Episode117-2 米河原家の子
「花蓮ちゃん?」
「あぁ、すみません。ちょっと昔のことを思い出していましたので。そうなんです。鈴ちゃんもう六歳になるんですよ。つい最近まで赤ちゃんだったと思うのに、本当に時が経つのって早いですよねぇ」
「だからお婆ちゃんくさいですわよって」
「赤ちゃんの時から知ってるけど、歌鈴ちゃん、本当に可愛いわよね。私達にもいつも笑顔でお出迎えしてくれて」
ニコニコと笑って言う瑠璃ちゃんに、麗花も頷いて微笑む。
「そうですわね。私達の真似して遊ぶの、とっても可愛くて癒されますわ」
「真似したいお年頃なんだと思うよ。……あら? あれに見えるは」
縁側から出てきて、お盆にティーポットを乗せてこちらにやってくる小さな姿を発見し、私はパァッと顔を輝かせた。
「蒼ちゃんおてつぶっ!」
「大きな声を出したらびっくりして、落としますでしょう! ここは静かに見守るのが鉄則ですわ!」
「ほへんふぁふぁい」
速攻手で口を塞がれて麗花に小声で注意され、瑠璃ちゃんとたっくんから苦笑されてしまった。言われた通り黙って見守る。ヨタヨタしながらも、落とさないよう真剣な顔でお手伝いをしている姿は、鈴ちゃんに負けないくらい可愛くてキュンとしてしまう。
そうして慎重に気をつけて運んで、よいしょっとテーブルの上にやっとこさ置いたその子は、瑠璃ちゃんによく似た癒し笑顔を私達に向ける。
「おまたせしました! ミントティーのおかわりをもってきました」
「蒼ちゃんありがとおぉぉっ! 今日も超可愛いぃぃぃっ!!」
「すぐ近くで叫ぶんじゃありませんわよ! ご近所迷惑ですわ!」
「ありがとう。僕の隣に座って一緒に飲む?」
「はい!」
たっくんの提案に笑って頷いたその子は、彼と瑠璃ちゃんの間に座った。持って来てくれたティーポットから、瑠璃ちゃんがカップにミントティーを注いでいく様子をキラキラと見つめている。
「あぁ、この三人の並びも可愛い……。この世は可愛いで溢れてる……」
「いつまで経っても全く自重しない子ですわね。……あら? どうしましたの、蒼佑」
瑠璃ちゃんが注いでくれたカップを麗花の方に押し出すのを見て、不思議そうに彼女がそう聞けば、蒼ちゃんは恥ずかしそうにほっぺを赤くして、テレテレと。
「れいかお姉ちゃんのがすくなかったから。おかあさん、おきゃくさまだいいちって」
「まぁ! このお歳でもう立派な紳士ですわね。ありがたく受け取りますわ。では紳士の蒼佑には、私がお茶を入れて差し上げますわ」
「わぁ! ありがとう!」
嬉しそうにほっぺを赤らめてはしゃぐ蒼ちゃんを、微笑ましく見つめながらお茶を注ぐ麗花。断らずに受け取ってお返しをするとは、さすがである。というか。
「ここには可愛いしかない。私は一体どうすれば」
「どうもしなくていいよ。強いて言うならババロア食べてお茶飲んでて」
「はい」
たっくんに言われ大人しくお食事をする私に、麗花からカップを受け取ってニコニコしていた蒼ちゃんの目が向いた。
「かれんお姉ちゃん、かみ、なにかついてる?」
「ん? あ、これ?」
首を傾げて聞かれたことに手を当てて確認すれば、コクンと頷かれる。
本日私の髪型は髪を下ろしているパターンだが、前髪の横の髪をカッチンピンで留めている。そしてこのカッチンピン、何と我が超絶可愛い妹の鈴ちゃんお手製! 今朝、鈴ちゃんの手でつけてくれたのである!
「ふ~ふ~ふ~♪ 私の可愛い子による、手作りピンなの!」
「発言が相変わらず変態くさいですわ」
「歌鈴ちゃんの手作りなの? すごく良く出来てるわ!」
「ピンと飾りをボンドで接着して、作成するキットなんだって。お母様と一緒に作ったみたいで、自分用じゃなくて私にって! 可愛すぎて死ぬかと思った!」
「生きてて良かったですわね」
「本当にね」
麗花とたっくんが生温い目で見てくるのに対し、瑠璃ちゃんだけが笑顔を向けてくれる温度差よ。麗花は元からだけど、たっくんは年々私への対応が厳しくなっているような気が……。
と、蒼ちゃんが目をパチクリさせて、「かりんちゃん?」と瑠璃ちゃんに聞いている。
あ、そっか。蒼ちゃんの前では、今まで鈴ちゃんの話ってしたことなかったっけ。
「歌鈴ちゃんは花蓮ちゃんの妹さんよ。蒼くんと一緒のお歳だから、お友達になれるかもしれないわ」
「いもうと……?」
「蒼くん?」
話を聞いて何やらショックな顔をしている蒼ちゃんに、瑠璃ちゃんが首を傾げる。私達もどうしたのかと見つめていると、蒼ちゃんの瞳が潤んで。
「かれんお姉ちゃん。ぼくのお姉ちゃんじゃ、ない……?」
ギューーーーンと心臓を打ち抜かれる私。
瑠璃ちゃんは困った顔をし、麗花は俯いて震え、たっくんは慌てて蒼ちゃんの涙を拭く。
今日が私の命日になるかもしれない……っ!
「あのっ……あのねっ……!」
「蒼くん。確かに花蓮ちゃんと麗花ちゃんはお姉ちゃんだけど、蒼くんのお姉ちゃんは私でしょ? それと一緒なのよ? 花蓮ちゃんには、歌鈴ちゃんっていう妹がいる」
「えええっ!?」
息も絶え絶えな私が言う前に瑠璃ちゃんがお姉さんらしく説明し、衝撃の真実を聞いたとでもいうような顔をする蒼ちゃん。
「ぼくじゃない、いもうと」
「蒼ちゃん、蒼ちゃん! 大丈夫! 鈴ちゃんは妹だけど、蒼ちゃんは弟だから! 弟は蒼ちゃんしかいないから大丈夫だよ!!」
「いつか聞いたような原始的な言い訳」
たっくんがポツリッと言うのも今はスルーし、真摯な表情で蒼ちゃんと見つめ合うと、熱意が伝わったようで涙目ながらも頷いてくれた。よっしゃ!
「蒼佑が……っ、蒼佑が可愛い過ぎますわ……っ!」
「だよね!」
激しく同意。
蒼ちゃんの瞳のウルウルも収まってきたところで、ツボを刺激されていた麗花も復活してその話題を振ってくる。
「来年、蒼佑は私と同じ聖天学院に入学するんですわよね?」
「うん。私が通っているのは女学校だから」
「蒼ちゃんファヴォリ? 家柄的には選出されていても、おかしくなさそうだけど」
瑠璃ちゃんはプルプルと首を横に振る。
「辞退したの。特権階級だけあって待遇は良いけれど、その分評価も厳しくなるでしょう? 蒼くんにはちょっと難しいかなって」
「そうですのね。私に仲良しのファヴォリの後輩ができるのではと、期待しておりましたのに」
「あ、そこは心配ないよ。鈴ちゃんファヴォリ」
麗花の憂いを払うべく口を挟んだ私へと、「「「ん?」」」と三対の視線が突き刺さった。ん? 何かね?
「歌鈴、聖天学院ですの?」
「花蓮ちゃんっ子だから、私てっきり清泉の方だと思ってたわ」
「百合宮家って自由そうだから、僕も別の学校なのかなって」
なーるほど。違うんだなぁそれが。まぁ鈴ちゃん自身は私とお兄様には、『お姉さまといっしょのとこがよかったです!』って、プックゥーしてたけどね。
「ほら、百合宮 奏多都落ち事件の時。学院の偉い人から、『お子さんはぜひ! ぜひウチの学院でファヴォリに!』って、血走った目で言われちゃったみたいで。まぁ勉強面ではお兄様も認めてたし、麗花もいるしって感じで、そう決まっちゃったんだよねー」
「み、都落ち……」
「貴女、自分のお兄様のアレをそう呼んでいるんですの!?」
「えーだって、自分からファヴォリ返上して一般学生になったんだよ? 都落ちってぴったしだと思うけど」
「花蓮ちゃん、奏多さまの前でもそれ言える?」
……ふふふふー。
瑠璃ちゃんからの問いには微笑みで返答し、私達の会話をミントティーを飲みながら聞いている蒼ちゃんへと、にっこりしながらお願いする。
「だからね蒼ちゃん。私の妹の鈴ちゃんも蒼ちゃんと同じ学校に来年通うから、仲良くしてあげてね?」
「……? はい!」
急に話を振られたからかコテッと首を傾げはしたものの、次の瞬間には笑顔で了承してくれた。よっしゃ!
来年のこの春、百合宮家が次女・百合宮 歌鈴と米河原家が長男・米河原 蒼佑。
この二人ともう一人が入学したことで、またその未来、三人を取り巻く彼らの物語は動き出すこととなるのであった。




