃だもの。そういうのに興味を持つのは普通のことだと思うわ」
と擁護しても受験のことを持ち出されれば、さすがのヒエラルキー頂点と言えども反論を上げることはできず。
私の恋愛レベルは碌に経験値を積むことなく、勇者レベル一未満のままとなってしまったのだった。




