Episode14.5 side 百合宮 奏多④-1 とある小事とハロウィンパーティ後日談
学院も夏休みに突入し、ハードなスケジュールを予定通り要領よくこなすだけで、あっという間に終わってしまった。
件の妹との外出も今年は珍しく日に当たるのを嫌う母がついて来たことで、賑やかで楽しいものとなった。まあその話は後日にでも語るとして、ここで言えることはやっぱり妹は落ち着いていなかった、ということだけだ。
大変だったなぁ……。うん、すごく大変だった。
内容は割愛する。
母が一緒だったので父も、と言いたいところだが、父は泣く泣く仕事に出掛けていた。
仕方がない。これも散々仕事にかまけて僕と妹を顧みなかった天罰である。
とそんな父に関してだが、一日通して仕事をするのは卒業した筈であるのに、何故かその頃よりもげっそりと頬がこけているのが気になる。
これは母も同様に気にしており、夏休みの間に何とか原因を探ろうと空いた時間で父の書斎を見張りに行けば、扉前にちょこんと佇む妹の姿があった。
「花蓮?」
「あ、お兄様!」
僕に見つかった妹は、これまた何故かぴゅーっと逃げ出した。
何なんだ一体。あれはどういう遊びだ。
変な妹はあとで追及するとして、まずは父の様子見だとドアノブに手を掛けようとしたところで、既に少し開いていたことに気づく。
中を覗くと机に何かの資料を広げている父の姿があり、邪魔をしてはいけないとドアを静かに閉めようとすれば。
「奏多」
小声で呼ばれた。
こっちこいと部屋の中から誘うような動きをするので室内に入って近づけば、父は扉をじっと見つめた後、僕に聞いてくる。
「花蓮は行ったか」
「え? はい、僕が来たら走って行きましたけど」
「そうか……」
というか、何で父は僕が来たのが分かったんだ。
声を出したと言っても小さな声だったし、部屋の中にいる父まで届くような大きさではなかったのに。
はぁーー……と深い溜息を吐いた父は、小学生である僕に相談し始めた。
「私は花蓮に嫌われているんだろうか……?」
「……嫌ってはないと思うけど」
若干鬱陶しそうな素振りは見受けられるが、嫌うということはないだろう。
早い思春期だと思えばなんてことはない。早すぎる気もするが。
「ある日の夜中のことだ。この部屋で残っていた仕事をしていた時、どこからか視線を感じてな。ふとそちらの方に目を向けるとそこには……いたんだよ!」
「なにが?」
「花蓮だよ!! あの時は思わず固まってしまって動くことが出来なかった。目が合って数秒後には去って行ったが、今思い出してもあれは想像を絶する恐怖だった……!!」
夜中に父の書斎部屋に?
暗い部屋、突如開く扉の音、誰かの視線、そこに佇む小さな女の子……。ゾゾゾッ。
「それからだ。誰かの視線を感じると思って見れば、絶対に花蓮がそこにいる。にこりとも笑わずじっと見つめていたかと思えば、スススって去って行くんだ。それに毎日決まったように掛けられる言葉にもう胃が痛んで痛んで」
暗唱するほど覚えたらしいそれを嫌々復唱してもらえば、何ともまぁ毎日聞かされれば憂鬱にもなる監視の言葉であった。
思わぬ速さで父の憔悴の原因が妹だということが判明した。
ちなみに父は視線を感じた瞬間に、その視線が誰のものか分かるようになるという特異な技を身につけたそうな。
そんなこんなでこっそり父の後をつけていた妹を、翌日捕獲することに成功。
「で、何で父さんを監視するような行動をしているの」
「お兄様は心配ではないのですか? お父様、家でまで会社の仕事をなさっているのです。もしそれが部下に見せられないような、ダークな内容だったらとしたら……!!」
恐ろし過ぎて夜も眠れません! と言う妹だが、僕は夜中に父の書斎まで行くお前の方が恐ろしいわ。
「とにかく! 父さんの仕事のことでお前は何も心配しなくていいから。至って善良な会社経営だし、そんな噂が立っているようなことも一切ないから」
「でもお兄様!」
「花蓮! お前の行動は父さんに負担をかけているんだよ。ただでさえガリヒョロな父さんをこれ以上痩せさせて、倒れでもしたらどうするんだ! 骸骨になるぞ!!」
滅多に怒らない僕の剣幕に妹は渋々ながらも首を縦に振り、父にも謝りに行っていた。
思えば本気で妹を叱ったのはこれが初めてだったと、気づいたのはトボトボ歩いていく妹の後ろ姿を見送ってからだった。
あれから反省したのか妹が父を見張るような動きを見ることはなくなったし、父の方も頬のこけは回復していっている。
これでこの件は解決だとホッとしたのも束の間、その数日後に僕は見つけてしまった。
「あ、もしもし秘書の菅山さんですか? 私百合宮の娘の花蓮ですけど、お父様のこと、しっかり見ておいてくださるようお願いします。何時どこで何が起こるか……あっ」
僕は無言で後ろから受話器を取り上げ、話していただろう父の秘書の菅山さんと話す。
『あ、奏多坊ちゃんですか? いま花蓮お嬢さまから、何やら社長を見ていてほしいと言われたのですが……』
「すみません、お忙しいところ。妹のイタズラなので気にしないで下さい」
『はぁ、そうですか……?』
そう言って電話を切り、傍で何やら抗議をしている妹を静かに見下ろした。
「ちょっとお話ししようか、花蓮」
「……」
ぴたりと口を噤んだ妹を後ろに引き連れ、自室へと向かう。
あの後少し叱り過ぎたかと気にしていた僕に比べ、妹はまったく反省していなかったようだ。
妹、もう言い訳は聞かないよ。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
米河原家主催のハロウィンパーティがあるのは知っていたが、それに妹が参加したと知ったのはそれが終わってからだった。
土曜日だったあの日はちょうど友人の家に泊まりで遊びに行っており、当日麗花ちゃんに誘われて母も喜んで送り出したらしい。
そのことを帰ってきた翌日に母から聞かされ、その時はただ単純にへぇと思っただけだった。
妹に話を聞いたら嬉しそうに新しい友達ができたと言っていたが、最後は頬を膨らませて、「でも不名誉な麗花さんの勘違いを正すことはできませんでした!」と大層ご立腹だった。
不名誉な勘違いとは何ぞや。
妹に聞いても、それだけは固く口を閉ざされた。




