Episode131-2 天蜻蛉⑤―実体―
翌日。
「おはよう百合宮嬢! 春の妖精は未だ花弁を閉じたままかい? やれやれ、それではイケてるメンズであるこの僕が君の悲しみを取り払うべく、一助しようではないか! 昼休憩? 放課後? うん放課後が最適だね! 放課後に非常口で待っていてくれたまえ! この僕からの公開呼び出しさ!! ああそれと、今回は百合宮嬢だけで来てくれたまえ! フフ、この僕からの呼び出しなんて、一生に一度あるかないかのことさ! ではよろしく頼むよ、ハッハッハ!!」
教室に入った瞬間に目の前まで風のようにやって来て、突然弾丸トークをかまされた。
口を挟む間もなく私の返事も聞かずに機嫌よく高笑いをして去って行く土門少年を、呆気に取られてその背を見送ることしかできなかった。何だアレは。
「何ですかアレは」
思わず言葉にも出してしまい、今日は先に登校していたたっくんが苦笑しながらやってくる。
「おはよう、花蓮ちゃん。土門くん何かずっとソワソワしながら教室の扉見てたから、何だろうって思っていたんだけど、花蓮ちゃん待ちだったんだね」
「え、そうなんですか?」
ソワソワしながら私を待っていたとは。
一体何の用事……まさか!
「ど、どうしましょう! まさか私、土門くんからこ、ここここ告白でもされるんでしょうか!?」
「え? えー……それはどうだろう? 多分違うんじゃないかと思うけど」
「ですよね! 多くの女子たちを守るという使命があるため、ただ一人の女子に縛られる訳にはいかないどうたら言っていたのに、手の平返すの早過ぎますもんね!」
違うと思ったけど、あーびっくりした。というか、呼び出す用件が普通に不明である。
ただでさえまだ塩野狩くんを呼び出す件が纏まっていないのに、土門少年まで加わってややこしいことに巻き込まれたらどうすれば。
そんな感じで授業中、休憩時間中も彼を本人に気づかれない程度に観察していたが、とにかく機嫌が良い。
朝から機嫌が良かったし、昨日何か良い事でもあったのだろうか?
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
と、そんなことを考えながら他のことも考えて過ごしていた、約束の放課後。
……なんか、何かある時って大体非常口に来ている気がするけど、この場所なんかあるのかな? いや確かに静かだし、人気もなくて誰も来ないけど。
土門少年の意味不明な動向が気になり過ぎて何も動けず時間が経ってしまい、用件が済んだらすぐに下校しようと思って鞄を持って指定されたこの場で待つこと――大体二十分。
「どういうことですか。本当に誰も来ないじゃないですか!」
一体何の時間だこれは。一方的に女子を待たせるとは、あのナルシーは一体何を考えている! この僕と双璧を為すイケてるメンズとか普段言っているくせに、約束の十分前には待ち合わせ場所に来ている裏エースくんとは大違…………帰ろうかな。
ちょっぴり心が痛み、一歩を踏み出そうとしたところで微かに足音が聞こえてきた。
やっと来たのかと思って待っていると、しかし何やら会話しているような声までが聞こえてくる。土門少年と、後は……?
声と足音が段々と近づいて来て、曲がり角から現れたその姿に目を見開く。そして曲がり角から私を見た彼も、表情を強張らせて固まった。
「やぁやぁ百合宮嬢! 大変お待たせしてしまってすまなかったね!! いやはや、出てすぐに連れて向かえば太刀川 新も訝しむだろう! ほら時間差攻撃という言葉があるだろう、あれのことだね!」
「いえそれ、言葉の使い方違う……え? どうして、ですか?」
いつものテンションで変わりなく普通に話してくる土門少年へと、戸惑って理由を聞く。
だって。何で。土門少年には、何も言ってないのに。
彼は表情を強張らせた――塩野狩くんの腕を掴んでいる形で、にこりと笑った。
「朝に言った通りさ。百合宮嬢の悲しみを取り払うべく、一助しようってね!」
「それでどうして、土門くんが彼を」
「話があるのだろう? この僕であれば、彼を連れ出しても疑われる可能性は低いからね!」
質問に対しては答えているが、本当に問うていることに対しては、のらりくらりとかわされている気がする。これは……わざと?
戸惑いの表情から令嬢然とした微笑みに切り替えて見据える。そうしてそれを見ていた土門少年の表情も、にこりとした笑いから――
――フッと、人を食ったような軽薄な笑い方へと変わった。
……このナルシーっ……!!
表情一つ変えただけで、今まで彼へと抱いていた印象がガラリと変わる。
「随分と、ご様子が変わられましたね? 土門くん」
「そうかい? いやいや百合宮嬢こそ、いつ辿り着くのかなと期待していたというのに、随分と遅かったね? 色々とヒントを出していたと思ったのだが、事が起きてからやっととはね。百合宮のご令嬢は随分と謀に疎いようだ」
「ど、土門くん……?」
固まっていた塩野狩くんも、そんな物言いをする彼を驚いた顔で見つめた。そして言われた内容。
「初めから、全部知っていたんですか?」
「いや? 塩野狩くんの様子が普段と違った時点では、まだね。色々様子を見てどういう理由でそうなっているのか、この僕も後から調べて知ったのさ。目立って仕方がない僕だが、これでも色々と暗躍するのは得意でね。だが、まだまだだ。君が辿り着くのにこんなに時間が掛かってしまったのだから」
「なるほど。朝、いやに機嫌がよろしいとは思っておりましたが、あれは機嫌が良かったのではなく、むしろその反対でしたか」
対応の遅い私に対して怒っていたから、隠すために真逆の態度を取っていたのか。けれど。
「ならどうして私をアテに? 早々に気づかれていたのなら、ご自分で動かれる方が早かったのでは?」
「頭が足りないね、百合宮嬢。背後にいる人間が上流階級と分かった上での愚問かい? ああそれと、僕が話したことを見当違いだったとか言われた時には、本当にどうしようかと思ったね。柚子島くんが同じ場にいてくれて本当に良かったね」
ナルシーの本性メッチャ毒舌なんですけど。
いや、これは聞いた私が悪いな。
「……すみません。それでどう塩野狩くんをお呼び立てしようかと悩んでいた私を、助けてくれたという訳ですか」
「当然さ。僕もこの件に関しては、早々に解決して貰いたいからね。本当に骨が折れたよ。あまりに露骨過ぎると太刀川 新に気づかれてしまうからね。全く以って気に入らないね。何故君と太刀川 新の関係性のことで、無関係たる彼に白羽の矢が立ったのか。……本当に気に入らない」
繰り返された『気に入らない』には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。
そうして私から視線を外し、塩野狩くんには再度にこりとした笑みを見せて話し掛ける。
「さてさて、ここまで来たらもう君も分かっているかと思うが、百合宮嬢に洗いざらいこうなってしまった経緯を吐きたまえ。百合宮嬢なら大丈夫さ。いくら気づくのが亀のように遅くその突き止め方も極端とは言え、家の力は本物だからね! 僕がいなくなるのは心細いかもしれないが、僕がいては話し辛い内容もあるだろうし、これにて退散するよ! ではまた明日会おうじゃないか、ハッハッハ!!」
「えっ、ちょ、ど、土門くん!?」
さらりと私を貶しながらバシバシと塩野狩くんの肩を叩いた土門少年はそう言って、くるりと背を向けこの場から去ろうとする。
混乱気味な塩野狩くんが呼び止めるものの、顔だけ振り向いたその顔は彼にではなく、私へと向けられていた。
「最後にもう一つだけ、ヒントを出そうか。これは君にしか解決できない。この僕でも柚子島くんでもなく、他の誰でもない君にしか。黒幕というのは、得てして表舞台には出てこないものさ。この意味を、よぅく考えてくれたまえ」
そう言って彼は今度こそ立ち去って行った。
残されたのは、二人だけ。
妙な謎かけ。はっきりと答えを言わずに私に考えさせるのは、何か意図があるのだろうか? 遅れた分早く動かなければならないが、ただ単に黒幕をケチョンケチョンにするのではダメということ?
否応なく考えさせられる謎を与えられてしまったが、今すべきことは。
「塩野狩くん」
ビクッと肩を揺らした彼と、視線が合う。
穏やかに微笑んで、言葉を発した。
「どういうことか、お聞かせ願えますか?」




