Episode138.5 side 水島 美織の悔恨③-2 守りたかったもの
「守る……?」
ジッと、白鴎さまの横顔を見つめる。
守る。誰を? 何と言ったの。誰が、誰を守るって?
「……どうして。そんなの、望んでいない」
「君が望む望まぬまいとこう言ってはあれかもしれないが、それは俺にとってどうでもいい。彼女が憂うと言うのであれば、仕方がない」
「彼女?」
新たな人物が出てきて余計に混乱する。
どうして。百合宮さまを守ってくれない貴方が、なぜ汚い私を守ると言うのか! おかしい。どうしてこうなる!?
壊れることを望む私が、なぜ守られないといけないのか。私じゃなくて危険に晒されているのは、悪魔に狙われている百合宮さまなのに!!
「どうして! 貴方が守らなきゃいけないのは、私じゃなくてゆ…」
「着いた。話はここまでだ」
車が停まり話は打ち切られ、自分だけ先に降りて向かわれる白鴎さまの背を睨んだ。
白鴎家の手伝いの者に案内されて、その日は本当に彼の家に泊まることになってしまった。客室の一室だけれどやはり白鴎家ともなると規模が違う。比べるのもおこがましいけれど、水島とは全然違う。
この分だと明日も同じ車で一緒に登校する羽目になるけれど、どう思われようが構わない。嫉妬が、悪意が膨れ上がって私を壊してくれるのなら、何だって。
言葉にするとヤケクソか。そんな感覚で、決して穏やかではない気分のまま就寝して。
けれどそんな考えは、またしても白鴎さまに妨害された。
「え。私だけ休み、と?」
「はい。水島さまには今日一日、こちらの客室にてお休み頂くようにと」
「そんな」
部屋に朝食を持って来てくれた方からそう聞かされて、強制休みが告げられる。
人様の家を勝手に歩き回る趣味もないし、客室には一日では読み切れないくらいの本も置いてあったので仕方がなく、それを手に取って読み始める。
白鴎さまはここに私を閉じ込めて、一体どうする気なのか。
守ると言われたけれど、それはいつまでの話になるのか。別に守らなくていいのに。
パラパラと本のページを捲るけれど、何一つ頭には入って来ない。
……何から守るの。害する者って誰。彼女が憂う。誰のこと。
悶々とそんなことばかりが繰り返し頭の中を巡って、ぼぅ、と窓から見える青空を見つめる。
――梅雨は明けた。何一つ明けないのに、空だけは
そうして過ごし、学院の下校時間まで経った頃。コンコンとノックされる伺いに返答せずにいたら開いて入って来た人物を見て、その名を口にする。
「……白鴎さま」
彼は椅子に座っている私を一瞥し、扉は少し開けたままに向かいの椅子に腰を降ろしてきた。
「迎えが来る。それまではここにいろ」
「迎えですか? 兄ですか」
ピクリと目元が動き、そのまま見据えられる。
「迎えに来るのは君もよく知る人物だ。……聞いておきたい。四年前、“彼女”は体調不良ではなく、君の兄に傷つけられたのか?」
――――は
思わず噴き出してしまった。
「は。あははっ! 何ですかそれ。今更? 知らなかったって言うの? 嘘でしょ? あぁ、だから何も話なんて出てこなかった。水島が白鴎に報復されない訳だわ!!」
狂ったように笑う。笑い続ける。
何年もこの人を気にしていたことは無意味だった。
――この人は、百合宮さまに起こったことを知らなかった!!
「だから守ってくれなかったの? 今も守ってくれないの? どうして。どうしてどうしてどうして!? 微笑んでいたのに! 貴方は彼女に微笑んでいたから! だからあの悪魔が汚したことを怒って、壊してくれると思っていたのに!!」
恥も外聞もなく、目の前にいる人を睨みつける。自分のことを棚に上げて。
私さえあの場に置き去りにしなければ。
悪魔に嬲り殺されてでも守り抜いていたら。
「兄は彼女を傷つけた。けど、君は。君は守ろうと……いや、守りたかったのか」
「知ったんでしょ? だったら報復してよ! 壊して。水島なんか、あんな家、粉々に壊して……!!」
「――その必要はもうありませんわ」
凛とした声に、ハッと扉の方を見ると。
同じクラスで、学院の女子のトップで、私が白鴎さまに近づいても何も気にされてなどいなかった。
「薔之院さま……?」
「失礼致しますわ」
サッと入って来た彼女は向かい合う私と白鴎さまの間の椅子へと、静かに座る。
どうして薔之院さまが? いや、それよりも。
「必要はないって、どういう」
特に何の感情も読み取れない、静かな眼差しで見つめられる。
「貴女の家……水島不動産ハウスサービスは昨日、経営権を剥奪されましたの。一族で役員に就かれていたせいで、ご家族は皆職なしになりましたわね」
「経営権、剥奪」
なくなった? 会社が? 壊されたの?
……そう。そう!
「ふ、ははっ。やっと、やっと天罰が下ったのね! ざまあみろ。ざまあみろ!!」
家がなくなった。悪魔はもうどうにも出来ない。
あとは。あとは私が壊れるだけ……!!
「水島さま。私、貴女を迎えに来ましたの」
「迎え? なぜですか? 帰る家なんてもうなくなったのでしょう? どこにでも捨てて下さい、こんな私なんか」
捨てて。いらない。私なんか。
けれど顔を顰めた薔之院さまが椅子から立ち上がって、私の手を掴む。
「貴女が捨てると仰っても、それをよしとしない人物がおりますわ。きっとあの子はそんな貴女を見て、どうしてもっと早く動かなかったのかと後悔しますわ。遅くても、貴女を守ろうとしているあの子の思いまで踏みにじるのは、例え貴女本人だとしても許しませんわよ!」
掴む手にグッと力が込められる。呆然と薔之院さまのその様を見つめていると、「薔之院」と白鴎さまが呼び掛けた。
「俺は尼海堂に、水島を守れと頼まれた。君から見て俺は守れたか? “彼女”の憂いは、取り除けそうか?」
「忍がそのようなことを? 何かコソコソしていると思っておりましたら。……学院内の害から、という意味であれば守れていると思いますわ。貴方の指す“彼女”が私の思う人物であるとは限りませんが、私の思う人物であれば間違いなく取り除けますわ」
「そうか。それならいい。憂いが、晴れるのなら」
二人の間でそんな会話がされて、手を引かれるまま客室から退室し、そしていつの間にかまた私は車に乗せられていた。
「田所。出して下さいませ」
「かしこまりました」
緩やかに走り出す車。昨日は白鴎さまで、今日は薔之院さま。
何で私なんかに、立て続けに学院のすごい家格の人達が関わってくるのか。
「……どこへ、行くんですか」
「私の家ですわ。そこで貴女のことを待っている人物がおります」
「……そうですか」
あぁ。でも、もうどうでもいい。
家が潰れた。悪魔はもう百合宮さまにも、萌ちゃんにも手出し出来ない。私ももう、振りなどしなくていい。
ただただ運ばれる。
……この中途半端に壊れた道具は、最後はどこに捨てられるのだろう?
車から薔之院さまが降りる。私も降ろされる。
薔之院さまの後に付いてお屋敷に足を踏み入れ、彼女の向かう先へと何を思うこともなく付いて行くと、廊下から繋がるベランダの開き扉の前で立ち止まる。
「私の家のベランダガゼポですわ。ここに、貴女を待つ人物がおります。私の親友ですの」
薔之院さまの、親友? そんな人がどうして私を。
「長年の憂い。貴女がずっと抱えていたものは、彼女がきっと降ろして下さいますわ」
そう言って開かれた、ベランダの扉。
ガゼポへと近づくにつれ、その人の姿がはっきりと見えてくる。
どう、して。
いるの。いるの?
目の前に。何で。何で。
気づいた彼女の顔がこちらを向く。
そして四年前と変わらず、そのとても可愛らしい顔に、美しい微笑みを浮かべて。
「お久しぶりですね、美織さま。私のこと、覚えていらっしゃいますか?」
――――百合宮さま
次話、Ep.137で主人公が呟いていた『最後の心配事』の全容――……。




