Episode108.5 side 百合宮 奏多⑫-2 今後を決めるもの
目の前に座っている彼は先程までの嬉しそうな顔から、“白鴎家の長男”の顔で笑っている。
「皆過保護でさ。本当に奏多と直接知り合ってから、かなり体調回復しているんだ。知ってると思うけど前はよく倒れていたのに、それも全然ない。だからアメリカには絶対に行かない。進むよ、中等部」
「そう」
不思議だと思う。パーティで倒れそうだったのを僕が助け、それが縁で話すようになってから、本当に彼は体調が良くなっているらしい。
余程僕と何らかの波長が合っているんだろうか? 何だそのオカルトっぽいの。
「突っ込んで聞くけどその場合、後継ってどうなる?」
「後継ぎは変わらず。いつ元に戻るか分からないから。俺はそれでいいと思っている。詩月には負担かけて、悪いとは思っている」
「……聞いた僕もアレだけど、よく話せるな」
内容が内容なので周囲には聞こえないように小声に落としてはいるが、普通そこは濁すだろう。嫌な顔ひとつしないとは、やはりどこかポヤンとしているな。
「奏多だから話したって思わない?」
「僕だから? ……将来的に“白鴎”は、“百合宮”と何か事業提携したいってこと?」
言った瞬間、ぶっは!と笑われた。
間違ったらしい。おいそこまで笑うな失礼だぞ。
「あっはは! ほんと奏多って奏多!! あー、もしかしたら可能性あるかもだけど、俺に関しては違うね。で? どこまで“俺”に白鴎の権限があるかって?」
おい直球すぎるぞ佳月。これでも事態がこんなことにならなければ、絶対に聞くことはなかったんだからな。
小さく息を吐いて、素直に謝る。
「ごめん」
「謝るなよ。俺はあの奏多に頼られてるって思って、嬉しいけど」
「? 僕、結構佳月には頼っていると思う。妹のこととか、あと細々色んなことに気づいてくれるのとか。ほら、サロンでペン忘れて帰りそうだった時」
「本当に最後小さい話だったな。で、本題」
正面の佳月を見据え、背筋を伸ばした。
「中等部。僕は、――――を捨てる」
本題の結論から言えば、確実に聞こえただろうに何の反応も返ってこなかった。まぁいいか、そのまま続ける。
「だから佳月は」
「待て何そのまま続けようとしている。え、待ってさっき何て言った? ――――捨てるとか聞こえたけど、俺の空耳しか有り得ないよな?」
「言葉が変だぞ佳月。ちゃんと聞こえてたんなら反応してくれないと、そのまま話すだろう」
「有り得ないこと言った奏多の方がおかしいって!」
被っていた“白鴎家の長男”の顔なんて遠く彼方へと飛ばし、素の表情で慌てて僕をおかしいと言う佳月に思わず笑う。
「なに笑ってんの!? 頭どっか打った!?」
「打ってない。他の人間からすれば神童とか呼ばれる僕は、“普通ではない”んだろう」
「!? そういう意味じゃ」
「分かってる。……真面目な話、親交行事や運動会。普段の生活の中においても、今の聖天学院生の考え方や行動は目に余る」
言うと佳月は口を閉ざし、続きを促すようにテーブルを指でトンと叩いた。
「親交行事は言わなくても分かるだろう。運動会、佳月は見ていてどうだった?」
「……最後の選抜リレーでのアレのことなら、同学年、薔之院さん以外誰も行かないんだなって思ったね」
「仲の良い子くらいはいた筈。それなのに、その友達さえ助けに行かない。大して関わりのない薔之院さんしか規律違反しても、迷わずに助けに行った。あまりにも富裕家格の意識レベルに格差があり過ぎる。そしてそれに見合う生徒があまりにも少なすぎる。問題を起こしたことが問題だということにさえ、気づきもしない。嘆かわしいことだね、本当に」
以前の僕なら認識はしても関係ないどうでもいいと、気に留めさえもしなかっただろう、それ。
そう考えると僕も大概だが、こうなってくると妹が別の学校に通っていて良かったとさえ思う。
「卒業してしまえば、更に初等部は混沌とするだろう。まだ一年生には男子は四家の彼等が、女子は薔之院さんがいるからマシだが、他の学年となるとファヴォリの意識をしっかりとさせ、他を律してもらう必要がある。そのためにだからこそ、それが活きてくる」
「……俺とどう関係が?」
とっても嫌そうな顔で言ってくるが、解っているからこその嫌そうな顔とその発言だろうに。
「だから佳月、よろしくね?」
「よろしくねじゃなくて。えーちょっと俺すごい負担じゃん! 面倒くさい! 俺一人で面倒見るのやだー。体調回復したの悪化したらどうすんの!?」
「別に転校するってわけじゃないんだから、大げさだな」
「大げさ! そもそもそれできんの!? 学院絶対反対するって!」
「運動会。あの規律に関してウチの両親が直談判して、ファヴォリ関係なく生徒同士助け合っても可って改定させたんだから、その血を受け継いでいる僕がそうしても不思議じゃないよね?」
「奏多、ほんっと奏多……!!」
遂に頭を抱え出した佳月。まぁ言い出しっぺの僕よりかは負担少ない筈だから、頑張ってほしい。
「ヤダもー。……あのさ、それってもしかしなくても花蓮ちゃん……妹ちゃん起因?」
「よく分かるね?」
「だってそれしかないじゃん。でも妹ちゃんのためだったら、何でそれ関係あるわけ?」
「意識改革には必要だろ。僕で慣れておけば問題ない。高校は絶対に“こっち”受けるから」
「……えっ、未来投資? 怖っ! 奏多怖っ! シスコン怖い!!」
「お前だって大概なブラコンだろ。それに在校時――――を捨てた僕が、その時の在校生に対して何も動かないとでも?」
深く微笑んでそう告げると、佳月は目を見開いて椅子ごと後ずさった。
僕が決めた聖天学院での、僕の役割。
それは妹がこちら側に来る時、どういう効果をもたらしているのか。トップが動かなければ、周りなんて変わりはしない。
真摯に反省するよう促し慈悲を与えるか、無用の長物で即座に切り捨てるかは、その時次第だろう。
――――願わくばあの子が笑顔のまま、健やかに過ごせるように――……
お兄様パートしゅーりょー!
一年生編もあともうちょっとです。




