Episode108-2 リーフさんのことを
「そのリーフさん、佳月の弟って思ってる?」
「……そうじゃ、ないんですか」
愕然と、頭が真っ白のまま勝手に口が返事をする。
麗花は緋凰じゃない人を好きに。私に弟妹ができて。だったら……白鴎の兄も、アメリカの病院に行っていない可能性があるんじゃないかって。
「……どうしてそんな顔をしているのかな。佳月の弟だったら、花蓮がさっき言っていた素敵な子も仲良くなれたっていうのも、なくなるの? 会ったこともないのに?」
どんな顔をしていると言うのか。
余程ひどい顔をしているんじゃないかとは思う。
そうじゃないと、否定的な話はしてこない。
素敵な子? 仲良くなれた?
相手が白鴎って知った瞬間、それがなくなる?
――なくなるわけがない。ただ、私だけが変わらないのか。そう、思うだけ。
「なくなりません。でも、文通は……」
生誕パーティに行かなかったから、こういう関わりになったのか。行っていれば、こんな関わりをすることもなかったのか。
変わらず、白鴎を好きになってしまうのか。
「ふーん。花蓮は、僕の友達は佳月しかいないって思ってるんだ」
「……え?」
腕と足を組んで眇めた目でそんなことを言われ、遅まきながらも反応を返す。
「佳月以外にも遠山くんだっているし、ファヴォリでも交流している同級生はそれなりにいるんだけど。それに誰も佳月の弟が文通相手だって言ってないよね。憶測で決めつけるのは良くないよ」
「え。でも、だって」
「でももヘチマもないよ。どうして僕が花蓮に相手の名前を伝えず、相手にも僕の妹ってバレないようにしてって言ったのか、分かる?」
最初の頃は気になっていたけれど、それも文通を続けるのが楽しくて、次第に気にならなくなっていたこと。
改めて問われ、考えても正解が分からず首を横に振る。
「この人はこうなんだっていう決めつけとか、どういう家の子か分かった上で始めると、相手に合わせるように書くだろう? そう言うのは抜きにして、家格関係なくやり取りして欲しかったんだよ。だから手紙のやり取りだけでやってみて、花蓮も抗議文を書いたし、相談事だって今までの手紙の人柄を考えて、真剣に悩んで書いていたよね?」
「はい……」
「どの家の子か分かったら今までのこと、全部そうじゃなかったって、そう思う?」
<あなたがくださった便せんのてんとう虫にちなんで、『天』はどうですか? 気に入ってもらえると嬉しいです>
<今度はちゃんと、天さんとお話をしたいです>
<実際に見る方が素敵だと思いますが、天さんにも同じ気持ちになってほしくて写真を一枚同封しています。喜んでくれると嬉しいです>
<確か、天さんも同じ日に学校の行事があったのですよね。僕はバードウォッチングなどをして過ごしましたが、天さんはどんな風に過ごしましたか? 楽しいものであったのなら幸いです>
ポタッと、手の甲に冷たい雫が落ちた。
「思いません……っ」
うそじゃない。ちゃんと気持ちが込められていて、思いが伝わってくる言葉ばかりだった。
だからもし、リーフさんが白鴎だったのなら。
そう思って絶望した。
誰か分からない状態でそう感じた気持ちは、紛れもなく“私”の本心だったから。
「花蓮」
まっすぐ目を合わせて、静かな眼が私に何を伝えたいのか、推し量れない。
「聞かない」
「……」
「答えてくれなさそうな気がするから、聞かない。だからほら、おいで」
「っ!」
デスクチェアから降りて、床に直に座ったお兄様が腕を広げてくれたのに堪らず、ベッドから飛び降りて勢いよくその胸へと抱きつく。
「ぐふっ」と呻いて飛びついた勢いそのままに押し倒す形になった胸に、グリグリと額を擦りつけた。
「何を抱え込んでいるのか知らないけど、一人で抱えて爆発してたら世話ないから。前に言っただろ。僕の大切な可愛い妹で、家族だからって。そんなに頼りない兄かな、僕は」
「そんなことありません! お兄様はいつだってオールパーフェクツです!」
「……あっそう。文通、やめる?」
バッと顔を上げて見下ろせば、優しく微笑む顔がそこにある。
「でも、」
「嫌ならやめたらいい。相手には僕からうまく言うから、そこら辺の心配はしなくていいよ。オールパーフェクツな兄なんだろう? 僕は」
「あ、う、うぅ」
理由を何も聞かれずやめてもいいと言われ、何と返せばいいのか分からなくて、変な呻き声しか出せなかった。
お兄様ははっきりと、相手が白鴎だとは言っていない。まだ違う子の可能性だってある。白鴎と関わり合うことは避けたい。
でも彼の兄の佳月さまはお兄様のお友達で、そこから必然的に関わることがあるかもしれない。文通でもしリーフさんが白鴎なら、私のこと――“天さん”のことをどう思っているの?
相手が“私”だと知った瞬間、気持ちの篭った言葉が冷たくなってしまったら。
「私、私……少し、考えさせて下さい」
「分かった。いつでもいいよ」
そのまま背を撫でてくれる。
ホッとして頬をお兄様の胸へとペタリと押し付けて見知らぬ、けれど知っているリーフさんのことを思う。
貴方はだれ? 私のことをどう思っているの?
私は、どうすればいい。どうしたいの。
けれど。
お兄様に聞きに行かなければよかった――そう思ったことが答えを示している気がしたけれど、何も考えたくなくて静かに瞳を閉じた。




