Episode93.5 side 新田 萌の憂鬱⑤-0 処分の行方
そんなことがあった放課後、私はしばらく屍のまま過ごした。
薔之院さまだけでなく、一年生でも人気・家格ともに折り紙つきであるファヴォリの男子生徒四名が、今日の昼休憩で一気に揃いも揃って規律違反。そして全部の規律違反現場にいた私。
全然、全然ダメだった……。私が誰かを助けようと思うことさえ、おこがましいのかもしれない。
クラスでも仲の良い子達は皆、習い事があると言って帰宅して行った。もう教室には数人しか残っていないが、屍の私にわざわざ声を掛けてくる人なんていなかった。
迎えの車が待っていることが頭を掠めるけれど、もう少しだけここにいたい。動きたくない。
「萌ちゃん」
机に伏せていた私の耳に、よく知る彼女の声が届いた。顔を上げて教室の扉の方へ向くと、城山さまと同じく学院入学前からの知り合いで友達である水島 美織ちゃんがいた。
椅子から立ち上がって彼女の元へ向かう。
「どうしたの? 美織ちゃん」
聞くと彼女は苦笑した。
「どうしたのって、こっちの台詞だよ? 今日一緒に遊ぼうって大分前から約束していたじゃない。いつまでたっても萌ちゃん来ないから、探しに来たのよ?」
「えっ……。あ、ごめんなさい! そうだったよね!?」
言われてそうだったことを思い出した。
人を助けるどころか、友達との約束も忘れる私……!
教室に掛かっている壁掛け時計を見たら、今から出掛けても遅い時間だった。……罪の意識に押し潰されてしまいそう。
「そんな顔しないで、萌ちゃん。また今度遊ぼう?」
「うん……。本当にごめんなさい、美織ちゃん。えっと、場所はやっぱり私の家?」
「……うん。萌ちゃん家がいいな」
僅かに顔を伏せて笑う美織ちゃん。
不思議なことだけれど、私は彼女と友達ではあるが、今まで一度もお家にお招きされたことがない。あと、毎年行われている水島家の催会にも。
私にとって美織ちゃんは友達だけど、彼女にとってはそうじゃないのだろうか? でもよく一緒に遊んでいるし、楽しそうにしてくれているから、事情があるのかもとは思っている。
と、いつかお呼ばれされるかもと思って、気にしていたことをついでに思い出した。
「そう言えば美織ちゃん。あそこ、いつもパーティしていた場所って、もう美織ちゃん家のじゃなくなったの?」
「……えっ!?」
「美織ちゃんの家しか使ってなかったのに、少し前に通ったら別の会社の人が使ってるっぽかったから。私まだお招きされたことがなかったから、もうあそこで美織ちゃんと過ごせなくなっちゃったって思って、悲しかったの」
「そ、そう、なの。もう、私の家はあそこ使えないから。それに、おじいさまからも今後催会は控えるようにって、言われていて」
「そうなのね」
だったらやっぱり、美織ちゃんと一緒に催会には参加できないのか。
お家にもまだお招きされる気配とかないし、やっぱり私のような人を助けることもできない約束も忘れるような子が友達だって、ご家族に紹介したくないのかも……。
運動会選抜リレー後からの鬱々さが、思考にまで影響を及ぼし始めた。昨日もダメだったけど、今日もダメかもしれない。
「あ、そう! ねぇ、今日って一体どうしたのかな? 皆さん……緋凰さまや秋苑寺さま、春日井さまもだし白鴎さまも。知っているよね?」
「し、知ってるよ!?」
打って変わった話の変わり様にビクッとしてしまう。
タイムリー。タイムリー過ぎる。
けれど話題に上がってしまうのも仕方がないこと。だって誰の時も、たくさんの人の目があった。
それがただのファヴォリであればここまで騒がれることはなかっただろうけれど、それをしてしまったのが一年生のファヴォリでもトップの男子四名。それはビッグニュース化もする。
美織ちゃんは眉根を下げて、はぁと小さく息を吐いた。
「薔之院さまの時も驚いたけれど、まさか……あっ。ご、ごめんね」
「ううん……。いいよ……」
芋づる式に私のことが出てくるのも仕方ないよ……。
「えっと、何かね、四人とも先生に呼ばれているみたいなの。聞いた話だと処分とかじゃなくて、ただの注意みたいだよ」
「……えっ、そうなの!?」
「うん。まぁ、さすがに一年生のファヴォリトップの男子だけど、二年生になったら家格的には実質、初等部のトップになる人達だから」
六年生には百合宮先輩と白鴎先輩がいらっしゃる。
そのお二人がご卒業されてしまえば、男子では間の学年にあの四家以上に抜けて高位家格の家はない。よく考えればそんな方達への厳しい処分なんて、それこそ学院が各家から非難を向けられる。
それに規律違反をしたとして、あの四人は助けたことを笠に着て、相手に何かを要求したりするような方達ではない。そういうこともあって、高位家格から成るファヴォリはファヴォリ以外の生徒への手助けを禁じられている。
――けれど、薔之院さまだってそういう方ではない。
「なら、薔之院さまも大丈夫かな!? 注意だけで済む!?」
「あ、薔之院さまならお昼休憩の時に先生からお呼び出しされて、注意を受けただけだって。Aの子が言っていたよ」
「……よ、良かったぁ~」
一気に脱力してしまう。そう。クラスを通りかかっても薔之院さまをお見掛けしなかったのは、そういう理由だったのだ。
厳しい処分とかじゃなくて、本当に良かった。
ホッとして、涙まで滲んできてしまう。
「萌ちゃん、本当に薔之院さまを心配していたのね」
「だって、だって私のせいだもの。お咎めがなくて本当に良かったわ。そうよね、助けただけで悪いことなんてなさっていないのに、それで罰が下されるなんて、そんなの間違っているもの!」
薔之院さまのお言葉は正しかったのだ。
正義は勝つのだ!
自然と笑顔になれば、美織ちゃんもニコッと笑った。
「萌ちゃんは春日井さまも、ね」
「えっ。そ、それを言ったら美織ちゃんも白鴎さまも、でしょ!?」
「……う、うん」
照れたようにはにかむ美織ちゃんは可愛い。性格も大人しめで人見知りもする子だけど、優しくてとてもいい子なの。
「ね。先月の水島家のパーティ、白鴎さまもご参加されたのよね? お話しした? 進展とか」
ホッと安心したら、気分も一気に浮上した。
話に出した白鴎さまは美織ちゃんの好きな人だし、同じクラスだから気になってしまう。聞くと、途端に美織ちゃんは慌てだして。
「お、お話しなんて緊張してできないわ! それに私、途中で抜けてしまったもの……」
「え、何かあったの?」
「……体調を、崩してしまって」
ん? それって……。
『夏の暑さを甘く見るな。俺はそれで体調をひどく崩して、泣いていた子を知っている』
「美織ちゃん。その時もしかして泣いた?」
「え。な、何で知っているの!?」
驚いたように声を上げる彼女に、思わず口がニヨッとする。
同じクラスだし、もしかしたらがあるかもしれない!
「何でだろうね~」
「もう、萌ちゃん!」
プリプリ怒る美織ちゃんだったけど、すぐに怒りは沈下した。からかわれただけと思ったのかもしれない。それから一緒に送迎車まで帰ろうという話になって、席に戻って鞄を取ってきた時。
「お待たせ、美織ちゃん」
「じゃあ行こっか」
「……あの」
突然近くで聞こえてきた第三者の男子の声に、私達はビクリとした。
首を回して確認すると、美織ちゃんの隣に誰か見知らぬ男子生徒がそこに立っている。
え、いた!? いつからそこにいたの!!?
人見知りの美織ちゃんは思わず私の背へと隠れてしまった。
だ、誰だろう? あっ、襟元にバッジが付いてる!
ファ、ファヴォリだ! 誰!? 誰ぇ!?
「えっと、あの、わ、私達に何か……?」
ビクビクして聞くと、彼はジッと私を見つめ、チラッと後ろの美織ちゃんを見た。
「……新田さんに用がある」
「えっ」
見知らぬファヴォリの男子に名前が知られている。
ど、どうしよう、何かしてしまったのか。そうだとしたら、美織ちゃんまで私のことに巻き込むわけにはいかない!
「美織ちゃん、先に帰っていて」
「! で、でも萌ちゃん」
静かに首を振れば彼女は泣きそうな顔をしながらも、コクリと頷いてそっと離れる。手を振ってそれを見送り、男子へと向き直った。
「すみません。お待たせしました」
「……取って食べるわけじゃない」
「あ! ご、ごめんなさい!」
確かにあのやり取りじゃ、そう思われても仕方がない!
慌てて頭を下げると、「……気にしていない」との返答。
間! 間が気になる!
そっと視線を上げて男子の顔を見るけれど、やっぱり見覚えがない。でも四家の方達ほどではないけれど、彼も――きれいな顔をしていた。




