Episode108.5 side 百合宮 奏多⑧-0 晃星の愚痴、文通への思い
まぁ、知っている可能性は高いとは思っていたが。
「どうして?」
「だって奏多さんが詩月に用事って、それくらいしか思いつかなくて。詩月にしても、アイツがあんな血相変える出来事なんて、文通のことか天使ちゃんのことくらいしかないですし」
「そうなんだ」
どうしよう。彼にとっての文通の重要度が激高過ぎて、本当にやらかした。
……天使ちゃんって前に佳月が言っていた、瑠璃子ちゃん家のハロウィンパーティで出会った子だよな。そう言えばその後、天使ちゃんとはどうなんだろう?
「あれ? もしかして奏多さん、天使ちゃんのこと知ってます?」
「少しね。佳月からハロウィンパーティで会ったってことくらいしか聞いてないけどね」
僕が驚くことなく普通に返したからか、目を丸くして聞かれたそれに苦笑して答える。女子と違って、人の恋愛どうのというのは関心がないし。
「知ってるんだったら俺、ちょっと聞いてもらいたいです。ハロウィンパーティの時だって自己紹介してから帰れば良かったのに、何か可愛すぎてドキドキして忘れてたんですって。俺そういうの分からないから、何だそれって言ったら、めっちゃその時の天使ちゃんがどうだったこうだったとか説明してきて、本っ当に大変でした! あんまり言うから探そうと思って色々他の子にも聞いてみたけど、そんな子知らないって。『ハロウィンパーティだし、お前が見たのお化けじゃない?』って言ったらアイツ、ものすごい目で睨んできてめっちゃビビりました。ひどくないですか!?」
何か急に怒涛の愚痴が始まった。
僕って、そんなに愚痴りやすいのかな……。
「あれからもその子が誰か、分かってないの?」
「そうなんです! でも偶然何回か会ったらしくて。でも自己紹介する雰囲気じゃなかったとかタイミングがとか言って、『何でさっさとしないの、偶然でしか会えないんだからタイミングとか意味不明すぎてお前バカ! めっちゃバカ!』って言ったらアイツ、持ってた本投げつけてきたんですよ!? それも国語辞書! しかも角が当たるように投げてくるから、避けなかったら殺されてました!!(※人に向かって本を投げてはいけません)」
「うわー……」
仲が良いんだか殺伐としているんだか。それでもソファの後ろで隠れて話をするほどだから、やっぱり仲は良いんだろう。
「夏休みの時にクラスの付き合いで行くことになった、水島家のパーティでも会えたみたいなのに。本当に何やってんだか」
ぼやくように何気なくこぼされたそれに、ピクリと指先が動いた。
「――水島家のパーティ?」
「えっ。はい。でも天使ちゃんの体調が悪くて、あまり一緒にはいられなかったみたいで。何の根拠もないのに、また絶対会えるから大丈夫とか言うんですよ。本当意味分かんなくて。天使ちゃん絡むとアイツ、頭変な感じになるんですよね。あと何か知らないけど、いつも俺に報告か相談かしてきて。俺アイツの恋愛相談係じゃないんですけど」
「でもちゃんと話を聞いてあげているんだろう? じゃないと、いつも晃星くんのところには来ないだろうしね」
「い、いや別にそういうわけじゃ。アイツ、俺しか友達いないようなもんだし!」
笑って言うと、少し口を尖らせて嘯く晃星くんに素直じゃないなと思う。
それにしても、まさかここでそれを聞くことになるとは思わなかった。普通に聞く態勢だったから、声に滲んだ感情そのままを聞かせて一瞬戸惑わせてしまって、申し訳ないことをした。
そう、親交行事のことは終わったけど、あれの返しは――……。
「すみません奏多さん! お待たせしました!」
と、ここで詩月くんが帰ってきた。その手には何やら離れる時にはなかった紙を持っているが、まっすぐ僕へ向かって来ると、その紙をバッと目の前で差し出してくる。
「これは?」
「俺の番じゃありませんけど、天さんへの手紙です。俺にとって天さんとの文通がどれだけ大切なのか、できる限りの気持ちを込めて書きました。それでも、そ、それでも文通やめ……や……くっ、やめ……たいって言われたら、諦めます」
……うん、どれだけ文通続けたいかその言葉で知れるよ。
やめるって言葉を未だかつて、こんなに苦しそうに言われたことがあっただろうか? 否である。
詩月くんが言ったことを聞いて、隣の晃星くんがギョッとしていた。
「えっ、お前そんなことになってんの!? 何やらかしたわけ!?」
「やらかしてない! 多分」
「多分て。え、それで未練がましく縋るために手紙書いてたの? やめたいって言われたのに? 重っ! ただでさえ天使ちゃんで激重なのに、これ以上重くなってどうすんの? 引くわー」
「やめたいって言われていない! っ、……奏多さん?」
強く言い切ってからハッとして、僕を見つめてくる。
「うん。まだやめたいとは言ってないから、大丈夫だよ」
「まだだって」
「よし分かった晃星。お前の今日のソファ隠れんぼのこと、そう呼んでいて真似しているって明日、薔之院に伝えておく」
「ごめんなさい謝るから許して本当お願い。薔之院さん絶対口きいてくれなくなるから!」
冷たい眼差しでそう言った詩月くんの足に縋りつく晃星くん。そして足に晃星くんを纏わりつかせたまま、差し出され続ける手紙を受け取って鞄に納めるのを見た詩月くんが、少しホッとしたように息を吐いた。
「天さんは、相手の気持ちをちゃんと汲んで受け取ってくれる人です。だから、それでもダメなら本当に諦めますから、安心して下さい」
「……うん」
分かった、とは言えなかった。
探りを入れてみるだけだったのに手紙を受け取ってしまって、答えを出していない内に渡したら変に頭の良い妹のことだ。経緯を察して、珍しく僕が妹に怒られるやつこれ。
「……本当に諦められんの? 詩月、手紙見てる時にすごく優しい顔してるの、俺知ってるけど」
ポツ、と小さく吐き出されたそれに僕も、詩月くんも彼の足もとに視線を向ける。
「何で知っているお前」
「俺が部屋にいるのに放っぽって、佳月兄から受け取った手紙すぐ読み始めるの、だーれー?」
「いい加減離れろ。うっとうしい」
「ひどくない!? ていうか詩月のやらかし以外にも、手紙書く暇がないほど忙しいって可能性もあるじゃんか!」
聞いた詩月くんの目がカッと見開かれた。
「そうか! 忙しいという可能性が……!」
あ、それはないから安心して。学校の宿題もものの数分でパパッと終わらせているし、スイミングスクール以外に家から出ることもないし、出ても女子会だけだし、ほぼ自宅警備員だから。
文通、僕としては詩月くんにとっては数少ない楽しみらしいし、できれば続けてあげてほしいとは思うけど……。
もしそうならなかったらと思って、やらかしてしまったからか何故だかとてつもない罪悪感に駆られて、ついこんなことを提案してしまった。
「詩月くん。僕も探そうか? 天使ちゃん」
「えっ」
「特徴さえ教えてくれたら、大体他家のことは把握しているから分かるかなとは思うけど」
「晃星」
「待って違う! 奏多さんは知ってた!!」
あらぬ疑いをかけられそうになった晃星くんが慌てて否定するのを、少し考えて「兄さん……」と呟くので、真なる情報提供者に辿り着いたようだ。
話を聞く限りその子のこととっても好きみたいだし、お願いされるかなと思ったけど、彼はジッと僕を見てはっきりとこう言った。
「いえ。せっかくのご提案ですが、大丈夫です」
「何が大丈夫だよ。お前俺が止めなきゃストーいたっ!」
スパンッと頭を叩かれた晃星くんがそこを押さえて呻くのを尻目に、どことなく柔らかな表情で続ける。
「天使は言っていました。――運命だから、また会えると」
あ、素で天使って言うんだ。
声も優しさに満ち溢れていて、本当にその子のことが好きなんだなと分かる。事情知らずに言葉だけを聞いたら、変な宗教に洗脳されてそうとか思うけど。
そして気になるな。晃星くんが何かもの凄く言いたそうな目で、彼と僕を交互に見ている……。
と、「そうなんだ」と何となく返せば、そのタイミングでブーッブーッとバイブ音が鳴った。
振動音は詩月くんのズボンポケットからで、携帯を取り出して「失礼します」と言って確認する。
「迎えが到着したようです」
「そう。今日は何か予定あるの?」
「いえ、特にこれというものは。晃星とチェスの検討くらいです。奏多さんは?」
「僕も特にないよ。うーん、じゃあ駐車場まで一緒に行く?」
聞くと頷かれたので、荷物を取っておいでと言えば、何か言いたげだった晃星くんが詩月くんが向かうのを見てからパッと僕のところへ。
「奏多さん! 詩月ああ言ってましたけど、絶対アイツ自分の良いように受け取ってます! 絶対天使ちゃん、絶対そんなこと言ってないと俺思います! だって天使ちゃんに限り、アイツ頭変だから!!」
絶対を何回言うんだ。
言ってスッキリしたのか、言いたかったことだけを言って、彼は詩月くんの後を追って行った。
僕もやけに重たく感じる鞄を抱えてサロンの扉へと向かいながら、濃い放課後だったと、少々疲労の溜息を吐き出すのだった。




