Episode127-2 天蜻蛉①―始動―
誤解の鎮静化にしても、さすがに態度がおかしいと思う。普通に行かないって言えばいいだけなのに、不機嫌な感じで答える必要はないだろう。
「西川くんは? 相田さんが気になってるなら、西川くんだって気になってる筈だと思うけど」
「西川くんも同じみたい。太刀川くんが席外してる時に私のところに来て、百合宮さんと何かあった?って聞いてきたもん。百合宮さんの名前出しただけで、睨まれたんだって」
「睨まれた!?」
何で? えっ? もしかしてこれ誤解の鎮静化じゃなくて、私が何かしたパターン? 待ってそうなると全然心当たりない!
「そ、そんな仲違いするようなこと私、身に覚えがありません! えっ!? 拓也くん私なにかやっちゃったんでしょうか!?」
「僕に聞かれても分からないよ。でも僕も三人でいた時、そんなおかしな感じはなかったと思う」
「ですよね!?」
そうなると私しか分からないのはあの日になるが、仲違いなど微塵もない雰囲気で終わった。それどころか……ハッ、待て待て私なにを考えている!
「その、相田さん。仲良しの貴女たちがそう思うのでしたら、Cクラス大丈夫ですか? おかしな感じになっていませんか?」
聞くと苦笑される。
「そうなんだよね。百合宮さんの名前出すだけで空気ピリッとしちゃうから、ウチのクラスではいま百合宮さん禁止令みたいな感じになってる」
「私禁止令!?」
ひどい事態だ。
何でそんなことになった。嘘でしょ!?
「拓也くん! 拓也くんは!? 約束どうたら言っていた時、そんなひどい態度されませんでした!?」
「されてない。苦笑いで言われただけ。というかそんな態度取られてたら、僕すぐに花蓮ちゃんに聞くよ」
「ですよね!」
本当どうしたの。言っていることとやっていることが、まるで別人……ハッ!
「衝撃的なことに気がついてしまいました。太刀川くんに新たな人格が芽生えて、二重人格者になってしまったのでは」
「花蓮ちゃん。僕ふざけてる場合じゃないと思うよ」
ふざけてないよ!? どう考えたって少し前と比較したその言動の不一致さ、二重人格くらいしかないよ!?
「一応今日は偵察して様子を見て、可能なら教室に来ない理由をお聞きしようと考えていたのですが。禁止されている本人が教室に行ったら不味いですかね?」
「でもどうして新くんがそんな感じなのかは、話を聞かないと分からないよ? 何もしなかったら相田さんのクラス、ずっと花蓮ちゃんのこと禁止になっちゃうんじゃ」
「私も話はした方が良いと思う。ていうかあの時も百合宮さん心当たりなくて、結局太刀川くんの誤解だったんでしょ? 今回もそんな感じなんじゃない?」
二人からの意見にうーんと悩む。
何で我が家の家族会議以外で、私に関しての禁止令が施行されなければならんのだ。その対象である本人は知らなかったぞ。
確かにあの時も責められる心当たりなんか全然なくて禿げそうだったし、悩んで困って禿げる前に、ここはやっぱり直接話を聞きに行った方が良いのだろう。
これは既に私だけの問題ではなく、Cクラスの人達にも精神的負担が掛かっていることを踏まえて、皆の頭が禿げ散らかす前に解決するべきである。
「分かりました! ここは一発、禁止されている私が乗り込んで……あ」
私達が来た方向の先から、五、六人塊の男子の集団が教材を抱えてやって来る。しかもその中に、件の裏エースくん本人も混じっていた。
「ヤバッ! ごめんウチのクラス、次理科だった! ここ通る!」
相田さんが慌てて小声でそう謝ってくるが、向こうの男子達も私達の存在に気がついてギョッとした顔をした後、慌てて裏エースくんを確認していた。
私はいつからそんな見るも危険な人物に評価が下落したのかね。
そして裏エースくんと言えば、相田さんが言うような特に不機嫌そうな感じではなくて、至って普通そうな感じだった。私の存在に気がついたところで、表情も変わらない。
いつも一緒にいたからか、少し見なかっただけですごく久しぶりな感じがする。
「どうしたんだよ。行こうぜ」
そう彼が男子達に声を掛け、周囲にいる男子のみが戸惑いながらギクシャクと動き始めた集団が横を通る時に、思いきって声を掛ける。
「あの、太刀川く…」
――スッと。
顔も向けられず、まるで声が聞こえなかったかのように素通りされた。
……え?
「太刀川くん!」
確実に聞こえる声量で呼んでいるのに、振り向きもしない。
再度呼ぼうとしたけれど、それよりも先にたっくんが声を掛ける。
「待って、新くん!」
「悪い。移動で時間ないから」
チラッとたっくんにだけ顔を向けてそう答え、そのまま去って行く。
相田さんが気まずそうな顔をし、たっくんも戸惑いを隠しきれない顔で心配そうに私を見る。私といえば呆然と、裏エースくんが去って行った先を見つめていた。
何あれ。ちゃんと私、聞こえるように声出してたよね? たっくんの声には反応して喋っていたし。んんんんん? いない者扱いされて、無視されたぞぉ~?
「私はいつ太刀川くん限定で、透明化してしまうようになったんでしょうか」
「花蓮ちゃん大丈夫!?」
「ゆ、百合宮さん本当に心当たりないんだよね!?」
二人もまさか私のことを無視するとは思わなかったようで、とても心配される。
うん、何だろうね。原因も何も分からなくて無視されても、こっちも反応困っちゃうよね。
「ないですないです。あの時と同じように私は無罪ですし、冤罪を掛けられているようです。でも、無視ですか。困りましたね。無視されてしまうと、話もできない気がします」
「……花蓮ちゃん、一旦教室に帰ろう? 相田さんも状況話してくれてありがとう。移動、間に合わなかったらいけないから戻ろう」
「うん……」
途中まで一緒に歩き、心配そうな顔のままの相田さんと別れて、トボトボとたっくんと手を繋いで歩く。
「大丈夫だよ。何かやっぱり、事情があるんじゃないかと思う」
「はい」
「約束って言っていたの関係あるんだよ、きっと。次はちゃんと話そう? 僕も一緒に行くから」
「はい」
「……花蓮ちゃん。笑わないで」
ピタリと足を止めて、たっくんを見る。
「笑っていますか? 私」
「いつもの笑顔じゃなくて、あまり知らない人に向ける顔してる。無理してそんな顔するくらいなら、我慢せずに泣いてスッキリした方がいいよ」
ふふふ。未就学児よりお母様直伝で鍛えられた淑女の微笑みというのは、最早私にとって息を吸うように簡単で、赤子の手をひねるも同然なのです。この顔でいれば人からの印象なんて、ほぼ好感しか持たれません。――私の心情は別としても。
「私は歴史ある、由緒正しき百合宮家のご令嬢ですよ。早々人前で泣くなんてことはできません」
「一年生の時は結構泣いてたよ」
「拓也くん本当に私に厳しくなりましたね」
「だってもう五年も経つから」
「そうですね」
「……」
「……」
「大丈夫だよ」
「…っ、ありがとうございます、拓也くん」
表情は取り繕えるけれど、声音までは取り繕えなかった。
ずっと一緒にいて、私のことを理解してくれている友人の手は、微かに震えていた私の手をギュッと握ってくれていた。




