Episode132-2 天蜻蛉⑥―理由―
ちゃんとあの時ケリをつけなかったから。
お父様とお兄様がお話していることに触れず、聞かなかったことにしたから。ちゃんとどうするのかを知って、静観などしなければ良かった。
心配してくれていることに、守られることに甘えてしまったから。水島少女のことを気にして、甘い判断をしてしまった。こんなことになるなんて、思わなかった。
『……ごめんな』
遠く、あの日のおぼろげな意識の中で聞いた言葉が思い出される。
「塩野狩くん。その話をした時に太刀川くん、他に何か言っていましたか?」
どう見ても様子のおかしい私に心配そうでいて、苦しそうな顔をしていた彼だけれど、ちゃんと教えてくれた。
「話してくれたのが、百合宮さんじゃなくて自分で良かったって。そう言っていました」
「……分かりました。全部、ちゃんと解りました。話し辛いこと、話して下さってありがとうございます。後は私がどうにかします。ご安心下さい。土門くんも仰っていたと思いますが、私は百合宮家の娘です。塩野狩くんのお家には絶対に手出しさせません」
「百合宮さん」
「ご自分を責めないで下さい。もう苦しんだり、しないで下さいね?」
ニコリと笑って言うと、塩野狩くんはまたクシャリと顔を歪めた。
そうして頭を深く下げてもう一度、「ごめんなさい……っ!!」と謝罪をしてくれて、彼も鞄を抱えていたけれど、一人で考えたいからと言って先に下校するように促した。
塩野狩くんがその通りにしてくれて、非常口で一人になる。一人に、なった。
「どうしていつも、知らない内に」
傷つけてまで、傷ついてまで守ろうとしてくれるのか。言ってくれれば、話して相談してくれたら。
何で一人で全部抱えてやり過ごそうとするの? 私が泣いて動くことも出来なかったから? 他人の笑い声を聞くだけで、涙が勝手に出てきて止まらなかったから?
分かっている。あの時の私は、あまりにもな体たらくだった。
――だから、手を離したの? ずっと繋いでいた、その手を
「……許さない。そんなの」
誰がそんなことを許すものか。
言ったよね? 今度私の貴方に対する好きの気持ちを振りとか言ったら、はっ倒すって。あんな具体的にどこが嫌いかも言わない突き放し方で、諦めて引くとでも思ったの?
――――笑わせないでよ
俯かせていた顔をゆうるりと上げ、前を見据えて深く微笑んだ。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
何年経っても丁寧なハンドル捌きの坂巻さんの送迎車から降車し、玄関扉を開ける前に一つ呼吸する。そうして重厚で荘厳な我が家の玄関扉を押し開き、中へと一歩足を踏み出した瞬間。
「お姉さまお帰りなさ……い」
「鈴ちゃん、ただいま」
満面の笑顔で両手を広げてダダダダアァァーッと駆け寄ってこようとして、その直前でピタッと止まって目を瞬かせる超絶可愛い妹。
「お姉さま?」
「ん~?」
靴を脱いで上がる間にも、不思議そうな顔で私を見上げてくる。
「どうしたの?」
「お姉さまも、どうかされたんですか? お顔、いつもとちがいます。それにお帰りもおそいです」
「あれ、そう? ん~普通な感じで帰って来たつもりなんだけど、鈴ちゃんよく私のこと見てるから、分かっちゃうんだね~」
「鈴、お姉さま大好きですもん!」
「うふふー」
本当に超絶可愛い妹です。
私の後ろをいつも通りテテテッと付いて来て、神妙そうな顔をしている。
「鈴ちゃん、お兄様はもうご帰宅されてる?」
「はい! お父さまがビリッケツです!」
「まぁお父様はね」
やっぱり話をするのは、夕食が済んで落ち着いてからかな。鈴ちゃんはお母様に見ていてもらおう。
手洗いうがいが済んで鈴ちゃんにリビングに行くように促し、階段を上ってお兄様の部屋へと立ち寄る。ノックをして中から「どうぞ」という了解を得て、顔を覗かせた。
「ただいま帰りました、お兄様」
「お帰り。どうしたの、中に入って来たら?」
ベッドに腰掛け、読書をしていたらしいお兄様のお誘いに首を振る。
「いえ。お夕食の後、お時間頂けないかと思いまして。お父様と一緒に、聞いて頂きたいことがあります」
「父さんと?」
「はい」
「……ふぅん。分かった。じゃあ夕食後に父さんの書斎で待ってるよ」
「ありがとうございます」
お兄様の了解も得、後はお父様に確約させるだけ。まぁお父様は一も二もなく了承してくれるだろう。
しかしながら、お兄様の察し能力たるや。何も詳しいこととか言ってないのにお父様の書斎でとか、重要な用件を見抜かれている感。神童の名は伊達ではない。
部屋を移動して自室で着替え、次に私が起こした行動と言えば、電話を掛けることだった。
既に向こうの家では私の家の電話番号は登録されており、彼女がいれば人を介さずに直接取ってくれるようになっている。
そうして何回目かのコールの後、「もしもし」と言って出たその声に背筋を伸ばす。
「もしもし、麗花? ごめんね、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
折り返し地点到達! 一旦ここでCM挟みます。




