Episode110.5 side 白鴎 佳月③-2 白鴎に連なる者
事態は奏多の怒りを抑えた冷静な判断と、両校の教員が来たことで一旦の場は終息した。そして奏多も妹さんに付き添って一緒に去った後、家同士の問題になると暗に教員に伝えて、生徒も解散させた。
パートナーの俺達が中々戻って来なかったからか、この場に来ていた晃星を呼ぶ。
「佳月兄、何かあったの?」
「帰ったら親族会議。有栖川を切る」
「!」
短く伝えただけでハッとし、真面目な顔になる晃星に思わず口角が上がる。
うん、察しも良くて詩月とも仲良いし、やっぱり好きだなー。
と、ツンと制服の裾を引かれる感覚に見れば、こちらの一年男子が上目遣いに見ていた。同じファヴォリで晃星も印象良い子ということで話を聞けば、なるほど、確かに頭も回る“まとも”な子である。
今年の一年生は高位家格の子が同時入学したとあって、例外もあるが中々に粒が揃っているように思う。
それに奏多は隠せていると思っているようだけど、珍しくも彼が薔之院家のご令嬢を気にしているのも知っている。他の人間の目は誤魔化せても俺は誤魔化せないよー。
どういう繋がりなのかは分からないし話してくれないけど、まぁそれは別にいい。
――俺が、ただ奏多の傍に在れるのならば
戻ってきた妹さんはその儚い雰囲気も相まって、包帯やガーゼを宛がわれた姿は、とても痛々しかった。友人たちがすぐに囲うのを見て、彼女も人を惹きつける子なんだなと思った。
「妹さん、大丈夫?」
「全治二週間だって」
隣に座ってきた奏多に聞くとそう淡々と返されて、心臓が嫌な音を立てた。
「……ごめん。本家として謝ざ」
「必要ない」
全て言い終える前に遮られて、喉に何かが詰まったように言葉を発せなくなる。
分かる。受け入れるのには時間が掛かるからこそ、切る時は一瞬。そういう人間だと。
「……またムカデ踏んだような顔してるの、分からないんだけど」
「……」
「はぁ。佳月。これは百合宮と有栖川の問題で、白鴎は関係ない。僕だってそれくらい理解してる。僕だってこのせいで佳月と話せなくなるのは、嫌だよ」
奏多を見ると、呆れたような顔で俺を見ていた。
「僕を何だと思ってるんだか。遠縁の子への感情を本家の友達に向けるほど、狭量じゃないんだけど」
「奏多」
「友達なんだろう。ハンカチ、妹のためにありがとう」
「そ、れくらい。友達の妹なんだから、当然」
「僕も佳月の友達なんだから、当然」
何が当然だ。
何だよ。お前、俺のことちゃんと“友達”だって思ってたのかよ。最初妹対応アドバイザーとか言ってたくせに! 対人能力ポンコツのくせに!!
「佳月。泣いてももう抱きしめないよ」
「うるさい。泣いてないだろ」
「そんな顔してるから」
そんな顔って、何でこういう時に限って辛辣な例え来ないんだよ。ひどくない?
彼の妹が友人たちに囲まれている間、俺と奏多はそんな話をしていた。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
親交行事を経てからも、俺と奏多の関係は変わらなかった。
そしてそれからも彼が人に囲まれることも相変わらずで、俺はただそれを傍観する。
「だからこの公式をあれに当てはめると、その数字がこうなる」
「う~ん? え、ここ?」
「違う。ここ」
「あっ、ここか! じゃあこの数字がこうなるんだ!」
「違う。遠山くん、君は二年生から算数をやり直すがいいよ」
「辛辣! 辛辣だよ百合宮くん!!」
文字通り傍観中。
放課後サロンへ行くのを迎えに来たら、今日も奏多はクラスメートの遠山なる人物に勉強を教えていた。
どうも頭を抱えて勉強が分からないと言う彼のことが気になったらしく、最初に気紛れで教えたら教えを請われるようになったそうだ。
その時のことを話す奏多は表情がどことなく柔らかくて、奏多限定で嫉妬深い人間である俺はまたモヤっとした。こうして話しているのを聞いても、素で辛辣な言葉を吐けるほどの仲らしい。
……別に奏多が人に囲まれるのも、話をしているのもいい。それは我慢できる。
『中等部、僕は――――を捨てる』
あんな衝撃的なことを聞かされてから、たったの数日。彼は普段と変わらず、周囲にはその神童ぶりを見せつけている。せめて同学年のファヴォリには予め教えておいた方がいいんじゃとは思ったが、奏多は深く微笑んで。
『引き止められることは判っていて、尚それに煩わされるのは御免だ。だから佳月』
――期待しているよ
と、そう言われた気がした。
秘密の共有。俺しか知らない奏多のこと。俺にしか、奏多が言わないこと。
それを思えば、どうということはない。奏多は多くの人間から頼られる側だ。けれど奏多が頼るのは、俺だけ。そのことに安堵する自分がいる。
「佳月? 来てたんなら声くらい掛ければ良かったのに」
「……奏多」
思考に耽っていたら、目の前に思考を占めていた本人が現れていた。
「勉強会終わった?」
「まぁね。取りあえず僕から別個に即席課題出しておいた。あれが全滅だったら本当どうしてくれようかと思ってる」
チラリと視線を向けると、「ぎゃーっ! 二十問もある! 天才かよ百合宮くん!!」と不満なのか褒めているのか分からない叫びを上げていた。
「仲良いんだな」
サロンへ行く道、歩きながら話を振ると、奏多は首を傾げる。
「そう見える? 話すことを聞いて相槌打って、勉強教えてるだけだけど」
「それ俺からしたら十分仲良い範囲だよ。初めの頃の自分を思い出せ」
「……あぁ、確かに」
大分マシになったと思うけど、今もまだ相当なポンコツだからな。
「そう。友達って普通に、仲良いよね」
「うん。……ん?」
「いや、彼のことは前から友達かなって思ってたけど、そうか。変に懐かれたと思っていたけど、仲が良いからか。前に僕からも彼に頼みごとしたし」
「……それ、なに? 聞いてないんだけど」
体温が一気に下がったような気がした。
納得したような面持ちの彼は、そんな俺の変化に気づくことなく話し始める。
「ちょっとした事情があってね。ほら、運動会の時。遠山くんの家で妹を預かってもらったんだよ。どう考えてもあの場合、彼くらいにしか頼めなかったし」
思い出す。救護テントでずっと観察していたから、疑問はあった。百合宮家の席ではなく、なぜ他家の席に座っているのかと。
あの儚く清楚な雰囲気だから、まさかあんなにアグレッシブな行動をするとは思わなくてびっくりした。いや、奏多から相談という形で話は聞いていたけど、見た目と中身が全然伴っていなかった。
親交行事の時のこともあるから、百合宮家の令嬢ということを知られたくないからかな、と考えていた。救護テントに連れてこられた花蓮ちゃんには事情を知っていると言ったけれど、そんなのは見栄だ。彼の妹に、兄から何でも話される存在であると。
「それ、俺じゃダメだった?」
「白鴎は……目立ち過ぎる。それに僕と佳月は友達だと、全生徒が知っているだろう? あんまり繋がらないようにって考えて頼めるのと言えば、彼くらいしか思いつかなかった」
「そっか」
何でもないように言う奏多。
――それがどれだけ、俺の心を突き刺しているかなんて知らずに。




