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Episode14.5 side 百合宮 奏多②-2 激変した妹との日々

「なので! 小学校も学費の掛からない公立のところを希望します!」

「待て待て待て」


 思わずストップをかける。

 何がなのでだ。話がまったく違う方向に飛んでいっているじゃないか。


「どういう流れでそうなったの。というか私立と公立の違いが判るの?」

「お金が掛かる、掛からないの違いですお兄様。私も日々学んでおりますのよ?」

「……へぇ」


 学んでいる、ねぇ?


 気づかれていないと思っているだろうが、お前が部屋で変な踊りを踊っているのも、部屋の端から端まででんぐり返しをして壁に思いきりお尻からぶつかっていたのも、本を積み重ねて「タワーっ」と叫んでいたのも、カーペッドの上でゴロゴロ転がって笑っていたのも知っているけど、終ぞ大人しく勉強している姿を見たことは一度もないんだけどねぇ?


 恐らくこの時僕は深い笑顔を作っていたのだと思う。

 僕の表情に何かを感じ取ったのか妹はどこか焦りながら母に向き直り、ショッピング販売員顔負けのプレゼンをし始め、難なく母の考えを変えることに成功していた。


 えっ、ちょっと待って母さん本気!?

 確かに妹の言うことも一理あるけど、僕の通っている大学までエスカレーター式の私立聖天学院と一般の学校とじゃ、セキュリティの面とか勉学の環境とか全然話にならないよ!?

 それにこんな如何にもどこかのお嬢様ですって容姿と一致しない言動の妹を一般の生徒と混ぜたりなんかしたら、どんなことになるか分かったもんじゃない!


 慌てて上機嫌な母を止めようと追いかけようとしたものの、妹に腕を抱きこまれて阻止された。


「お兄様。お兄様は反対なのですか?」


 悲しそうな表情で見上げる妹に、一体どう言ったらいいものか。


「あー……。花蓮を一般の市民と同じ学校に入れるのはちょっと……」

「まぁ! それは富裕格差別ですよ!」


 にごして伝えたら、心外にもそんな返しをされた。

 言われて初めてその心配もあったと気づいたけど、僕が心配しているのはそこじゃないんだよ。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 妹の小学校の件についてはちょっと納得できない結果に終わり、何とも複雑な気持ちのまま学校に着くと、とあるパーティにてできた友人が僕のクラスに遊びにやってきた。


「あれ、何だか少し機嫌が悪い?」

「あぁ、ちょっとね……」


 苦く笑って言うと、彼は合点がいったように「あー」と言う。


「もしかして、例の妹さんのこと?」

「わかる?」

「まぁそりゃ、奏多の気分左右する理由ってそんなにないし」


 彼には妹と同じ年の弟がいることもあり、性別こそ違うが接し方について何度か相談している。

 友人は苦笑して、空いていた僕の前の席に座った。


「俺でよかったら聞くよ? また何かあった?」

「……実はここだけの話。ウチの妹、来年ここ来ないかもしれない」

「えっ。嘘だろ、百合宮のお嬢さんがここじゃない学校に行くとか有りなの!?」


 友人のしたこの反応は既に見越していたため、別段驚かない。そうだよなー。


 僕の通っているここ、私立聖天学院は初等部から大学部までエスカレーター式の所以大企業や資産家、由緒ある歴史を背負う家の子供たちが軒並みそろって通う、富裕層向けの学院である。

 余程のことがない限りは学院側が定める一定の成績を保てていれば、一応受験試験は受けるがそのまま持ち上がれる。


 ただし高等部に関してだけは二校に分かれており、スポーツに力を入れている私立聖天紅霧学院か、勉学に力を入れている私立聖天銀霜学院のどちらかを選択するようになっている。


 家の跡取りである僕は当然銀霜学院を受験することになるだろうが、跡取りではない立場の次男坊や三男などは、運動が得意であれば大体が紅霧学院の方を受験していると聞く。


 ここの選択基準はご令嬢も一緒だ。

 だから当然妹もここに通うことを疑っていなかったのに、まさかあんなことになるとは。


「まだ決まった訳じゃないけどね。学院側としても百合宮の子供は欲しいと思うし、ギリギリまで粘ると思う。僕も父と母の説得を頑張ってみる。まったく、一度入ったら楽な場所なのに」

「奏多ってさ」

「ん?」

「……いや、やっぱりいいや」


 何か言いかけた友人に首を傾げるが、何やらニヤついているその表情に少しムッとする。


 時々友人は僕が妹のことで頭を悩ませているとこういう表情をしているので、最初は嫌味かとも思ったが彼はそういう類の人間ではないので、他に理由があるのだと思う。

 聞いてもはぐらかされるし確実に面白がっているので釈然としないが、まぁ今となっては慣れたものだ。


 それに面白がっていてもちゃんと的確なアドバイスをくれるので、それに免じてというのもある。ほら、今回も。


「何かいつ聞いても驚かせてくれる妹さんだね。そういえば来年からさ、この学院高等部に関しては外部から生徒の募集をかけるんだって。知ってた?」

「え、そうなの?」

「うん。まぁ狭き門らしいけど、“百合宮”だったら受かるんじゃない? 最初は違う学校に行っても高等部で受験すれば、妹さんの言う会社を支えてくれる一般での視点も学べるし、令嬢や令息との横の繋がりもできるし」

「……なるほど」


 全く以って説得力のある言葉だった。


 恐らく高等部受験するとなれば、受け身も取れず顔面から転ぶような運動神経の持ち主である妹は、僕と同じ銀霜学院になる。勉強面であれば僕が教えればいいので、何も問題はない。


「ありがとう。悩みが解消されて、とてもすっきりしたよ」

「なら良かった」


 先程のニヤつき笑いとは違って笑顔を向けてくる友人に、素直に微笑みを返す。

 広く浅くの人付き合いをする僕にとって彼は唯一、心を許せて何でも話せる友人だ。


 一度も同じクラスになったことはないし、低学年の頃は健康面の不調で休みがちな彼とは廊下ですれ違ったこともなかったけど、あの時直接知り合えて本当に良かった。さすがにあの初対面はびっくりしたけどね。


 こうして僕は一先ず目下の悩みの種である妹の件が片付いてホッとしたけれど、後日この友人の悩みを打ち明けられ、それを手伝うことになるのは一週間後の話だったりする。

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