Episode99-1 花蓮が怒った理由
グラスとピッチャーを載せていたお盆にあったおしぼりを投げつけるという天誅を喰らわせた後、私の弁償問題に関しては『多分セーフ』がツボに入った緋凰により、お咎めなしとなった。ちなみにちゃんと見てもらっての判断である。
プンスカプンプン丸して春日井と読み合わせで台本を読んで台詞を覚えていたら、ようやく笑いツボが収まったらしい緋凰がグラスのジュースを飲んで喉を潤していた。
それまでヤツは座ソファでうつ伏せになって、バンバンと手でソファを叩いていて使いものにならなかった。学院の女子が見たら、百年の恋も一瞬で冷めることだろう。
「『まだ君に伝えてなかったことがある。最後に、ベル。愛してるよ』」
「『私もよ……』」
「亀子」
「『ベル! 戻ったよ! 本当のわたs「亀子」
何だ、今いいところなのに!
人が一生懸命に読み合わせ相手の高過ぎる演技力に負けじと台詞言っているのに、この強引俺様属性、空気読んでくれませんかね!?
仕方なくグリンっと首を回して緋凰の方を向く。
「何ですか。ガストンの出番は終了してますよ」
「いや違ぇ。つか野獣の声に人間に戻った時の感激さが足りねぇ。あと怒らせた俺が悪いのは分かるけど、亀子だってそれなりの家の令嬢なんだろ? 同じようなこと今までなかったのかよ」
ツボって爆笑してる時に何考えてたんだコイツ。
というか演技の批評言われた! ……うわ~言いたくな~い。
頭の回転速いヒーロー本当無理~。
ライバル令嬢のライバルって、本当はヒロインじゃなくて攻略対象者じゃないの? ヒーローのことどうとも思っていない現ライバル令嬢からしたら、むしろ健気で頑張りやで自然体の可愛い女の子への好感度、“大”よ?
「それ、いま言わなきゃいけないことですか?」
「気になったからな」
我慢してよ。いま大好きな親友幼馴染と、リアルクマさんマスクガールが読み合わせしてるでしょ? あっ! 春日井が台本閉じた! やれやれって顔してないで、強引俺様を止めなさい!!
「ちょっとだけ僕も気になった。今まで見てきた猫宮さんって、怒ってもいいことは軽く流している感じで、沸点高い子なんだろうなって思っていたから。あんな風に怒るの初めてで驚いた」
真面目な顔して見てくる二人に、グッと膝に置いていた手を握りしめる。
カルシウム。帰ったら絶対カルシウム摂取する!
「……またかって、思ったんです」
小さく呟いたそれに春日井が、「また?」と聞き返し、緋凰は眉を寄せた。
続きを促すように静かな二人に、本当にこういう時の連携さすが親友幼馴染!と思ってしまう。今そんな連携いらない!
「つい先月。私は学校のお友達から、ストーカー容疑をかけられました」
「「……は?」」
「れっきとした冤罪です。無罪です。学校入学前にその子のことを私が知っていて、だからこの学校に来たんじゃどうだのと言われました。何のことかさっぱりで、でもその子は私のことをすごく助けてくれていて、仲の良いお友達なんです。その時何か色々とその子の中で疑い条件が重なっていたらしくて、裏切られたって思ったそうです。意味が分からなくて、授業でもちっとも関わってくれなくて。…………うっ」
「「!!」」
思い出していたら、何か涙出てきた。
急なことで驚いて腹も立ったし無罪!って思っていたから、あの時はそんなことなかったけど、振り返ってみたらショックだった。
話できなくて寂しかったし、悲しかった。本当は。
「う、疑いも晴れて、今はちゃんと仲直りしていますけどっ。でも、その子から疑われたってことが、すごくショックでした。ひっく、先月、でこんな短い日にちでまた、疑われて。わた、私はそんなに、疑いをもたれるような子ですか。ひお、緋凰さまとはお友達でもありませんし仲良くもありませんけどっ。でも、ストーカーの次は媚び売りだなんて! ひっく、私はそんな子じゃないいぃぃぃっ!!」
「あああごめん本当に! 泣かないで猫宮さん! 陽翔、ティッシュ!! ティッシュどこ!?」
「え、あっあっちだ! ……泣くな亀子ほらこれで拭け!!」
パッパッパッパ膝に落とされるティッシュたちに、何かゴミ捨て場にされている感がある。
それでも束にして内側の紐を引っ張ってパカッと口を開けた後、そこから手を突っ込んで涙を拭く。ついでにチーンッと鼻もかんだ。
……疑われるような人間だよ。
操り人形で、そんな操り人形が息を吸うように人を操って、誰かを陥れて。“百合宮 花蓮”はそんな酷い人間で、だから一家路頭の罰が下った。
違うのに。“彼女”にならないように、ちゃんと“私”が“私”のまま接して過ごした結果なのに。それなのに。こんなんじゃ、また。
『お前がしたことを俺は許さない』
――許されないことをしてしまう
「お前のこと、そんな感じで疑ったわけじゃねぇよ。つーか、俺疑ったとか一言も言ってねぇけど」
「……え?」




