Episode132.5 side 尼海堂 忍の先手③-2 天蜻蛉―聖天側―
教室へ戻る途中、それに遭遇したのは本当に偶然だった。
何の因果か、教室に戻るには必ずそこを通らなければならなかった。
丁度通りかかる時にそこ――女子トイレから誰かが出てきた瞬間、癖付いてしまって自分は曲がり角に身を隠してしまったのだ。何も疾しいことなどない筈なのに何故だ。
そんな自分に呆れ半分、これも忍者の習性かと受け入れ半分でいたら、出てきた人物の後ろ姿を見て既視感を覚えた。
……あれは、城山?
間違いない。あのツインテールに白のリボンは彼女だ。
女子トイレから女子が出てくることなど何らおかしくはない。男子トイレから女子が出てくる方がおかしい。
息を一つ吐いて足を踏み出そうとした瞬間、しかしまたもや女子トイレから人が出てきて、踏み出そうとしていた動きが止まった。
だから何故だ自分……!
変な葛藤を抱きながら今度の出てきた人物を確認して、ハタと目を瞬かせる。
……一応、彼女たちは友人同士の筈。一緒に入っていたのなら、一緒に出てくればいいのに。けれどどこか様子がおかしかった。
どうするか悩むが、反応も予測がつくが近づいて話し掛けることに。
「新田さん」
「え? ひえぇっ!」
やっぱり認識された瞬間に飛び退かれた。
だから何かした覚えはないのだが。
「な、ななななな何かご用事が!?」
「……別に。城山さん、友人では? 何故一緒に行かない」
「ひえっ。す、すみ、すみません! でも、私だって今ちょっと混乱していて……!」
「混乱?」
何があったというのか。トイレが詰まったとか、そういうことか?
新田さんの顔色は悪く、自分に見つめられて更に青褪めながらも迷った末に、小さい声で訳を話してくれた。
「あの、こういうのって本当は、自分の胸の内に秘めておいた方がとは思うんです。気分の良いものではありませんし。だけど、どうすればいいのか、分からなくて……っ」
「……トイレで何が?」
俯いて胸の前で両手を握り込み、口許を震わせながら。
「城山さまが……、みお、水島さんの……悪口をっ。私は城山さまよりも先に個室に入っていて、後から来られました。女子トイレはいつも戸が閉まっているシステムなので、人がいることに気づかれていなかったのだと思います。聞いてしまって、それで水島さんに悪感情を持たれていることが分かってしまって。私、どちらともにお友達だから、どうしたらいいのか」
「内容、具体的には?」
「あ……」
途端目まで潤んできて、これは相当なことを聞いたのだと判断する。
……なるほど。いくら麗花が動かないといっても、表立って騒いでいなくても裏で何か言うくらいのことはするかもしれないな。
とそこまで考えて、先程抱いた妙な既視感の輪郭がはっきりと浮かび上がる。
『はぁーあ、ちょっと壁薄くない? てか悪口言うにも声大きいんだよ』
初めて麗花を見掛けた、あの催会。
もう何年も前のことで、思い出したのさえ奇跡に等しいかもしれない。そしてその時の状況と今の状況が、酷似しているような。
時折感じる、麗花へ向けられる嫌な視線。その元を辿れば、必ずその付近には城山がいた。
もし。
もしもあの時、麗花の悪口を言っていた二人の内の一人が、城山だったとしたら……? 四年前の親交行事の時にも、城山は有栖川の味方をして口を挟んできた。同じ年の運動会の時にも、彼女は怪しく感じる言動をしていた。
新田さんが口籠るほどの内容を口にしていたと言うのなら、水島さんに対して何らかの手口で彼女を害することも可能性としては捨てきれない。
色々複雑に絡み合っていると言うのに、そこに城山まで入って来たらややこしいことになる。
ああもう本当に頭痛がする。本当帰りたい。情報が氾濫し過ぎだろ!
「新田さん。一つだけ」
「……え?」
「城山さん。信じ過ぎない方が良い」
「え」
「それじゃ」
えっ、えっ!? と戸惑う声がするが既に足を動かし始め、次のことを考えている自分の意識からはもう遠く離れていた。
こうなった以上、全てが一つのこととして繋がってしまった以上、早急に終息させなければならない。城山が動き始めるより早く、自分が彼に伝えなければ。
『うん。……お願いするね』
被害を受けた側の“彼女”が麗花にそんなことを頼んだのは、きっと水島さんのことを――。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
そうして午後の授業が終わって、放課後。サロンに行くまでの途中の道で立ち止まり、彼がやってくるのを待つ。
二人で一緒にいたらどうしようかと後から思ったが、見えた姿は一人だけで安堵した。秋苑寺くんとは彼が話し掛けてくるので、こちらから話し掛けるのも気負わないが、彼となるとそうはいかない。
艶やかな黒髪を揺らしながら、真っ直ぐに歩いてくる。
「白鴎くん」
幾分緊張しながら掛けた声に、麗容で清雅な相貌が。その涼やかな視線が自分を捉える。記憶にある限りでは、彼とは一度も言葉を交わしたことはない。
声を掛けた時に一度止まった足が迷いなく自分へと向かって進んでくる。間近まで迫り、間を一、二歩開けた距離。
「晃星とはよく話をしているのを見る。今日は、俺に何かあるのか?」
ジッと見据えられる。
真正面から相対しているだけで、何となく言葉にするのが難しい雰囲気を纏っているのが分かる。……自分の語彙力!
「……水島さんのこと。白鴎くんが四年前の水島家のパーティで会った、“彼女”のこと」
瞬間。
彼の視線が、鋭く自分を射抜いてきた。
CM終了ー!
次話から『天蜻蛉編』後半戦突入!!




