Episode106-1 演劇発表会観劇
皆で練習し、頑張って作った背景を携えて行った演劇発表会はハプニングも起きず、大成功に終わった。
私は役柄ナンバー③の出番の遅い野獣なので、こっそり舞台袖から保護者を覗くと、たっくんはご両親、裏エースくんはお母さんだけなのを確認した。裏エースくん、またお父さんに来るなって言ったのか……。それとも単純にお仕事がお忙しいのか。
そして我が家からは両親だけが今回は来ていた。平日の当日はお兄様も授業なので、来られなかったのだ。
来られないお兄様の代わりと言っては何だが、相変わらずスケジュール管理をキチッとこなして、熱心にビデオカメラを回しているお父様の学校行事に対する執念が今回ばかりは役に立った。
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そうして休日である本日、我が家にてお兄様とお手伝いさんを含め、一家揃って巨大スクリーンで観劇する。ちなみにこの巨大スクリーン、私の運動会の時のテーブルチェアセットと同時購入をしていたらしい。
そして気づかなかったが、一階のとある部屋を観賞部屋に改装していたという。
恐ろしい。張り切りが度を超すと、部屋を改装するまでに至るらしい。気をつけねば。
「ドキドキするね。皆の劇がどんな感じなのか、すごく楽しみにしてたの!」
「私もですわ! 演じたものをこうしてまた見るのというのも、何だか緊張しますけど」
暗がりで映画館みたいだからか、小声で囁き合う隣とその隣からそんな可愛らしい会話が聞こえてきた。
今日は麗花と瑠璃ちゃんも呼んでの、お互いの劇の観賞会。瑠璃ちゃんはウチみたいにお父さんが、麗花は田所さんがビデオカメラを回していたとのことで、データを持ち寄って観ようということになったのだ。
最初に瑠璃ちゃんの人形劇を観たけど、前に言っていた通り魔女でも色んな声で演じ分けていて、すごく良かった。
存在そのものが癒しの瑠璃ちゃんの出すお声もまた癒されボイス。あのボイスからしわがれたおばあさんの声がスピーカーから流れてきた時は、思わず瑠璃ちゃんを二度見した。麗花も二度見していた。
「でも本当瑠璃ちゃん、あの声どうやって出したの? びっくりしちゃった」
「えっとね。こうして喉を押さえて低い声を意識するの。ヒェッヒェッヒェッ」
「「おぉ~」」
生おばあさんボイスに、私と麗花から感嘆ボイスが。
そうして瑠璃ちゃんの人形劇が終わったら、次は麗花のアラジン。トリを飾るのは私の美女と野獣だ。
「麗花は最初から一人でジャファーなの? 私みたいに野獣③とかじゃなくて?」
「私もそうですわよ。覚えようと思ったら覚えられますけど、やっぱり大変ですし、全員参加なので役が足りませんもの。ですから自主制で私が③に手を上げましたけれど、空き枠で①と②は続いて埋まりましたわ。出番としては同じく最後ですの」
「ええーっ! それってアラジンにやられちゃうじゃん! ①とか②でギッタンギッタンじゃないの!?」
「貴女はどうしてそう、ギッタンギッタンにしたがりますの。アラジンが可哀想じゃありませんの」
全然可哀想じゃないやい。
私が日頃どれだけスイミングスクールでヘイトを溜めていることか!
ていうか覚えようと思ったら覚えられるんだ。緋凰と春日井も大体覚えていたし何なの。これで月編のヤツらもとか言ったら、私以外がチート確定じゃん。あ、待てよ。
「前にアラジンは緋凰さまって言っていたじゃない? そのアラジンは何番目なの?」
そうだ。麗花ジャファーが③なら、緋凰アラジンが①か②の可能性もある。そうだよね。緋凰以外のアラジンをギッタンギッタンにしたら可哀想だよね。
「アラジンは緋凰さまだけですわよ」
「何なのその特別措置は! おかしいでしょ!?」
どうなっているんだ私立聖天学院初等部1ーA!
PTAで問題視されるぞ!
「おかしくはないよ」
「えっ、お兄様!」
否定された驚きにお兄様を見たら、聞こえていたようで説明してくれる。
「聖天学院はそれなりに特別な学校で、通う生徒もそれなりだからね。不公平と言われるかもしれないけど、最初から最後まで役をこなすのは麗花ちゃんも言っていたけど、大変なことだよ。緋凰くんは初等部で上から数えた方が早い家格の御曹司だし、その能力も期待されている。まして彼の母君は高名なミュージカル女優。むしろ一役をどれだけこなせるのかを求められる人間だよ、彼は」
えぇー、将来役者を目指しているわけでもないのに? ……うーん、確かに演技指導の時も緋凰と春日井、ほぼ完璧に台詞覚えてたしなぁ。
特別は特別って言っても、チヤホヤされてのことってわけでもないのか。どれだけこなせるのかを求められる人間、ねぇ。
「大変ですね」
「聞いた感想がその他人事のような一言だけですの? 奏多さまも、私と貴女もどちらかというとその立場の人間ですわよ?」
「えっ。私も?」
「どうして自分が外れると思ったのか、三十字以内で理由を問いたいですわ」
瑠璃ちゃんを見ても頷かれた。
だって私、長女だけど跡取りじゃないし。
えっ、私もなの?
歴史ある百合宮の家名に泥を塗らなければいいくらいに認識していたのに、相違があったことに驚愕している内に、麗花のクラスのアラジンがスクリーン画面で流れ始めた。切り替えて画面を集中して見つめる。
……何か舞台しっかりしてる。ウチみたいに手作りじゃないんですけど。あっ、緋凰出てきた。うわ悔しいけど衣装めっちゃ似合ってる。あまりに似合いすぎて、保護者がどよめく声が聞こえるぞ。
ストーリーが展開されていくのを心の中で野次や茶々(主に緋凰アラジンに対して)を交えながら観劇していたのだが、中盤あたりで既に居たたまれない気持ちになった。気になってチラ、と隣とその隣に視線を向ける。
隣の麗花はジッと真面目な顔で見ているものの、その隣の瑠璃ちゃんは微妙そうな表情になっている。うん、間違いなく瑠璃ちゃんは私と同じ気持ちだと思われる。視線を再びスクリーン画面へと向ける。
『さぁー、どうだい?』
『ああ! 本当にすごいや!』
『それじゃあ二つ目の願いは、何にする?』
『う~ん……そうだな、君なら――……何を願う?』
そう言って悩める緋凰の顔(ドアップ)がアブー役の子へと視線をも流れるように向けられて、アブー役の子(男子)の顔が真っ赤になる事態が発生していた。
アブー……。良かったね、台詞がどうあっても『ウッキッキ! ウキー!』で。練習してるんだよね? まさか、毎回真っ赤になっていたのか……?
というか田所さんのカメラワークの腕プロ級か。一カメだけなのに、場面場面でズームしたり引いたりして臨場味が加算されている。
ガストンの時は竹刀片手に追いかけ回してきたくせに、何だあの陽気な好少年は。市場の時なんて、悪戯っ子でお茶目な顔を見せていた。有り得ない。普段のヤツからは考えられない姿だ。
「またビート板失くしやがって宇宙人!」
とメンチ切って言うヤツが、
『さすが最高の相棒だよ、アブー!』
って、とっても素敵な笑顔で真っ赤な顔のアブーの肩を組んだんです。幻覚かと思ったわ。あと緋凰、上手過ぎて引く。周囲の役の子達との演技レベルが合ってない。
合わせろよ。お前クラスの演技レベルは自分のレベル下げることもできるでしょ。何やってんだ。協調性皆無か。
肝心なヒロイン役のジャスミンは、冷たくしなきゃいけない場面でもトロンとした目をして、劇に限り素敵な緋凰アラジンに首ったけ状態。冷たい筈の台詞は熱い台詞へと変貌を遂げた。




