Episode93.5 side 新田 萌の憂鬱④-0 助けたいのにどうして
なに。え、あっもしかしてこれ、不死鳥親衛隊……!?
不死鳥親衛隊とは1ーA男子で編成されている、緋凰さまの男版親衛隊のこと。
女子生徒に騒がれても堂々とされ、それどころか顔を顰めさえするそのお姿に憧れを抱く一部(1ーAほぼ)の男子生徒によって、女子生徒からお守りし穏やかにお過ごしして頂かなければ!という熱苦しい想いから結成されたらしい。
それを言うと白鴎さまも緋凰さまと似たりよったりだけれど、白鴎さまにそんな集団がついていないのは偏に、あの誰の目にも毒なお顔のせい。
ちなみにその親衛隊名の由来は、単純に格好良いからだそう。緋凰さまご自身は何を言うこともなく、黙認されているというけれど……。
そんな不死鳥親衛隊がどうしてここに? ……待って。
不死鳥親衛隊がいるということは、まさか……!
イヤな予感に、慌てて親衛隊がうごめいている扉とは反対側から開けようとした瞬間。
「入るぞ」
そんな堂々とした明朗なお声で、ミラー教室へと入って行かれたのは――不死鳥親衛隊の主、緋凰 陽翔さまその人だった。
突然入室された緋凰さまに教室内の生徒は騒然とし、けれどそんなざわめきにも何ら気にされることなく、私がずっと見守っていた女子生徒の元へと真っ直ぐに進んでいかれる。
先の秋苑寺さま、白鴎さまのことがあって祈るような気持ちでそこを通り過ぎることを願っても緋凰さまはそんな私の願い虚しく、顔を赤く染めて今もまだ床に座り込んでいる女子生徒の目の前に立たれてしまわれた。
「どうして転ぶのか分かるか」
滅多なことでは女子にお声を掛けられない緋凰さまからの問いに、呆然としていた女生徒は顔を赤く染めたまま首をゆっくりと横に振る。
それを見た緋凰さまが首を一度回すと、「立て」と仰られて、何と女生徒の手を取ったのだ!
「きゃあっ! ひ、緋凰さまっ」
「高い声を上げるな。うるさい。見ていたが体の重心がズレていて、ターンに勢いをつけ過ぎだ。だから速さに体がついていかなくて転ぶ。支えててやるから、これでもう一度ゆっくりやってみろ」
「ひ、ひゃいっ」
もの凄い怒涛の展開で、周囲も親衛隊も誰も動けずに様子を見守ることしかできない。私もその一人。そして言われた通りにゆっくりとターンすれば、転ぶことなくきれいに回れた。
「で、できました緋凰さま!」
「そこで喜ぶな。次。その感覚を忘れずにもう一度。手は離すぞ」
深呼吸してから支えのない状態でもう一度ターンした彼女は、今度も転ぶことなく成功した。
「わ、私転びませんでした! 皆も! 私、転ばずにできましたわ!!」
喜び溢れる女生徒を中心に、数人で教えていたお友達も教室内にいた生徒も拍手をして喜びを分かち合い始める。そして女生徒は緋凰さまへと、顔を朱に染め上げてはにかんでお礼を口にした。
「ありがとうございます、緋凰さま!」
「……別に」
けれど緋凰さまはそう素っ気なく対応した後、それから口を開かれることなく親衛隊のところへと戻っていく。その内の親衛隊男子の一人が緋凰さまに向かって、「どうしてあのようなことを!」と焦りも顕わに発すると、僅かに顔を顰めた緋凰さまは。
「違った」
「え?」
「体型も似てるし動きも鈍くさいからあの鈍亀かと思ったけど、すぐにできたからアイツは違う」
「え、ええ?」
それ以上は緋凰さまもお答えになることなく、返ってきた答えを聞いて更に混乱する親衛隊を引きつれて、ミラー教室から立ち去って行かれた。
緋凰さまは亀をペットとして飼われているの?
亀に芸でもお教えされているのかしら?
と、そこまで思ってハッと気づく。
……あの女生徒ファヴォリじゃない! 規律違反!!
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
秋苑寺さま、白鴎さまに続いて緋凰さままで。
一体どうして。そして何でいつも私の目の前で。しかも私が助けに入ろうとした時にばかり。
私に対しての天罰だとしか思えなかった。薔之院さまをお助けできない、私への。どうしたらいいのだろう。どうしたら。
他の生徒を助けに入りたいのにことごとく無に帰されるどころか嘲笑うかのようにマイナス転換されて、自分の役立たずぶりに目の前が真っ暗になりそうだった。
図書室で気分を落ち着かせようとした先であんな出来事に立ち会ってしまって、お昼休憩ももうあまり時間がないことから、ミラー教室から引き返して自身の教室へと向かっている。
私としては結構校舎を歩き回ったつもりで、けれど今日一日薔之院さまをお見掛けすることはなかった。
普段どのようにお昼休憩をお過ごしになられているのか、渡り廊下の前にチラッと1ーAの教室を覗いてみたけれど、彼女らしきお姿は確認できなかった。
特徴的な髪型をされて、私達のような普通の生徒とは醸し出す雰囲気も異なるため、同じクラスの緋凰さまと同じく目立つ存在だから少し教室内を見ただけで、いらっしゃるかどうかはすぐに分かる。それに薔之院さま、まるで精巧に作られた西洋人形のような超美少女だし。
お見掛けして声を掛けるなんて、そこまで大それたことはできない。けれど、せめてご様子だけでも確認できたらと思ったのだ。
トボ……トボ……と暗雲を背負ってひっそりと教室へと戻る道すがら、1ーBと1ーCの教室の境の廊下で男子と女子の揉めているような声が少し耳に届いた。いま私はそちらからの他クラスを経て辿り着くルートではなく、真っ直ぐ進めば直接1ーEへと帰れるルートを通っている。
曲がり角から見渡せる位置まで出ると、何やら女生徒の長い髪が男子生徒の制服のボタンに引っ掛かって取れず、それで揉めているようだった。
「痛い! 引っ張らないで!」
「こっちだってやってんだよ!」
中々取れずに苦戦しているらしく、どちらも苛々している。
周囲の生徒も何事かとやってきて、けれど見守るようにしてただその場に立っていた。……あれ、誰かが手伝ってあげた方が早いんじゃ。
そう思って、今日何度目かのハッが私を襲う。
今度こそ、今度こそ私の出番だ……!! 何を廊下の曲がり角で突っ立っているの萌! 廊下は走っちゃいけないけれど、早く行かなきゃ誰かに取られちゃうでしょ!?
瞬間、ダッと現場へと走り出す。
廊下を走って怒られるなんて知らない知らない!
怒られて本望だわ!!
走りながらにもその間、「もうこれハサミで切った方が早いんじゃね!?」「はぁ!? そんなことしたら許さないわよ!」と男子と女子もヒートアップしている。
あとちょっと!というところで、私の視界にここにいてはいけない(?)人物の姿が映った。
春日井さまだった。
「!!!」
カッと目を見開き、今までの一時間という長くも短い時間に起こった出来事が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
ダメダメダメダメ! 春日井さまだけはそんな!!
もう間近だけれど、けれど春日井さまもまた他の生徒と同じくただそこにお立ちになって様子を見守られていた。そのことにホッとして、問題の男子と女子へと声を掛ける。
「あの! それ私が手伝「はぁ……」
漏らされた溜息に、一切の動きが止まった。
周囲も、問題の男子と女子も、私の足と口も。
待って。今の溜息、誰が。
頭ではそんなことを思っても、誰の視線もただ一人に向けられている。いつもにこやかに穏やかに微笑まれていらっしゃる春日井さまが、憂い顔で首を左右に振られていた。
う、憂い顔も素敵……!
やっと声を上げられたのに、そんな珍事を目撃してぽぅっとなっていたことが祟り、気がついた時には既に遅かった。スッと春日井さまが動かれ、男子と女子の間に立たれてボタンへと指がかけられる。
「きれいな髪を、ハサミで切ったりしてはいけないよ」
スルスルとほどけていく様子を同じく誰もが静かに見守り、あっという間にボタンに絡まっていた髪がほどけて取れた。
「ほら、こうすれば簡単に取れた」
ふわ、と微笑むそのお顔に女生徒の顔が真っ赤になり、男子も真っ赤になった。白鴎さまでなくとも間近で見れば、破壊力は大きい……。
「あり、ありがとうございます、春日井さまっ」
「す、すみません! 春日井さまのお手を!」
真っ赤だった顔を一瞬にして青くした男子がそう言ったのを、私も性懲りもなくハッとして顔が青褪めた。
どっちも、ファヴォリじゃない。き、規律……!!
そして手助けをされた春日井さまもその男子の言葉を聞いて、ハッとされていた。
「あ、しまった。つい」
最近よく見る光景だったからなぁ……と呟かれた後、顔を上げられた春日井さまはにっこりと微笑んで。
「やってしまったものは、もうしょうがないよね?」
と、とても輝かしい笑顔でこの場にいる皆に向けて仰られたのだった。
教室に戻った私が机の上で屍になったのは、言うまでもない。




