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Episode14.5 side 百合宮 奏多③-1 文通の経緯

 私立聖天学院には、学院内でも特別な地位にいる生徒がいる。


 ファヴォリ ド ランジュ――フランス語で『天使のお気に入り』と訳する呼び名……長いのでファヴォリという通称で通っているが、彼等は富裕層の生徒が通う学院で、特に力を持つ者達だ。

 選考するのは学院側で、ファヴォリの判断基準は総じて学院カーストの上位家格の人間。


 そのファヴォリのメンバーに適った生徒は、入学する際にお祝い状とともに天使の羽を象ったバッジが学院から送られてくる。

 制服の襟にそれを付け、生徒達に誰がファヴォリの生徒であるかを認識させるのがバッジの役目だ。


 家格が上の者達がメンバーなので、自然と生徒の中でも何かにつけファヴォリが優先される。

 そしてその最たるものがファヴォリのメンバーしか入室を許されない、いこいのサロンというものがある。


 ちなみにファヴォリでも初等部はプティタンジュ(小さい天使)と区切られており、サロンも分けられているのだが、特にここでやることと言ったらお茶菓子を食べてのんびりするか、話に花を咲かせるくらいしかすることがない。




「と、いうのが僕の認識なんだけどね」

「え、なに突然」


 隣に座って一緒に読書をしていた友人からちょっと驚かれ、口に出していたことに気づき何でもないと首を振る。

 ちなみに察する通り、百合宮の令息である僕はそのファヴォリのメンバーだ。そして隣にいる友人も同様である。


 いま僕と友人は各々(おのおの)習い事の時間が始まるまで、このプティタンジュのサロンに待機中だったりする。

 甘い物は苦手なので本を読みながらお茶を飲んでいるのだが、何だかこの時間は久しぶりな気がした。


 思えばあの妹の顔面ダイブ事件からまっすぐ家に帰宅することが増え、それなりに忙しかったためサロンに中々顔を出せずにいたのだ。


 自分で言うのも何だが見た目が他の男子生徒と比べて整っているらしいので、メンバーの女生徒からは最初あれやこれや聞かれて丁寧な態度を心掛けながらかわして、漸く腰を落ち着けているところである。


「あー、何か集中力切れた。ここってさ、時間の流れがゆっくり過ぎる気がしない?」

「そう? 俺はそんなに気にならないけど。でも珍しいね、奏多がそんなこと言うなんて」

「うーん。家がドタバタしてたから余計にそう思うのかも」


 原因を聞いた友人が、「そうかもね」と同意する。

 家のドタバタ=妹関係という図式は共通認識だ。


「あれから妹さんどう? 何かあったりした?」

「いや、やっと落ち着いてくれた……と思う。うん」


 多分、大丈夫、だと。


 今は初夏なこともあり、夏休みの予定を色々と妹に聞かれたが習い事があったり宿題もあったり、他家の催会に参加したりとスケジュールが中々びっしり埋まっている。

 それを伝えれば目に見えてしょんぼりされたので、何とか時間作ってみるねと返したら、パッと顔を輝かせ、



『山! 登山! 海にも泳ぎに行きたいです!! ダメなら市民プールでもいいですよ!』



 と、最後何か変な妥協をした提案をされた。


 市民プールはダメだろう。

 母あたりが絶対許可しない。山とか海とか、急にアクティブすぎるぞ妹よ。


 出不精な妹だから、てっきり家で一緒に何かして遊んで欲しいのだと思っていたらコレである。

 ちょっと時間を作ればいいと考えていたのが一日、いや二日何とかしなければいけなくなった。家格最上位の家の子供のスケジュールを舐めてはいけない。


 そんなことを思い出してこれからまた忙しくなるんだったと、小さく息を吐き出した。


「あのさ、奏多」


 と、ここでどこか遠慮がちな声が友人から掛けられた。


「ん? なに?」

「俺からもちょっと相談したいことがあって。俺の弟のことなんだけど」

「僕に? いいよ、いつも妹のこと相談に乗ってもらってるし」


 彼が逆に弟のことで僕に相談だなんて、珍しいこともあるものだ。

 彼の弟とは面識があるが、そう話したことはないし印象だけで言うなら、寡黙な子という記憶がある。


 既に読む気がなくなっていた本は机の上に放り、どんな相談かと話を聞く体制に入る。


「実はさ、最近弟の交友関係が少し心配になってきて。知っていると思うけど、ほらアイツちょっと人見知りみたいなところがあるだろ? 特に女の子に対してはすこぶる素っ気ないというかキツイというか。俺や親戚の子とはそうでもないんだけど」


 それは身内だからだろう。

 友人は健康面が心配なこともあり、あまり催会には出席させられておらず、今は大丈夫だと言ってもいつ発作が再発するか分からない状態だと聞く。


 そんな訳で家の跡取りはその弟とされ、後継者教育も弟に回されて、本来自分が背負うべきものを背負わせてしまっていると負い目を感じているのは、仲良くなった頃この友人が直接話してくれた。


 学院以外で同年代の子と接する機会が少ない友人では、周りに群がる下心を持って近づいてくる人間の思惑を察知するのは難しいだろうな。


 病弱だったため肌も白く元々線の細い儚げな容姿をしているばかりか、性格もどこかフワンとしているところがあり、少々心配な面がある。

 まだ付き合いの短い僕がこう思うのだから、彼の弟の胸中は言わずと知れよう。


「人見知りじゃないと思うけど。性格にもよると思うけど、見た限りじゃ弟くん、上手く人をかわせられるような器用な子じゃなさそうだし。相手に対して本音で向き合っているから断るにしても、言葉がちょっとキツくなっちゃうのかもね」


 それに弟くんは稀に見る、整った容姿をしている。

 まだあどけなさが勝っているが、この友人の顔立ちと合わせて想像すれば、冴え冴えするような美貌の少年に成長することは間違いない。


 女の子が蜂の巣を突いたように群がるのも想像がつくし、辟易して鬱陶しく感じるのも分かる。

 何故なら僕も似たような状態だし、差異があるとすればかわし方の要領がいいか悪いかの違いしかない。


「でもそうだとしても、このままだと友達も碌にできやしないんじゃと心配で。催会に出席しても帰りは一人か親戚の子としか見たことないし。女の子とも仲良くして欲しいし」

「友達ねぇ」


 友達……女の子…。


「弟くんって、本とか読む?」

「うん。家にいる時は大抵俺と話すか、自室で本読んでたりしているけど」


 読書が好きなら、話が合うかもしれないな。

 最近は自室よりもリビングで本を読むけど、いつの間にか僕の隣に座って小学校高学年向けの本とか読んでいるし。積み上げて遊んでたりもしているようだけど。


「弟くんと友達になれそうな子で、紹介できる心当たりはあるよ。僕の…」

「えっ本当!? 男の子、女の子? 奏多が紹介してくれる子だったら男の子なら一生の親友になれるかもだし、女の子ならもしかしたら恋に落ちて恋人とかまで発展するかもしれないな!」


 妹でよければ、と言おうとした口がその言葉を聞いて光速で閉じた。


 ……恋人?


 いや、まさか。前までの妹なら一目惚れの可能性は十分に考えられるが、今の妹だったらそんなことはないだろう。それにまだ六歳だし。あぁでも六歳でも恋するから女の子って群がってくるんだっけ。だから弟くん女の子に素っ気なくなって……ああ何か混乱してきた。いやでもあの妹だし。うん大丈夫じゃないかな? 多分、恐らく、きっと。………………。


「奏多?」

「……うん。知り合いの子でよければ紹介するから。でも、その子にしても弟くんにしても直接会うのはまだ、特に弟くんのハードルが高い気がするんだ。だからまずは手紙でやり取りして慣れていった方がいいんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」

「そうだね……。うん、わかった。帰ったら弟に聞いてみるよ」


 そう言って嬉しそうに笑う友人を見て、とてもじゃないけど今更言えなかった。


 紹介するのはいつも相談に乗ってもらっている、僕の妹だと言うことを。

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