Episode129-2 天蜻蛉③―視点―
「纏めると、陽翔が僕のこと大好きで恋愛的な意味で告白してきたけど、それを断った僕がとても仲良しの、友達の猫宮さんを急に無視し始めた。そういうことで合ってるかな?」
「合ってます……」
「いい加減そこに俺と夕紀を当てはめるの止めないか?」
「確認なんだけど、現実では猫宮さんじゃない二人は僕と陽翔のような関係性?」
「いいえ。私も話だけ他の子に聞いただけで、告白した子が彼と仲良しなのかは微妙なところです。ただ彼を見るとその子はソワソワと落ち着かなくて、追い詰められたような表情をしていたと。話を聞いた子から、そうお聞きはしています」
そこまで聞いた春日井は額に手を当てて、物思いに耽っていたけれど。
「……ダメだな。ちゃんとした人物像じゃないと、自分で当てはめても猫宮さんを無視する僕の気持ちが分からない。猫宮さんを無視している子は、僕も知ってる人物?」
「はい。あの、太刀川くんです」
「あぁ、あの」
頷く彼に四年前も思ったが、本当に名前を聞いてすぐに思い出せるなんて、すごい記憶力だと思う。
「何でそんなに覚えていらっしゃるんですか?」
「あの時のことはよく覚えてるよ。当時の一学年ファヴォリには、忘れられない出来事だったから」
「えっ!?」
待って、一部の生徒じゃなくて何でファヴォリなの!? 何で一学年ファヴォリに括られてるの!?
「あの時の話か? それがコイツとどう関係が」
「あの時の問題になった彼女の被害者は、猫宮さんだよ」
「……亀子?」
ぎゃあ! 大事になっている証拠に、その場にいなくて関係ない筈の緋凰まで何でか覚えてる! というか何でコイツ知ってるの!?
それに何で四年も前の出来事をここで掘り返す! ……私が何でそんなに覚えているのか聞いたからだった!!
「と、とにかく私をいない者扱いして無視しているのは、太刀川くんです! 何でそんなことをされるのか分かりませんし、前の時だって何のことか、私にはさっぱりで」
「前の時? ……それ、同じ年にした話の? 陽翔の家で演技指導した時の、ストーカー容疑かけられたっていうやつ」
「本当に何でそんなに覚えているんですか!? その通りです! あの時も私にストーカー容疑かけたの太刀川くんです!」
「俺も覚えてる。そりゃ、あんな怒って泣いて大騒ぎしたらな」
あの時の私ぃ!!
クマスクの顔を両手で押さえて項垂れる。
「前の時はどうやって解決したの?」
「前は色々言われてカチンときて言い返して、授業でも色々影響あって、お昼休憩にもう一人の仲良し……私が突進している子に、非常口で話を聞いてもらいました。それでその時の話を教室を出て、すぐに追いかけてきていた彼が聞いていて、彼の誤解だったと。その時はそれで和解して、仲直りしたんです」
「で、今回は無視と。お前にそうされる心当たりとかはねぇんだよな?」
「ないです。無罪です。冤罪です」
何度も何度も考えたけれど、本当に私に罪はない筈です……。無視されて話をしてくれない以上、私にはどうすることもできない気がする。
「前の時と今回で、何か違うことってある?」
「違うことですか?」
いきなり怒り出し……、……?
目が合えば睨み……、……?
あれ、待って。
前のケースと今回のケース、全然違うくないか?
「前の時は私に直接言ってきました。睨まれもしましたし、ずっと苛々ピリピリしてました。でも今回は何も言われるどころか無視ですし、視線だって合いません。私が同じ空間にいても、私の名前や話を出さない限りは普通な感じです。ぜ、全然違います!」
そうだ。裏エースくんだったら、何かあったらあの時のように、ちゃんと私に言ってくる筈なのに。
「あの時から性格や人が変わっていなければ、僕も彼はいきなり無視とかするんじゃなくて、ちゃんと言葉で言う人だと思うよ」
「だったらどうして」
「猫宮さん」
真剣な眼差しが返ってくる。
「猫宮さんにとっては仲の良い友達だとしても、他の人にとってはそれが気に入らない。今回のことって、そういうことじゃないかな?」
言われたことをかみ砕いてよく考える。
私と裏エースくんは他の人から見て、付き合っていると誤解されるほどの仲に見える。実際も仲良し。
それが気に入らない……? んん? え、私もしかして、裏エースくんに恋をしている女子の誰かに恨まれてる!?
「こ、今回のことは、太刀川くんに恋をしている女子の犯行によるものだと……!?」
「新たな登場人物を出すな鳥頭。よく考えろ。根本的なところが間違ってんじゃねぇのか」
「根本的?」
どこら辺が? え、どこが間違ってる!?
言われてもチンプンカンプンな私の様子を見て、緋凰は溜息を吐き、春日井は難しそうに眉根を寄せた。
「こうなってくると、あの人の過保護もあまりどうかと思うけど。最初に出会った頃に僕から猫宮さんに聞いたこと、覚えてる? どうして聖天学院に来なかったのって」
「え? あ、はい。そうですね?」
「猫宮さんほどの家の子が、どうして聖天学院に来なかったのって」
「…………」
私ほどの家。――百合宮家?
「中流階級の家の子が通う学校に、上流階級の家の子が混じる。中流階級の家は上流階級の家と繋がりが広くある階級。猫宮さんあまり催会に参加しないとは言うけど、参加したことが一度もないということはないよね?」
「上流階級のヤツで亀子のこと、知ってるヤツもいたりするかもしれねぇな。太刀川ってヤツの、前と今回のお前に対する態度の違い。そいつに告白したってヤツの、ソワソワ落ち着かなくて追い詰められた顔。……なぁ」
腕を組んでふんぞり返りながら、緋凰が目を細めて私を見る。
「――それ、本当に告白だったのか?」
……告白でなければ何だと。
私のことを知っている上流階級が、私と同じ学校に通う中流階級の子へ何か言った? ソワソワ落ち着きなく追い詰められていたのは、上流階級の圧力があったから? だからその話をされた裏エースくんは、結果私から離れる、もしくは私に嫌われるような態度を取ることにした?
何それ?
――――何それ
ビクッと、一瞬二人の肩が揺れたのが視界に入った。
精神的ダメージの酷い私は気にせずに、ゆっくりと口を開く。
「なるほど。上流階級のどなたかが私の同級生を脅し、太刀川くんは脅された同級生の背後にいる、上流階級の方の脅しに屈した可能性があるというお話ですね。そうですか。――そうですか」
ふーん。そう。そうなんだ。へぇー。
「……解決できそうかな?」
「はい。ご相談に乗って下さりありがとうございました。やはりこういうのは、当事者でない方からの目線というのも大切ですね。私ではずっと気づかなかった可能性ですもの。ふふふ、さすがスイミングの先輩と先生です」
「相談内容、水泳じゃねぇけどな」
「糸口が見えたので大分気が楽になりました。ふふふ、せっかくご用意して頂いたのです。お菓子食べましょう!」
内側の紐を引っ張り、クマの口をパカリと開けてラングドシャを一つ食べる。
んー、香ばしくてサクサクしてて美味しい~♪
マスクの内側でニコニコしながら、私はお菓子を食べてお茶を飲んでその後を過ごしたのだった。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
リアルなクマのマスクを被り、首から下は普通の女の子の格好をした少女がその場から帰宅し、いなくなった後。
「……やっぱアイツ、俺ら側の人間だな」
ポツリと落とされたそれに、顔を向ける少年。
「猫宮さんのこと? 上流階級の子で間違いはないよ。彼女との約束があるから、それ以上は言えないけど」
「いい。“春日井”もその場にいて且つ、“緋凰”との約束だ。さすがにアイツも守るだろ」
はぁ、と息を吐いて、コキリと首を鳴らす。
「俺らは俺らで高名な家の時期跡取りっつーので、それらしい態度とか表面上の取り繕いとか英才教育させられて、自然と威圧とかも身に付くだろ? 亀子の鳥頭で宇宙人な思考言動が強烈過ぎて忘れがちだが、泳ぎ以外の普段の動きや所作は、厳しい教育を受けたヤツのそれだ。……前にも思ったがアイツの怒り方、本気な時は俺でさえも一瞬背筋が冷える」
「うん。陽翔、僕と同じタイミングで肩揺らしてたもんね。……顔見えてないのに、あれだけすごく怒っているのが相手に伝わるの、すごいと思うよ」
「予測。近々確実にどっかの家――――潰れるな」
少年が目を眇めて告げた予測。それを耳にしたもう一人の少年は、緩く微笑む。
そうして少年達はそれまで手にしていたカップを、同時にソーサーへ置いた。




