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空は花を見つける~貴方が私の運命~  作者: 小畑 こぱん
私立清泉小学校編―高学年の2年間―
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Episode132.5 side 尼海堂 忍の先手①-2 忍はそのことを知った

 意外にも約束通り麗花はあれからその事について触れることはなかったが、その後も妙に自分だけが気になって心に留めて置いていたら、その週明けに他のことで話を聞こうとしていた新田さんから思わぬ手がかりを手に入れた。


 あの選抜リレー前に、偶々彼女と城山が言葉を交わしているのを見掛けていた。その時は特に何も思わなかったが、彼女が転んで麗花がすぐにその場に引き返した時に城山は――薄らと、笑っていたのだ。まるで、狙い通りというように。


 あれを見た時すぐに、わざと転んだのかと考えた。恐らく麗花が引き返してもそうしなくても、どちらでも良かったのだ。

 引き返せばファヴォリとしての規律違反。引き返さなくても気づいていて助けなかった冷たい人間だと吹聴、もしくは印象付ける気でいた。けれど。


「あ、あぁ。それなら、『始めが肝心ですものね。新田さまなら、薔之院さまも抜かせられるはずですわ』と」


 聞いて拍子が抜けた。それだけかと。

 新田さんも不思議そうな顔をしていて、ではあれはわざと転んだのではなかったのかと考えを否定された。本当に偶然、だったのか?


 妙に納得がいかなかったが、もう一つの気になることも聞いてみることにした。


 仲が良いかと聞いたら、仲良しだと思うと微妙な返答。

 家に一度も招かれたことがなく、催会にも誘われず、家族にも紹介されない。仲が良くて、そんなことは有り得るのだろうか?


 普通に考えて敬遠されていると思うものの、ずっと付いて回っていたのに気づかれない自分から見た新田さんと水島さんは、とても仲が良さそうに見えたのに。


 どこか歪な関係性にやはり引っ掛かって、かっちゃんの件とは関係ないかもしれないが、少し調べてみることにした。


 教室内にいても人数が少ないサロンでも、探されないと見つからないというほど影が薄……気配を消すことに長けている自分。だから学年が違う三年生の階にこっそりいても、絶対に気づかれない自信はあった。


 麗花の推測により三年生は候補に合致し、且つどこか歪な水島さんの兄である水島先輩。どんな人物なのか知るために赴いた、そこで。


 どこのクラスの教室にもいない。トイレかと思って行ってみたがいない。

 体育か、移動教室かと思ってその日は諦めようとした時。


「……! ……っ!」


 カタ、と微かな音とともに、何かの声が聞こえたような気がした。

 気がつけば三年生の教室から随分と離れて、特別な時にしか使用しない空き教室の方まで来ていた。自分が一人で考え事をしたい時によく行く非常口と同様、特に用もなければ人は訪れない場所だ。


「……?」


 気のせいか。

 引き返そうと、足を踏み出そうとして。


「……ゃっ!」


 声が確実に聞こえた。


 人気の全くない場所だから、どんな小さな音でも響いて聞こえる。特に自分は耳が良い方だから尚更。何故だか、声の質を聞いた瞬間に嫌な予感がした。

 忍者修行で会得した忍び足で音を立てぬよう歩き、声が聞こえたと思われる教室の扉窓から、恐る恐る中を覗き込んで。



 理由が、解ってしまった。



 麗花が疑問に思うような対策の仕方。絶対に犯人を探すなと言っていた意味。麗花が諦めたのを見て、ホッと安堵していた様子。


 咄嗟に偶然ポケットに入れていた消しゴムを手に掴み、後ろに下がって思いきり扉窓に向かって投げる。ボンッと音を立てて跳ね返ったそれを放置して、隣の空き教室の方へと身を隠した。

 少ししてドタドタと足音がして勢いよく扉を開けて出て行ったのを耳で確認し、それが一人分だったため残っているもう一人の動向を息を殺して、気配を探る。


「……消しゴム?」


 ゆっくりとした歩行で焦りもなくのんびりとしたその声に、眉間に深く皺が寄る。


「そっか。今度からここもダメになったか。どうしようかな」

「!?」


 有り得なかった。わざと消しゴムをその場に残した。

 誰かが目撃したと知らしめるそれを、軽く受け止めている。


 普通焦るだろう!? 何でそんなに落ち着いていられるんだ!? 頭がおかし……!?


 ……だから、圧を感じたのか。絶対に近づけるなと。

 見つかったのに、次のことを考えている。多分、こういう類の人間は言葉が通じない。


 コツン……コツン……とゆっくり遠ざかる足音を聞いて、自分も扉を開けその後を追う。遠く離れた後ろ姿を覚えて足音を立てずに付いていけば、その人物は探していた先輩の所属するクラスへと入って行く。


 まさかという思いに、教室の近くまで近づいて聞き耳を立てると。


「水島くん、どこに行ってたんだ? ちょっと教えてもらいたいところがあったんだけど」

「え、どこ?」


 ――探していた人物と、危険人物が同じであった。


 知ってしまった信じられない最低な事実に愕然として、ふらりと後ろに下がると。


「あれ?」


 トン、と背が誰かに当たってしまった。


「すみませ…」


 振り返ってまた誰にぶつかってしまったのかと見ると思わぬ人がいて、軽く固まる。

 その人はファヴォリの先輩でもあり、この三年生の学年内ではトップの家格の人だ。百合宮先輩のように人に囲まれていて、いつも彼のように穏やかに微笑んでいる。


「珍しいね、一年生が三年生のフロアに来ているの。特に君が。何か用事でもあったのかな?」

「……」


 信じられないことを、この人に伝えても大丈夫だろうか?

 次を考えていることを知っている。だから阻止しないといけない。

 けれど、自分はこの人の人間性をよく知らない。知りもしないのに、あんなことは話せない。


 何も言わない自分をどう思ったのか、その人の視線が自分から目の前の教室へと移って。


「あぁ。――――水島くんの()()、見たの?」


 大きく目を見開いてその人を見つめる。

 知って、いたのか? 知っていて今まで放置していたのか!?


「……何故」

「前から言っているよ。それとなく注意しても聞いてくれないんだ。残念な人間だよ」


 言葉が通じない人間なら、自分よりも家格が上の人間の言葉を聞かないなど容易に知れる。馬鹿な質問をしてしまった。

 教師だって、あんな内容では現行を目撃しなければきっと動いてはくれないどころか、信じてさえもくれない可能性が絶対的に高い。


 どうにも、できないんだろうか。

 もし。もしも麗花が、次の標的にされてしまったら……っ!?


「安心して」


 有効な対策が思い浮かばず焦燥を募らせると、穏やかな声が降ってくる。微笑んだままのその人は、自分を見据えていた。


「こうして目撃してしまう子が出てきた以上、もう好き勝手にはさせないよ」


 そう言って自分の肩にそっと手を置いて軽く叩き、その人は立ち去って行った。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 その後は確認も込めて何度か見に行ったが、確かに同じ場面を見ることはもうなかった。危険人物もずっと教室にいて、不審な動きなどは見なかった。

 それは彼らが初等部を卒業するまで継続し、この五年生に進級してやっと解放されたと言っても良い。


 けれど――。


「……」


 ずっと引っ掛かっている。あの人がその件で最後に口にした言葉が。



『こうして目撃してしまう子が出てきた以上、もう好き勝手にはさせないよ』



 ……裏を返せば目撃さえされなかったら、そのまま放置し続けていたということ。面倒事には触れたくなかった? しかしその言葉通りに、危険人物が再犯するのを目撃することはなかった。

 動いてくれたのだと分かるけれど、どこか歪でおかしい。もうあの学年は全部が歪なことばっかりで、考えるのも頭痛がしてくる。やめたい。家に帰りたい。


 ……だから不安だ。

 

 水島さんが白鴎くんと急接近していること。

 麗花がその二人と同じクラスなこと。そして。



 ――自分が見る水島さんの印象が、あの時と現在では違うことを。


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