Episode136-2 天蜻蛉⑩―慕情―
ちょっとだけR15描写注意
「花蓮さ、奏多さんと兄妹ゲンカしたことあんの?」
「へ? お兄様? いえ、私が主に怒られて……って、何言わせるんですか!」
「あーやっぱな。花蓮と奏多さんじゃそうだろうな」
「納得されるの解せない!」
突然の脈絡のない質問に思わず答えたら納得されて抗議するものの、コツンと額同士を合わせられて、ピタリと口を噤む。
さすがに目線は下に落としており、私も瞬間的に同じく下に落とした。無理。無理です。
「……親父は兄貴の母さんじゃなくて、俺の母さんを愛してる。親父は兄貴を見ずに、俺と母さんばっか見てる。だから俺は兄貴に何も言えなかった。後ろめたくて」
「!」
「俺が他の誰かを好きにならなければいい。それ以上、兄貴はおかしくならない。そう思って耐えてた」
「……」
「けど、ダメなんだそれじゃ。俺も兄貴も、皆ダメになる。お前を無視して傷つけてる間、ずっとおかしくなりそうだった。覚悟してたのに」
手に触れる。キュッと、握り返される。
手の甲を確かめるように撫でられてくすぐったくて身じろげば、合わせていた額から降りて肩に頭を乗せられる。
「痛かっただろ? すぐ赤くなってた。ごめんな、叩いて」
「痛かったです。でも、あれは自分への罰だと思っていますから、甘んじて受け入れました。私も、ごめんなさい。わざとあんなこと言わせました」
「んー……うん。そっか。あの言い方はやっぱそうか。お相子だな。嫌いなところなんか一つも浮かばなくて、突き放せきれなかった俺も」
「やっぱり私のこと大好きじゃないですか」
「だから今ずっとそう言ってるだろ」
墓穴掘った。
ダメだ。裏エースくんの長年のスケコマ経験値が怒涛の勢いで私に襲いかかってくる!
「そうだよな。俺の中の優先順位見誤ってた。大事なものも守れずに、ずっと兄貴の影に怯えて生きんのかよ。なに自分らしくないことしてんだ俺は」
「……」
自分に言い聞かせるようなそれに、何か言葉を掛けてあげたいのは山々なんだけど、息が。
息が薄いシースルー生地越しの胸元付近に当たって、ムズムズする。
は、離れてた反動が今ここにきてるの!? やっぱり裏エースくんはうさぎさん習性なの!?
「花蓮」
「ひゃい!」
「……うん。俺、兄貴と初の兄弟ゲンカしてくるわ」
変な返事スルーされた……って。
「え。ケンカ、を?」
「一緒にいるために頑張ってくる。だから、さ」
「んっ……!」
スリ、と鼻先が首筋をなぞるように動く。
首を傾けている彼の口が、その吐息が皮膚に触れる距離にあって――
「キスして、いいか?」
――――頭が、ショートした。
「~~~~っっっっ!!! スケコマシスケコマシスケコマシイィィィ!! だかっ、だからの意味!! 何でそうなるの!? 破廉恥! 破廉恥いぃぃ!!」
「お前がずっと俺の上に乗っかってんのは破廉恥じゃないのか」
「ぎゃあああ!? だっ、腕! 今すぐ降りるからこの腕を離しなさあぁい!!」
「やだ」
やだ!? 今やだつった!? あっ、ちょ、なに更に引き寄せようとしてるんだ! やめ、やめなさい!!
「今更恥ずかしがるなよ。寝転んでずっと密着してたじゃん」
「あなっ貴方が引っ張るからでしょう!? 私を恥ずか死なすつもり!? 貴方こそ羞恥心をどこに置いて来て、って、待って! 待ってったら!」
頭を上げる気配がして、咄嗟に両手でギュムと元あった肩に押さえつける。
「立ち向かう勇気くらいくれてもいいじゃん」
「他! 他のもの! お守り作ってあげるからっぎゃあ!!」
ちょっと動かされて横から首舐められた!
とんでもないド級の破廉恥かまされて、思わず手の力が緩んだ隙に頭が上がってしまう。顔が間近に合わさって、すごく近い距離で目と目が合う。
最早いま自分の顔が一体どうなっているのか、カッカしているのと涙目になっているのは絶対である。
「……さっきからさ。ぎゃわとかぎゃあとか。可愛い悲鳴上げられないの?」
「うううううううるさい! スケコマ経験値のない私に無茶な要求するのはやめなさい!」
「そうか? ……まぁ悲鳴はアレでも、反応は可愛いからいいか」
どういうことだと抗議するため開こうとした口が、震えるだけに終わった。
あっと言う間に迫った顔が、ちゅ、と頬に落とされて、すぐに離れていったから。
あまりの早業に今の一瞬に一体何が起こったのかと目をパチパチとする私に、首を僅かに傾けてそんな私の様子を見ていた彼は、悪びれもせずに。
「なに? やっぱ 口の方が良かったか?」
瞬間両手で自分の口を覆った私、偉い。
「ひひはへはいひゃふ! ほほふへほひゃひゃへふひ!!」
「なに言ってんだ」
なにを言っているはお前だ!
やっぱって何だ。やっぱって何だ!!?
「ううう~~っ!!」
「お前が俺のこと好きなくせに友達だーお守り作るだー言うから、これでも妥協して頬にしたんだぞ。俺だって本当は口にしたかったのに」
言うなああぁぁぁっ!! この万年スケコマシがああぁぁぁっ!!
それより前に首舐めたくせにいいぃぃぃっ!!
「馬鹿! 馬鹿! こんっ、こんなこと勝手に! 言語道断!」
「お前、俺に触られるのは嫌じゃないって言った」
何で私というヤツはこう墓穴を掘りまくるのか!!
悔しい! 私ばっかりやられてる!
目の前にある得意げな顔にひと泡吹かせてやりたくて、睨みつけた後に両手でガシッと顔を掴む。目を丸くしたその端正な顔を見据え、私はやれば出来る子!と念じながら。
ちゅっ
頬に軽く唇を触れ合わせて、パッとすぐに離れる。
やれば出来たが、やってしまってから後のことなんか全く考えてもいなかったので、顔も見られない。真下に頭ごと下げた状態なう。
「……どうせなら口にしろよ」
「シャラップ!!!」
やったのは私なのに何でダメージ返されるの!? 解せぬ!
くっそう。ほっぺにちゅーくらいじゃ、スケコマ経験値が上限突破している裏エースくんの牙城は崩せないらしい。あっ、頭ナデナデしてきた! まさかの余裕を見せつけられるだと!?
「もうお守り作りませんから。あれがお守りですから!」
「おう、サンキュ。充分だよ。ありがとな」
「絶対絶対、ケンカに勝ってきて下さい」
「おう、頑張る」
ちゃんと、待ってるからね。
「……一緒にいて」
「……今度は、離さないから」
――手を繋ぐ。
離れている間に、冷えたそれを取り戻すように。
温もりだけが、この手に満たされるように。




