Episode137-2 天蜻蛉⑪―解答―
手を額に添えて、フルフル首を振りながらハァ、と溜息を吐かれた。
「う~んそうだね……。頭の足りない百合宮嬢にどう説明したものか。結局のところ、どの道太刀川 新を懐柔するとなればその原因自らが動くしかない。水島のことでは君達の間に何があったかそこまでは知らないが、水島を唆したのは太刀川 新の兄ということは分かった。彼が水島の行いを黙認し、それを餌にけしかけるに至ったのさ。そしてその兄は何故そうしたのか。君と弟のことを知ったからだね。ならその行いはどうすれば止められるのか。全てを知っている弟にしか止めることは出来ない。ではその弟を動かすためには? そうするとほら、自ずと答えは見えてくると思うが」
……そうか、あれは言葉通りだったのか。
裏エースくん自身の、気持ちと考えを変えさせること。原因である私が裏エースくんを動かさないといけなかった、そういうことだ。
あーもう、土門少年の言う通り本当に頭が足りないな、私。
「でも、それは客観的に見てたからです。当事者になってみれば、焦って状況なんて見えてきません」
「一理あるね」
「……それでも、色々と力になって下さってありがとうございます。土門くんがいなければ解決できませんでした」
「当然だね。この僕が関わったのだから解決してもらわないと困るよ」
この毒舌ナルシーが。上から毒舌ナルシーに改名してやろうか。
「やっぱり、塩野狩くんが貴方を動かした理由ですか?」
「……まぁね。何をしてもさせても目立つ僕だろう? 低学年の頃はあれでもこの僕を妬んで、男子からは話し掛けられないことも多かったのさ。それでも塩野狩くんだけは僕の後ろを付き、時には引きずったりしてくれてね。イケてるメンズであるこの僕を引きずるなどあってはならないことだが、彼だけは特別さ。いつも僕の傍にいてくれた。それに彼はどこぞの親戚と違って、この僕の麗しい口にガムテープを貼りつけるという、野蛮な真似はしてこないからね!」
「あぁ。ガムテープを貼りつけたくなる気持ち、分かります」
「何だって!? 百合宮嬢も野蛮人かい!?」
鳥頭、宇宙人ときて野蛮人扱い。
私につけられる肩書が不名誉なものしかないのは何故なのか。この私は大抵の令息令嬢は恐れ慄く超高位家格・百合宮家のご令嬢であるぞ。
「と・に・か・く! これからどうするんです。私にはもう上辺の美辞麗句は仰られなくて結構ですよ」
「あぁ。色々言葉遊びをするのは楽しかったのだがね。……まぁ、百合宮嬢には素の僕で接することとしようか。ふぅ。隠された新たな僕の魅力に、また女子たちが虜にならなければいいのだが」
「貴方のその女の子好きの一面は素ですか作り物ですか、どっちですか」
目を細めて聞くと彼はふむと顎に指を当てて考え、パッと人差し指を立てた。
「ミイラ取りがミイラになった、そういうことだね!」
「はいはい。嘘が本当になったってことですね。何ですかねこの変換作業」
「百合宮嬢と柚子島くんと太刀川 新は塩野狩くんのように、遠い目をして僕を見てくる。僕の真の理解者が増えてありがたいことだね」
「うわーすごく嬉しくも何ともない認められ方されましたー。嬉しくなーい」
「僕からも百合宮嬢には聞きたいことがある。塩野狩くんだと知った時、どうして君はすぐに動かなかったんだい? 君は一刻も早く解決したかっただろうに」
トーンを落とされた声に、その質問内容に首をひねる。
あれだけ頭が回っている土門少年にしては、あまりにもその質問は幼すぎやしないだろうか。
「それはだって、塩野狩くんも私にとってはお友達ですし」
「は?」
「は?って何ですか失礼な。日常で会って話せばお友達でしょうが。いえ、あの時はまだお友達なりかけではありましたが、苦難を共に越えた今ではもうお友達と言っても過言ではありません。お友達が悩んで苦しんでいるのなら、聞いてあげるのが真理でしょう」
「塩野狩くんは、君にとって友達だったのかい?」
「当たり前です! あっ! そう言えば貴方、塩野狩くん連れてきた時に無関係とか言ってましたよね!? どこが無関係ですか!」
「ふっ」
「ふっ!?」
「ふふふふふふふふ! ハーハッハッハ!!」
何か急に高笑いし始めた。引くんですけど。狂ったんだろうか?
知り合いと思われたくなくて、可能な限りベンチの端に寄る。
「ハハッ、そうかい! 君にとって彼は友達・ザ・フレンドだったのかい! あぁなるほど、盲点だったねそれは」
友達・ザ・フレンドって友達友達じゃん。
英語使う意味ある? 盲点だったとか失礼過ぎじゃない? 上から毒舌ナルシーザ・失礼に改名してやろうか。
「いや、てっきり百合宮嬢はその内側に人間を入れるには、時間が掛かるタイプの人間だと思っていたからね。いやこれは僕が悪かったね。失敬失敬」
「……いえ。確かに、今のご指摘はあながち的外れとも言えません。塩野狩くんに関しては四年半もかけて、少しずつ積み重ねて来ましたから」
元Bクラス以外の子には中々話し掛けられないし、私も話さないし。そう思えば、同じクラスにもなったことのない塩野狩くんは例外中の例外だわ。人のことよく見てるわ、このナルシー。
……何か私の身近に特殊能力含め、結構能力高い人いる率高くない?
お兄様然り、麗花然り、瑠璃ちゃん然り、太陽編の二人然り。裏エースくんだってそうだし。
「うむ。これで僕の最後の憂いも晴れたよ。いやぁ塩野狩くんの話も聞かずに行動に移されていたら、僕もちょっと考えなければいけなかったからね」
「え。何ですか。私もしかして、貴方に報復される瀬戸際に勝手に立たされていたんですか?」
あれ? おかしいな。高校卒業まで無事確定の筈……?
……良かった塩野狩くんとの仲を積み重ねておいて! こんな人のことをよく見てる、油断ならない上から毒舌ナルシーザ・失礼に敵認定されたら堪ったもんじゃないよ!
「まぁまぁ落ち着……おや? いつの間にそんなに離れたのか」
「気づくの遅くないですか?」
「まぁいいさ。塩野狩くんとクラスが離れてどうしようかと思ったが、今のクラスでも中々に充実している。太刀川 新のおかげで多少はマシなのか、それでも壊滅的運動音痴の百合宮嬢からは特に体育では目が離せないからね。仕方がないから、今後もこの僕が助けてあげるよ。感謝したまえ」
「とても感謝したくありません」
「クラスの空気が凍るより全くマシだとは思わないかい」
くっそう、ああ言えばこう言う! お口にガムテープ貼りつけてやりたい!
と沸き上がる衝動を抱いていたら、頭上からぬっと影が降り注いだ。うん、このパターンはアレ……あれ? アレは同じベンチに座っている筈。と、なれば?
恐る恐る視線を上げて見ると、そこにいたのは。
「え……?」
私服姿の眉間に皺を寄せた、裏エースくんが。




