Episode138-2 天蜻蛉⑫―終幕―
一緒に過ごせるのは、あと一年と半年。
そこからは離れ離れ。
「自覚するのは遅かったけどさ、五年もずっと気持ち変わらなかったんだ。少し離れるくらいで何が変わるんだよ。大丈夫だって」
「何が大丈夫ですか。香桜は全寮制だから会えなくなります」
「奇遇だな。有明も全寮制。兄貴は地に埋まる勢いだった。ざまぁ」
「……ふふっ」
思わず笑ってしまうと、隣からも笑い声が漏れる。軽く握っていた手をまた握り返される。
「笑ってろよ。先のことも大事だけどさ、一緒にいる時間を俺は優先したい。離れてる間は泣いてる顔よりも、お前の笑った顔をすぐに思い出したい。多分、何となく。高校は一緒になるんじゃないかって気がする」
「いつから預言者になったんですか」
「そこは素直に頷いとけよ。花蓮らしいけど。……あー、でもお前があそこ受けるんだったら、かなり難しいか? もう一校の方だな」
「? どこの高校の話ですか?」
「何でもない。……あのさ」
首を傾げて聞くと横に首を振られはしたが、その後真面目な顔で見つめられた。
何か言い掛け、それでもどうするか迷うような素振りを見せて、けれど彼はそれを口にした。
「俺らの関係ってさ、どうなんの?」
言われた意味が、一瞬頭に入って来なくて。
「関係……」
「俺はお前が好きだ。あの日もそう言った。花蓮だって、そうなんだろ?」
止められずに溢れた想いの言葉。
それを口に出した先で、すぐに否定した。別れがすぐ目の前にあって、伝えてはいけないと思ったから。でも、でも……っ。
「……言わなくていい。首をどっちかに振って教えて。俺のこと、好き?」
涙が零れる。コクリと、縦に。
何度も頷くから、ポロポロ落ちて制服を濡らしていく。
「泣くなって。泣き虫」
「だって、だって」
「何か理由があるんだろ? 五年も一緒にいるんだから分かるよ、それくらい」
出来過ぎ大魔王め。私だって言いたいんだ。
それなのにどうしてかこの緩々なお口は、伝えたい時にそれを拒否する。
好き。
好きだよ。好きなの。
……どうして? 友達だと思っていた時は、何の躊躇いもなく言葉にできたのに。
――――『好き』の種類が変わると、何で言葉にできない
「言葉がなくても」
顔を上げて見つめ合う先には、愛しさと、優しさしかない。何度も涙を拭ってくれる指は濡れている。
「態度でちゃんと伝わってる。分かってるから、もう泣くな。楽しそうに笑ってる顔が好きなんだから、笑ってくれ」
頬に触れている手に手を重ねて一度、目を閉じる。
そして再びその視界を開けた時、彼は私を見て笑ってくれた。
「その時まで、一緒にいます」
「その時まで、一緒にいる」
約束する。
もう貴方の前では、泣かないから。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
スクールバスに揺られ、隣同士で座っている私の目は泣き過ぎて真っ赤。借りたハンカチはちゃんと洗濯して返却します。
繋いだ手をプラプラ揺らしながら、気になったので隣に聞いてみる。
「ねぇねぇ太刀川くん。さっきは暫く学校に来てなかったからって言っていましたけど、明日も学校ありますよ? 何でわざわざ放課後に来たんですか? 探険ですか?」
「何で五年も通ってんのに今更探険するんだよ。しかも一人だぞ。何となくって言っただろ」
「えー。つまんないです」
「つまんないってお前な」
だって、もう少しで夕方になろうって時にわざわざ来る?
しかも行き道にスクールバス走ってないし、お家から徒歩で来たっぽいし。不思議なことするよね。……通うのも後少しって思ったら、感慨深くなったのかなぁ?
「……何となく」
「はい?」
ポツ、と零した言葉に聞き返せば、肘かけに頬杖をついた顔がそっぽを向いて。
「何となく、お前が待ってるような気がしたから」
「え……」
「いるような気がして行ってみたけど、拓也と一緒かと思ったら土門とだし」
「えっ」
「何か仲良さそうに話してたし? 俺と同じくらい女子に人気あるヤツだし? 別に気にしてないけど?」
めちゃくちゃ気にしてるじゃん。
というかアレで仲良さそうに見えたの!? おかしくない!?
「ほぼウザ絡みです! ……あと、今回の協力者でもあります。土門くんのおかげで塩野狩くんのことが分かりましたので。お礼と、ちょっとした答え合わせです。土門くんの比重は女子よりも塩野狩くんに傾いていました」
そっぽを向いていた顔が、意外そうな感じで振り向く。
「土門が? ……そっか。何か、意外なところで意外なヤツが繋がってんだな」
「思いました。こうしてみると、世間って狭いですよね」
「本当にな」
「太刀川くん太刀川くん」
首を傾げて促される………くっ、格好良いな!
「明日、教室来てくれますよね?」
確かめるように聞くとキョトンとして、ふはっと笑った。
「なに心配してんだよ、当たり前だろ! ちゃんと行くから安心しろって」
「心配にもなります! いきなり姿消して! 初めて無視されたあの日、私達わざわざ太刀川くんの生存確認しに行ったんですからね!?」
「つかお前らが来ないのあの時の俺に取ったら都合良かったけど、来るの遅くないか? 行かなくなってからどんだけ日にち経ってたと思ってんだ」
「だっててっきりお昼休憩の時に顔を出せないほど、激モテ期が到来したのかと思ってたんですもん」
「本当ポンコツだよな、お前って」
「何ですって!?」
百合宮家のご令嬢つかまえて何度もポンコツ言うな!
プンプンして腕に抱きつく。
「……どうした?」
疑問に満ちた声が降ってきて、間近にある顔を見上げる。
「何がですか」
「何で抱きついてんの」
「え?」
何でとか普通聞く?
態度でちゃんと伝わってるんじゃなかったの? 話違うくない??
「お兄様に甘える時とか、よくしています。拓也くんにだってしています。……太刀川くんにも、したいです」
だって好きだもん。
ジィッと見つめていると、段々とその顔が赤く染まっていって。プイッと逸らされた。
「~~っとに! 可愛いにも程があるだろ……!」
「え? ……え? えっ」
ボソッとスケコマ発言が飛び出し、その意味を理解して釣られて自分の顔も熱くなってくる!
かっ、可愛い……!? わ、ちょ、また何か私が負けてる感あるぞ!?
「だっ! だから! 何でそう貴方はスケコマシなんですか……!!」
「お前絶対ブーメランだからな! 人のこと言えないからな!」
「私はスケコマシじゃありません!」
そう二人と運転席の運転手さん以外いないスクールバスの中で、いつものように。けれどお互いの存在の大きさだけは変わって、停留所に到着するまで私と裏エースくんは言い合いながらも、ずっと会話をし続けたのだった。
繋いだ手は、別たれる時まで離さずに――……。
これにて『天蜻蛉編』は終了です。皆さまお疲れ様でした。関係性が少し変わった主人公たちの学校生活を、今後もお楽しみ頂けたら幸いです。
次話は本編外として、もう一人の水島の子のお話を描いていきます。こちらは内容が内容なので、ストレス展開多発警報を発令します。
初めから読まないも良し、大丈夫大丈夫と思いながらも途中「うっ……!」ときて、そっ閉じするも良しです。大体八話くらいになりますので、よろしくお願いします。




