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空は花を見つける~貴方が私の運命~  作者: 小畑 こぱん
私立清泉小学校編―1年生の1年間―
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Episode93.5 side 新田 萌の憂鬱②-2 登校を恐れた理由

 注目を浴びることを避けるって、今の状況は程遠い。

 それなのに。


「見学してる大人の話がムカついた」

「……」

「む、ムカついた、んですか?」


 薔之院さまがお答えにならなかったこともあり、私もつい聞いてしまった。


「ムカついたし、転んで立てないのに誰も助けに行こうとしないし。だったら私が行っちゃえって」


 返されたその理由を聞いて、薔之院さまが静かに説明をされる。


「学院では何か問題が起こった場合、可能な限り同学年で解決する決まりがありますの。自立心と問題解決力を磨くための、学院の教育方針ですわ」


 学院の教育方針はもちろんだけれど、しかしその子に説明されていない事柄があることに気づいて、グッと唇を噛みしめる。その子は納得したようだったけれど、堪え切れない罪悪感に顔が歪んだ。


 ただし、があるのだ。――ファヴォリはファヴォリ間のみ、それ以外の生徒は生徒同士で解決するべし、と。


 学院の特別な生徒だからこそ、ファヴォリは下位の家格の生徒には、直接の手助けを禁じられている。


 どうして薔之院さまが。だって薔之院さまは、ファヴォリの女子生徒のトップなのに……! 学院入学後は凛とされて、ファヴォリであることを誇りに、いつも生徒の手本となるように行動されているのに!! それを破ってしまったら、決して軽くはない処分が下される。


 それなのに。


「麗花はすぐに引き戻ったのにね~」


 のほほんとした声に、けれど大変なことをさせてしまったのにお礼の一つも言っていないことに気づいて、慌てて薔之院さまに躊躇いながらもお礼を言ったけれど。


「……別に、お礼を言われるほどのことをした覚えはありませんわ。ファヴォリとして当然の行動をしたまでですもの」


 ファヴォリとして当然の行動。


 私にではなく、あの子に言っているものだと分かった。

 けれどあの子はそれに気づいた様子もなくて。


「あ、これ照れているだけね。麗花素直じゃないから。可愛いよね~?」

「かっちゃん貴女その軽過ぎるお口を今すぐ閉じやがりなさいませ」

「はい」


 本当に、仲が良くて、大切な子なんだと。


 心の底から初めて理解した。




 そうしてバトンを最初に言ったように本当に同時に渡され、バトンを受け取った子達も薔之院さまの堂々とした規律違反に動揺してうまく走りきれないでいた。泣きそうになりながらも三人で待機場所へと座ると、すぐに百合宮先輩がやってきてあの子を連れて行く。

 いなくなって、ついに我慢できずにポロっと涙がこぼれ落ちた。薔之院さまの大切な子の前で、泣くわけにはいかなかったから。


「ごめっ、ごめんなさいっ! わた、私、何てことを……っ!」

「……」


 嗚咽をこぼしながら、頭を下げて必死に謝罪する。

 

 私が転ばなかったら。私が転んだばっかりに。

 どうして、どうして。


「お礼を言われるほども、謝罪をされるほどのこともしておりませんわ」


 小さく、けれどはっきりとしたその声に顔を上げる。

 仕方なさそうな顔で、薔之院さまは私を見ていらっしゃった。


「私こそ貴女に謝罪しなければなりませんわ。新田さま。去年の春日井家でのお茶会の時、キツイ言い方をしてしまったこと、申し訳ありませんでしたわ」


 逆に謝罪をされたことに仰天して、涙が止まった。それに。


「わ、私のこと、覚えていらっしゃ……!?」

「当たり前でしょう。名乗って下さった方を忘れるなど、失礼極まりないことですわ」


 えっ!? でも、それじゃ何で城山さまの時は……?

 いや、それよりも。


「どうして、戻って来て下さったのですか? 規律違反なのに……」


 問うたことに薔之院さまは首を軽く傾げ、そしてフッと笑った。


「そうですわね。あの子といる時間が多かったからかしら? こういう時あの子なら、すぐに助けに向かうと思いましたの。実際すぐに飛んできましたし。それに実は私、あの規律は少し疑問でしたの。助け合うのに家格なんて関係ありまして? むしろ、その時助けられる人間が助けた方が、現実的ではなくて? そう思っておりましたの。だからスッキリしましたわ。そんなにお気になさらなくてもよろしいですわよ」


 晴れやかなお顔で言い切られて何も言えないままでいたら、第二走者が走り終えて後ろへと並ぶので、話はそこで終わってしまった。


 それ以降は閉会式とクラス毎の説明のため、薔之院さまとお話しする機会はなかった。皆は私の醜態よりも薔之院さまとあの子の話でざわついていて、私のことが気にされていなくてホッとしてもいい筈なのに、罪悪感と胸のズキズキとした痛みばかりが募っていった。


 帰宅してからも思うのはそればかり。両親は私の醜態については何も言って来なかったけれど、腫れものに触るような扱いに早々に自室に引きこもった。



 学院に行くのが怖い。

 ――学院からの、薔之院さまへの処分が怖い。


 助け合うのはファヴォリでも、そうじゃなくても関係ないと言って、にこやかに微笑まれた薔之院さまへの。




 薔之院さまが苦手だった。

 だった、のだ。


 今はもう、そんなこと思わない。



「どうしよう……っ。誰か、薔之院さまを助けて……っ!!」



 私じゃ。私なんかじゃ、彼女を助けられない……。


 ベッドにうつ伏せに伏せて、枕に顔を押し付けて。

 その日私は、ずっと泣いていた。


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