Episode100-0 劇の背景作成
三時限目終了後の十分休憩。その休憩時間で私は、とある紙面と睨めっこしていた。
そんな私に気づいて、席から振り向いたたっくんが話し掛けてくる。
「花蓮ちゃん、それ何見てるの? ファンレター?」
「鬼からのデーモンレターです」
「デーモンレター!?」
そう、これはか弱い野獣を竹刀持って追いかけ回してきた、あの鬼からの例の演技指導説明書である。何項目にも連なるその内容に、受け取って目を通して唖然としたものだ。
要点だけって言っていたのに! あの極悪鬼が!!
「ひとつ、台詞はちゃんと覚えろ。ひとつ、台詞忘れても途中で止まるな。ひとつ、止まるくらいならアドリブしてどうにか持ち直せ。ひとつ、台詞は大きな声出せばいいってもんじゃない。……おー、すごい書かれてんな」
後ろから音読されて、バッと紙面を机に伏せる。
そこには当然のように裏エースくんが。
「なに覗いて読んでるんですか! マナー違反ですよ!」
「悪い悪い。ファンレター教室で読んでるの珍しいなって思って、つい」
「ファンレターでもそうじゃなくても、人の手紙を勝手に読んじゃダメです。何をしているんですか全く」
いそいそとデーモンレターを畳んで仕舞い、次の四時限目について話す。
「今回は演技練習じゃなくて、背景作りですよね。のりとハサミと……あと絵具!」
「のりとハサミはいらないかもね」
意気揚々と机の上に並べて出していたら、たっくんからそんなことを言われて、えっとなる。
「いらないんですか? 工作の必需品ですよね?」
「花蓮また話聞いてなかったな。先生言ってただろ。形だけ先生が切ってくるから、色塗りは君たちに任せるからなって」
「ええっ!?」
いつそんなこと言ったの!? というかまたって言わないで!
「あー。多分その時花蓮ちゃん、『外、お外が眩しいです。秋なのにこの日差しの強さは何ですか。カーテン閉めませんと』って言って、先生に手を上げてカーテン閉めてもいいですかって聞いてたから。僕と多分後ろの横峰くんはその呟き、聞こえてたよ」
「お前またやってたのか」
またって言うな! だって本当に眩しくて、五十嵐担任の顔ペッカー!だったんだから!! そうか。のりとハサミ、いらないのか……。
「てっきりいちから全部作るものだと。組み立てたり、途中で壊れるハプニングがあって、それを乗り越えてクラスの友情が深まることを期待していたのですが」
「青春ドラマか。組み立てとか俺ら小学一年生にできるのか」
「やってみなくちゃ分からないけど。でも途中で壊れたら作り直すのに劇の練習時間減っちゃうから、ハプニングはなくていいと思う」
「だってさ」
「拓也くんが言うなら仕方ないです……」
「拓也じゃなくて元々先生が言ったことだからな。分かってるよな?」
そんなことを言っていたら四時限目の始業チャイムが鳴り、五十嵐担任も教室に戻って来て作業が開始した。まず机と椅子を教室の後ろへと運んで空きスペースを作り、ブルーシートを敷いてお城の切り抜きを置く。
劇自体は講堂で発表するため、大きさも高さは教室の扉より少しだけ低い程度くらいはある。町の立ち並ぶ家とか酒場とかの場面もあるので、教室と廊下で分かれて作業するという作業分担。
それぞれ思い思いに取り掛かったものの、やはり仲の良い子同士で固まってしまうようだ。私は初め、教室に人が居過ぎるのもなと思って一人廊下に出て、普段あまり話したことのない子達と町の立ち並ぶ家を担当していたのだけど。
「ねー。この家の屋根、黄色に塗ってもいいー?」
「赤で統一した方が良くないか? リアリティ出そうぜ」
「柚子島くん。ここ、はみ出てるよ」
「あっ、本当だ! ありがとう木下さん」
「壁のとこ? 白使うか?」
「白なら俺が大量に出しているから使えよ! あれ? どうしたんですか百合宮さん」
西川くんに声を掛けられたのに首を横に振って、問題ないと返す。表情筋を引き締めてしまうのも仕方ないと思う。
……何か。うん。いいんだけど。いいんだけどさぁ。他の子とも仲良くなれたらいいなって思ってもいるけど、こう、ね? いつものメンバーが自然と私にワラワラ寄って来るって、私のこと大好き過ぎて……!
「私も皆のこと大好きです……!!」
「急に何言いだしてんだ。そこ早く塗れよ」
裏エースくん冷たい! たまに麗花みたい!
しかし手を止めて悶えていたのも事実なので、大人しく屋根を塗る。けれどこうして一色で塗っていて思うのだが、のっぺりしているような気が。リアリティ出すのなら、陰影もつけたいなぁ。
「思ったんですけど、せめて縁取りしませんか? これだと離れて見た時、下手したらロウソクが燃えているようにしか見えません」
聞いたたっくんがちょっと離れて確認してみる。
「あー……確かに。言われたらロウソクにしか見えなくなった」
「じゃあ縁取りして、まだ窓ないからそれ描こうよ」
「窓は描くより別に段ボールで作って貼った方が、それらしくないかぁ? デコボコあった方がそれらしいかも」
下坂くんの発言にパッと顔を輝かせる。
「ほら見なさい太刀川くん! やっぱりのりとハサミは必需品です!」
「俺にドヤ顔されてもな。んーじゃあ先生に余った段ボールないか聞いてくる」
そう言って立ち上がって教室へと入っていく裏エースくんを見送って作業を続けていると、戻ってきた彼から「職員室に置いてあるってさ」と結果を知らされる。曰く、中にいる先生に言ったら取ってもらえるそうで、その場合生徒が取りに行くことになっているらしい。
簡単に言えばおつかいだよね。まぁこれも自立教育の一環だろう。職員室も一階上で、そう割かし離れていないし。
というわけで窓を作る分だけでいいし、全員で取りに行くのも多過ぎなので、ジャンケンで決めた結果、私と裏エースくんが取りに行くことになった。
負けた結果なのだけど本来もう一人は木下さんで、さすがに女子二人じゃなぁということで裏エースくんが代わったのだ。なぜ私じゃなく即木下さんと代わったのか疑問だが、まぁいいだろう。
他のクラスも同じく廊下で作業をしている子達がいるため、踏まないように気をつけなきゃ!と抜き足差し足しようとしていたのだが、私達が通ろうとしているのが分かった瞬間。
「百合宮さんが来た! どけて!」
と言って作業中断。素早い動きで通り道が作成された。
「花蓮がいると楽だなー」
疑問が一発で解消されてしまった。それを見越しての人選だとすれば出来過ぎ大魔王、何と恐ろしい……!
戦々恐々として歩く隣を見ているとそれに気づいた彼から、「前見て歩けよ。転ぶぞ」と注意された。いつかお兄様にも同じこと注意された!
「……太刀川くんは台詞、もう全部覚えました?」
「いや。さすがにまだ覚えきれてない。やっぱ相手いるのといないのとじゃ違うよな。そう言う花蓮は?」
「私もまだまだです。そうですよね! すぐには覚えられませんよね!」
ふと聞いて返ってきたその答えに安堵する。
あ~良かった。
そこまで出来過ぎ大魔王だったらどうしようかと思った。
「あ。そう言えば花蓮、お前特訓するぞ」
「え? ボールキャッチ特訓再開ですか?」
思い出したように言ってきた裏エースくんに首を傾げてそう聞くと、ジトっと半眼で見られた。
何でそんな目で見てくる。だって私だけまだ取り残されたままだし。
「それもだった。けど俺が言ってんのは劇でやるダンス。花蓮は台詞よりそっち先だろ」
そっち!? 何で裏エースくんからダンス特訓の話が!?
「特訓って、太刀川くんとですか!? でもダンスするのは拓也くんとなので、踊る同士でやった方がいいのでは」
「その拓也から相談があった。踏まれる前にうまい避け方を教えて欲しいって。俺は言った。本番までにお前の足が使い物にならなくなったらいけないから、花蓮が完全に足踏まなくなるまで俺が面倒見てから、お前と練習させると」
「拓也くん……!! というか面倒見るってはっきり言われた!」
五十嵐担任依頼のお守から、完全に自主お守になっている!
「た、拓也くんとは細心の注意を払って取り組む所存です。今までにない集中力をもって取り組むので、絶対に足は踏みません!」
「俺の時にも細心の注意を払って取り組めよ! どんだけ花蓮が言っても俺と特訓だ。本番直前でさえ足の動きだけじゃなく、男子の動きと混ざって覚えてた前科を忘れるな!」
「ひどい! あんまりです!」
「ひどくない! 踏まれまくった俺の方がひどいわ!」
前犯の罪はそれほどまでに重かったのか。しんじ、信じられない!
仲直り後の鉄棒でお守してくれた時に、運動靴の紐ギッチギチに足首まで巻かれて結ばれた時と同じくらいの信じられなさだ。
ショックです、という感情を前面に押し出して到着した職員室にて、言われた通りに段ボールを女性の先生から受け取ったら、「百合宮さん、どうしたの?」とその先生に聞かれたので。
「太刀川くんが、ダンスは柚子島くんとじゃなくて自分と特訓って(ひどいと思いませんか!)」
「あらあら、仲良しさんね~。そうよね。百合宮さんは体育苦手だから、得意な子から教えてもらえて良かったわね」
言いたいことの半分も伝わらなかった!
ほのぼのニコニコとそう言われて、先生は専用デスクへと戻って行かれた。……ちょっと待って。
担任の先生じゃないのに、私の体育の成績を知っているってどういうこと? なぜ私の体育の成績が他の先生に周知されているのか!
職員室から出て裏エースくんを揺さぶる。
「どういうことですか。私が体育苦手ってどうして他の先生が知ってるんですか!?」
「揺さぶるな落とすだろ! 五十嵐先生が言ったんじゃないか?」
「個人情報漏えい!」
職員室の窓から運動場が見えることなど知らない私は、昼休憩のボールキャッチ特訓とか、運動会のあれこれの特訓での私の様子を見られていたという事実を、まったく想像もしていなかったのだった。




