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空は花を見つける~貴方が私の運命~  作者: 小畑 こぱん
私立清泉小学校編―1年生の1年間―
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Episode108.5 side 百合宮 奏多⑨-0 回想 守っているのはどちら

 帰りの車窓から見える景色を何気なく見ながら、鞄に入れた詩月くんからの手紙のことを思う。


 帰り際にチラチラチラチラ気にされて、「ちゃんと渡すから大丈夫だよ」と安心するよう伝えたら、頷いて晃星くんと車に乗り込んでいた姿を思い出す。


 ……どんな答えを出していたとしても、渡さないわけにはいかないよなぁ。

 どうして妹が答えを出す前に探りを入れようと思ったのか、あんな顔を見てしまえば仕方がないだろう。あんな――取り返しのつかない、絶望に染まったような顔。


 確実に分かることは、文通相手が“白鴎”と妹が思ったこと。


 僕の知らない内に何かあったのか、けれど妹は彼とは今まで一度も会ったことはない筈。そこが分からない。本当に何を考えているのか、重要なことは何も分からない妹である。


 大体普通、小学一年生であんな顔をするだろうか? 何がどうしてどうなったら、あんな顔をするのか。……あぁ、けど、似たようなことが前にもあった。




『違うの、私じゃない。私じゃない! 私が願ったことじゃないのに!』


『やめてって言った! 何で、どうしてやめてくれないの!? 私が願ったって言うのなら、やめてって言葉も聞いてよ! 何で、なんで……っ、』


『私のままでいたいの……っ!』





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 妹が自分から行くって言い出してしつこく同伴をせがまれた、あの生誕パーティ。スカートが濡れていたのを指摘した時に、妹は笑って誤魔化していたが、夕紀くんと太刀川くんの顔を見てあ、違うなと思った。


 夕紀くんがエスコートをする。そのことに利点もあれば、不利点もある。


 エスコートを気に入らなかった子がやった嫌がらせだとすぐに把握した。そして妹が告げ口せず、誤魔化した意味も同時に理解する。

 事を荒立てたくない、他の二人も口をつぐむともなれば、やったのはこのパーティの主役くらいしかいない。言わないものを、敢えて出ていくのもどうなのか。


 そう思って仕方なく誤魔化された振りをした。けれど。


 帰りの車の中で会話をしている内に、疲れたのか軽く息を吐いた妹にほんの休息を促せば、すぐに眠りについた。けれど暫くして眉間に深く皺を刻んで、うなされ始める。


「……う、ちが……。私……じゃ、な……」

「花蓮?」

「な、で……。……ない。なん……うの」


 冷や汗をかき始めている。様子が、おかしい。


「花蓮。起きて、花蓮」


 軽く肩を揺さぶってみても、魘されるばかりで起きる気配がない。それどころか、首を振って逃れようとする仕草さえしてくる。


「花蓮、花蓮っ」

「めてっ。…………こと願ってない!!」

「花蓮っ!!」


 強く呼び掛けた瞬間にハッとして目を覚ました妹に一時はホッとしたけれど、しかしその焦点は未だに合っていなかった。

 ぼんやりとした妹に話し掛けても、寝ぼけているのか曖昧あいまいな返答しか返ってこない。


 次第にはっきりした言葉が聞き取れるようになったものの、その顔はひどく青褪めていた。


「やめてって言った! 何で、どうしてやめてくれないの!? 私が願ったって言うのなら、やめてって言葉も聞いてよ! 何で、なんで……っ、」


 丁寧な言葉遣いさえどこかに飛んでいった、心からのその叫びを聞いて、僕は咄嗟にその小さな体をかき抱いていた。


 ()()()()()()()()()()()()()()と分かっていても、何故かひどく胸に突き刺さって落ち着かない。


 どうしてこんな気持ちになる。

 どうして得も言われぬ焦燥が身を焦がす。


 自分でも訳の解らぬ衝動を落ち着かせるように、静かに細く息を吐き出し、意識して優しい声を出す。


「花蓮が願ったことじゃないんだよね?」


 返事もなく、身じろぎもしない腕の中の存在に話し掛ける。


「花蓮が違うと言うのなら、誰が信じなくても僕は信じるよ」

「信じる……?」


 ようやく返ってきたそれは、まるで初めて聞いた言葉であるかのように、疑問に満ちた声で。


「信じるよ。だって花蓮は、僕の大切な可愛い妹で家族だからね。それに兄は妹を守るものだし」


 嘘偽りのない本心だった。

 そう、守る。僕はこの子の味方で、頼られる存在。


 その時そっと顔を上げて、僕の顔を見た妹はまだ青褪めていたけれど、目の焦点は戻っていた。キラキラと、光っていた。


「お兄様……?」

「うん。僕だよ」


 僕以外に誰が花蓮を抱きしめると言うのか。

 ちゃんと僕を認識した妹はひどく安堵したようで、ギュッとしがみついてくる。


「お兄様……っ。ずっと、このままでいたい……! 子供のままでいたい……!」

「うん」

「私のままでいたいの……っ!」


 吐き出される言葉を、相槌を打って聞く。


「ごめんなさい……!!」


 一体何に対する謝罪なのか。泣きながら告げられたそれにも僕はただ、うん、としか返せなかった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 あの時は笑って誤魔化していたけれど、夢で魘されるほどに嫌な思いをしていたのか。そうでなければ説明がつかない。


 人見知りではないけれど、負担だったのか。母の教えに抑圧されていたから、弾けて態度が激変するようになったのか。嫌だったから催会にも行きたくないのか。


 色々と考えて、けれど答えが見つからず結論が出せない日々が坦々(たんたん)と過ぎていく中で、衝撃的な事件が起こった。

 聖天学院では親交行事と呼び、妹の学校では遠足と呼ぶ。妹は楽しそうにその日を心待ちにしていた筈だが、聖天学院も同じ行き先と知った瞬間、微妙な表情になっていた。


 もし生誕パーティの件で影を落としているのなら、パートナーの仕組みも考えたらどうせ僕も同じ場所で過ごすことになる。一緒にはいれなくても、見守っていればいい。


 そう思っていた。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 アスレチックの方で何か騒ぎが起きているらしいと耳にし、断りを入れて様子を見に行った。近づいて人が認識できるほどになれば、妹の学校の制服も混じっていることに微かに落胆する。


 聖天学院はそれなりの家の令息令嬢が通う、教養ある学校だろう。それなのに、他の学校の生徒と問題を起こしたのか。

 一年生だけならまだ大目に見れるかもしれないが、六年生まで一緒になって何をやっているのやら。問題を起こさないように指導し、教育するのが六年生の役目だろうに。


 まして清泉は妹の通い先ということで、熱心に様々な面で考慮した結果、両親が太鼓判を押した学校だ。そこの生徒から聖天学院の生徒に対して、問題を起こすとは思えないが……。


 僕に気づいた生徒が、嬉々とした表情で道を譲ってくる。何を期待しているのか知らないが、問題を起こしたこと自体が問題なことに気づいていないのか。ファヴォリの僕が出てくるという、その意味を。


 進むにつれ、落胆度合いが大きくなっていったその先。問題となっている生徒の相貌が、明らかになった瞬間――。



 頭が真っ白になるとは、こういうことかと思った。


 どうしてこうなったとか、何でここにいるとか、今まで考えていたこととかが一切合切吹き飛んでいた。


 ――目の前で妹が泣いている

 

 片頬が真っ赤になっている。膝から血が滲んでいる。額が切れているのか、押さえている袖口が真っ赤に染まっていく。

 目に映るそんな状況だけが、僕の中の真実だった。それが現実に起きていることだと認識した瞬間、例えようもないほどの負の感情が全てを占める。



 誰だ。


 誰がこんなことをした。

 

 誰が――――僕の大事な妹を傷つけた!!



 周囲の声や音など何も耳に入らず、様子さえ視界に入らない。誰が妹をこんな目に遭わせた、ただそれだけしか考えられず。

 けれど妹が額を押さえている男子の方へと顔を向けて頷くその様子を見て、唐突に視界がクリアになった。ふと視線を下げれば、何やら見覚えのあるようなないような女生徒が、涙目で僕を見上げている。……誰だ?


 そうして色々な当事者から話を聞く内に頭痛がしてきて、聖天学院側の通う生徒としての、意識のあまりの低さに言葉もない。

 伝わるかどうかは本人次第だが、最低限の忠言をした後、妹の担任の先生とともに病院へと向かった。




 しくも妹の誕生日であり、張り切ってサプライズパーティの準備をしているだろう家の者とは、誰も連絡がつかない。

 結果として母は気絶、妹の友達二人も泣くという事態に心配されている妹本人といえば、大丈夫とか大したことないからなどと言って全く人の心配を受け入れない。


 不思議と感情が凪いでいた。

 全治二週間の大怪我を負わされても、妹は怒ることをしない。スカートを濡らされた時も笑って誤魔化した。


 消化しきれず魘されるほどの悪夢を見て、泣いて子どものままがいいと縋ったくせに。プンプン頬を膨らませて怒ってます、という意思表示はするが、本気で怒りはしない。



 ――妹は自分自身のことでは、真剣に怒らない。



 それは妹が自分自身を大切にしない、守らないということ。それならば傍にいて守ればいい。傷つかぬよう、厳重に。目を離さなければ。

 けれど、現実的にそんなことは不可能で。だから妹の意識を変えるしかない。そう思って、頼ってくれず話してもくれないことをなじった。――けれど。



「同じ思いを、してほしくないから」



 目を見開く。


「怒ってその子に近づかないで。話、通じないし、お兄様が話していることにも納得なんてしていなかった。そんな子に近づいて話して、もし、私と同じようなことになったらって、思ったら。麗花さんや、瑠璃子さんが……っ」


 本当に自分のことなんて二の次で、他人のことしか考えていない。心配をねのけていたのは、ただ単に心配してほしくなかったからではなかった。守ろうと、していた。


 ……何が見守っていればいいだ。逆に守られているじゃないか。

 麗花ちゃんと瑠璃子ちゃんが妹と一緒に泣くのを、平静を装って見守ることが精一杯だった。



 ――自分の不甲斐なさに、下手をしたら僕も、泣いてしまいそうだったから。


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