Episode105-2 裏エースくんと例の特訓
並んで廊下を歩いていると、不意に裏エースくんが。
「あのさ」
「はい」
話し掛けられたので横を向いたが、彼は前を向いていて視線は合わない。
「さっき、俺の足を踏むダンスは楽しくないって言ってたじゃん」
「はい」
「俺は踏まれても、楽しくないわけじゃなかったけど」
「はい。……はい?」
「花蓮と踊るの、イヤじゃないから。まぁ一生懸命足踏まないようにって、頭の中いっぱいの花蓮は違ったんだろうけど」
「え」
若干早歩きになり始めた歩調と、言われたことに驚く。
たくさん足踏んづけたのに。
それなのに私と踊るの、イヤじゃない……?
驚いている間に若干距離が開いていて、慌てて追いついて私も早歩きで足を動かす。
「あのっ。それってやっぱり、足を踏まれることが快感になって」
言った瞬間ピタリと足が止まり、半眼で見られた。
「なってない。お前本当変な方向で考えるのやめろ」
「だって。私と踊るのイヤじゃないなんて、それくらいしか思いつきません」
「それくらいって、あのな。……友達だから」
「友達だから?」
ポツリと言われたことに首を傾げるとガシガシ頭を掻いて、明後日の方向へと顔をそっぽ向く。
「好きだから一緒にいるんだろ。イヤだったらそもそも特訓なんてしないし、放課後残ってまで付き合わない。一生懸命な花蓮見てると助けてやりたいって思うし、うまくいったら俺も嬉しい。好きなヤツと一緒にやってることなのに、楽しくないわけないだろ。花蓮は違うみたいだけど」
「え。えっ、だって。え?」
すぐに思考がまとまらない。
ちょっと待って。私だって別に、裏エースくんと踊ること自体がイヤなわけじゃないぞ。足を踏みまくって、負担を掛けさせていることが申し訳ないだけで。と、いうか。
「私が楽しくないって言ったの、気にしてるんですか?」
「は!?」
「や、そんな力強く言わなくても。だって二回も私が何々だけどって言ったじゃないですか。もしかして、拗ねてます?」
「拗ねてなんかねー! 特訓するって言った時も俺とって聞いて、ショックそうな顔してたなとか気にしてもない!」
「気にしてるじゃないですか」
特訓するって言い始めた時って、あれ練習最初の方じゃん。
そんなに前のことも気にしてたの? ということは私、また言う言葉間違えた? 難しいなー。でも、裏エースくんは楽しいって思ってくれてたんだ。……えへへ。
「太刀川くんと踊るのも、特訓するのもイヤじゃないです。いつまで経っても足を踏むのが申し訳なくて、楽しくないって言ってしまいました。嬉しいです。太刀川くんがそう思ってくれてたなんて」
「べ、つ、に。……分かった。足を踏むって思いながらするから踏むんだな。もう踏んでもいいくらいの気持ちで踊ってみたらどうだ? 案外踏まないかもしれないぞ」
嬉しくてニコニコして言ったら、そうぶっきらぼうに返してきて何を思ったのか、唐突にアドバイスまでくれた。
「あ、そう言えば運動会の時、絶対に踏むもんかって躍起になって踊ったら踏みませんでした。え。ということは、気持ち次第でどうにかなりますか!?」
「穏やかに微笑んでいた裏であれ躍起になってたのか。怖いなお前」
「分かりました太刀川くん! 明日それでやってみて、もし踏まなかったらダンス特訓は卒業です。明日がすごく楽しみです!」
すごく楽しみ、と言ったら少し目を見開いて、裏エースくんもニカッと笑う。
「ああ。俺も楽しみ!」
「えへへ……あっ。スクールバスの時間!」
「あっ! おい急ぐぞ!」
立ち止まって話していたから、距離的にはあんまり進んでいない。
思い出して慌てたところで手を繋がれて一緒に走れば運よく低学年の階層には先生はおらず、注意を受けることもなかった。急がないといけないのに何だか楽しくて、思わず笑いながら走ってしまう。
「笑いながら走るな転ぶから!」
「だって楽しいんですもん! 私っ、太刀川くんと一緒に何かするの好きみたいです!」
「っ、みたいって何だよ!」
「わかりませーん!」
走りながら、笑いながら、繋いだ手の温もりは――温かかった。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
翌日。
「どうですか太刀川くん! 私はやればできる子なんです!!」
「マジで踏まなかった。お前本当に何なんだ」
四時限目の特別授業、言われた通りに気持ち楽に、けれど踏むもんか!と思いながら踊ったら、昨日までの記録がうそのように全く一度も踏まなかった。鼻高々にえっへんと胸を張る。
「おめでとう私! ダンス特訓は卒業です! これで拓也くんと本番で踊るのも私です!!」
「え? 何の話?」
私と裏エースくんの特訓を今日は椅子に座って見ていたたっくんが、きょとんと首を傾げて聞くのに顔を輝かせて話す。
「私があまりにも足踏み記録を連日更新するので、最悪ダンスの時だけ木下さんを代役にって話してたんです。でも私の気持ち次第で足を踏むと言うことが分かったので、もうダンスは大丈夫になりました!」
「何それ。木下さんに任せようとしてたの?」
「……あら? 拓也くん?」
じっとりと見つめられて、不穏な雰囲気を出すたっくんに冷や汗をかきそう。
「花蓮ちゃんが頑張ってるから、僕も木下さんと練習してたんだけど。いくらか足を踏まれるのも仕方ないかなって思ってたんだけど。むしろ僕が踏んじゃうかもしれないし。ふーん。花蓮ちゃん、僕と踊るの諦めようとしてたんだ。ふぅーーーーん」
「た、拓也くん? え、ちょっと待って下さい。え??」
どう見ても不機嫌になっている。
裏エースくんを見ると、肩を竦めて返された。
「ほら、だから言っただろ。残念に思うぞって」
「それだと私が提案したみたいな言い方じゃないですか! 発案者は私じゃないですよ!?」
なに私に擦りつけているんだ! おかしい! 納得がいかない!!
弁明しようとたっくんと話そうとするも、プイプイと視線を合わせてくれない彼に、心が折れかける段になって仲裁に入った裏エースくん。
彼の説明を聞いて不機嫌そうではあるが、仕方なさそうな感じで頷いたたっくんは、「花蓮ちゃんの代わりはいないんだから、もうそういうこと言わないでね」と許してくれた。
私単体だと許されないのに、裏エースくんが入ると許されるのは何故。
そこはかとない理不尽な目に遭いながらも、唯一の問題はこうして本番前に解決された。




