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空は花を見つける~貴方が私の運命~  作者: 小畑 こぱん
私立清泉小学校編―1年生の1年間―
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Episode93.5 side 新田 萌の憂鬱①-0 甦る苦い記憶

 私の通っている小学校、私立聖天学院初等部。


 運動会が明けてのこの週初め、ビクビクしながら登校すれば、皆の話題は大きくただ一つのことが中心となっていた。それはあの薔之院さまのお知り合いだという、謎の女の子のこと。

 六学年の見学席にいた子だから私達一学年は正確なところなんて分からないけれど、誰も彼もがその話題で持ち切りだった。


 と言っても私のクラスが1ーEで、薔之院さまの1ーAとは対極の位置にあるクラスだから、というのもあるのだけれど。多分彼女と同じクラスの子は気になっていても、口には出せないと思う。




 本当に驚いた。だってほとんどの生徒とは比べ物にならないほどの高位家格のご令嬢というだけじゃない。ファヴォリにして、全女子生徒の頂点と言っても過言ではない薔之院さま。そんな彼女のことを、「れいかちゃーん! がんばってーー!!」だなんて。


 恐れ多くて誰も口にできない。運動場に広がったその声で、誰も彼もが一切の動きを止めるほど。それなのに誰を応援したのか分かっていないと思ったのか、「あのー! 麗花ちゃんはー、薔之院さん家のー、麗花ちゃんのことでーす!」とかわざわざ言うし。


 その時の走る人の中に“れいか”という名前は薔之院さましかいなかったから、全員ちゃんと薔之院さまを指していることは分かっていたよ、言われなくても。


 その場にいた私達の胸中は、本当に極寒の極致だった。すっくと静かに立ち上がった薔之院さまが、「申し訳ありません先生。あのパッパラパーの口を閉じてきてもよろしいでしょうか」と仰るのを、先生も若干仰け反って頷かれていた。


 薔之院さまのお口からパッパラパー。空耳かと思った。




 その後もお昼休憩の時に、私達令嬢に絶大な人気を誇る男子生徒の緋凰さまや秋苑寺さま、そして何故か百合宮先輩とも気軽に言葉を交わしていた。

 特に同じクラスでもファヴォリのサロンでも、女子とは滅多に会話をされないという緋凰さまがご自分からお声掛けして会話をされていたのを見て、多くの女子は非常にショックを受けていた。ちなみに私は春日井さま派である。


 ショックはそれだけに収まらず、テントから出てきた薔之院さまに無理やり自分のサングラスをかけさせるという暴挙。あの時は緋凰さまと秋苑寺さまも唖然としていた。見ていた私達も固まった。何より衝撃的だったのが、そんな暴挙に出た人物が自分の知人だと薔之院さまから発せられたことだった。



「あんな子が尼海堂くん以外の子を寄せつけず、いつも凛となさっている薔之院さまの、知人……!?」



 とある時期から薔之院さまのことをチラチラと気にされている、中條さまの言である。たまたま近くにいて、その悔しそうな呟きを拾ってしまった。

 それまで剣呑な視線を向けていた女子たちであったけれど、彼女が薔之院さまの知人とはっきりして慌てて元に戻していた。まぁすぐに戻せたのも、彼女が緋凰さまと秋苑寺さまに向かうのではなく、薔之院さまに突っ走ったことが大きかったのもあると思う。


 それに彼女自身、緋凰さまや秋苑寺さまには塩対応だった。それもどうかと思うけれど。

 お食事にも誘っていて薔之院さまもあっさりと頷かれていたし、本当に仲が良いんだと思った。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 ……私は正直、薔之院さまが苦手だった。


 学院に入学する前の催会で、私と比較的仲が良い城山さまにキツイ言葉を放っていた。それに対して城山さまへのお言葉を撤回して頂こうと勇気を出して薔之院さまに話し掛けた、あの春日井家主催のお茶会。


 確かに城山さまご本人が言うのと、彼女の友達が言うのとでは薔之院さまの心象も悪くなるとは思ったけれど、何もあんな言い方をされなくてもいいのではないか。



『貴女が言いに来ること自体、不愉快ですわ』



 鋭く刺すような声に、不機嫌そうに細められた目。


 そんな視線に射すくめられて、喉から声なんてそれ以上出てこなかった。私が話し掛けたせいでただでさえピリッとしていた空気が更に悪くなり、他の子も薔之院さまとトラブルを起こす事態となってしまった。


 けれどそんな中でも救いの神が舞い降りたのを、私は今でもよく思い出せる。


 柔らかそうなふわりとした髪、小顔でぱっちりとした瞳に桜色の唇。

 清楚な白いレースのワンピースを身に纏った彼女は、頬を淡く染めて、ゆったりと微笑んだ。



「失礼いたしますわ」



 声も、まるで鈴が鳴ったかのような可愛らしさ。確かにそこに立っているのに、まるで今にも天から妖精が舞い降りて、彼女に語りかけそうなほどの儚い雰囲気を持つ、とても可愛い女の子。


 彼女が現れてから一気に状況が変わった。


 薔之院さまを追い掛けて一緒に戻られて、まず薔之院さまが謝罪をされたことに驚愕した。私の時は、にべもなく突っぱねられたのに。

 そしてカップを割ってしまったということで、春日井夫人への謝罪でまたもや一緒に出て行かれ、そうして大分時間が経ってから戻って来られた時も信じられなかった。


 だって、いつも見掛ける薔之院さまは、ずっと不機嫌そうで近寄りがたかった。それなのに彼女と手を繋いでいる薔之院さまは、とても嬉しそうなお顔をされていたのだ。そんなお顔、初めて見た。


 そんなお顔を薔之院さまもされるのだと思って、その時にハッとした。


 ……私、薔之院さまの言い分をちゃんと聞いていない。一方的に言葉をぶつけて、薔之院さまも返してきたけれど。

 


 ――でもそれは、()()()()()()薔之院さまの言い分?



 だってぶつかってお茶を服にこぼされたことは、あれは薔之院さまに非はなかった。

 彼女が動いた後で、カップを持った子が同じ方向に動いたのだから。それなのに、薔之院さまからその子へと謝罪をされた。


 あの子と。百合宮 花蓮さまと、二人でお話をされたから……?


 その時微かにチクリと、胸が痛くなった。




 それから薔之院さまが催会に現れることもめっきりとなくなり、同じく百合宮さまもあの時のお茶会以外でお姿を見ることはなかった。

 百合宮さまに関しては、あの時お茶会に参加していた他の子からも見ないと聞くし、彼女ほどの家格の子が聖天学院に入学していないということで人の話題になることもない。


 それ以外の子に聞こうと思えば、百合宮さまのことを話すとなると芋づる式に薔之院さまのことも話さなければならないため、それは怖くて誰も口にできなかった。


 記憶は間違いないけれど、でもふと本当に存在している子なのかと疑ってしまうことがある。それほどまでに強烈で、でも現実にいない子。


 柔らかくてあまりにも儚くて、もしかしたら病弱で大きな病院に入院しているのかもしれない。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「新田さま」


 もの思いに沈んでいたから、声を掛けられて少し驚いてしまう。


 ハッとして見上げれば、クラスメートの子が「城山さまがお呼びになっておりますわ」と教えてくれて、お礼を言って慌てて廊下へと向かう。入学前から仲良くしている城山さまは私を見て、ニコッと笑った。


「ごきげんよう、新田さま」

「ごきげんよう、城山さま」


 いつも通り挨拶を交わして、何の用だろうと少し待つ。


「先日の運動会、おケガは大丈夫?」


 心配そうな顔をして言われたことに、ビクッとして視線を彷徨わせる。実はあまり触れて欲しくないことで、それが今日ビクビクしながら登校した理由。


「……はい。ただのかすり傷ですので」

「良かったですわ。あんな大勢の前で転んでしまって、立てないほどのおケガかと心配しておりましたの」


 そう、運動会最後の選抜リレーで薔之院さまと並走したのは、私である。


 あの時点で白組の総合得点は赤組に負けていた。大体のリレーは余程間に速い走者がいるのと、何らかのトラブルがない限りは第一走者の順位で決まるものと考えている。

 だから薔之院さまの足が学年でも速いことは分かっていたけれど、それでも追い越さなきゃと焦って結果、あんな醜態をさらすことになってしまった。第一走者で転ぶなんて有り得ない。それも逆転勝利がかかっていたのに。


「でも、男子はさすが百合宮先輩ですわ。涼しいお顔で一気に前の人を抜いてゴールされたのですもの。すごく盛り上がりましたわよね」

「あ、そうですね。他の皆さまもとても速かったですよね。……そう言えば城山さま、リボン替えられたんですか?」


 何か印象が違うなと思って、ようやく気づいたことを言えば彼女は、「ふふ」と恥ずかしそうに笑った。


「そうなんですの。運動会も終わって一段落しましたし、少しだけイメージチェンジしようと思いまして」


 前までは真っ赤なリボンだったのに、対極を為すような白へと変わっていた。


「白もお似合いですね。でもあの赤いリボン、確か有栖川さまとお揃いのものだとお聞きしましたけれど」

「そうだったのですけど、もうよろしいかと。有栖川さま、お元気かしら?」

「転校先も分かりませんものね……」


 親交行事の数日後、ご家庭の事情で転校されていった有栖川さま。

 同じ1ーCだった彼女たちは教室の外から見ていると、とても仲が良さそうに見えたのだけれど。


 何だかその素っ気ない言い方に微かな疑問を抱いた時、こっそりと城山さまが耳許へ囁きかけてくる。


「秘密にして下さいませね? 実はこのリボン、私の憧れの方のイメージカラーですの」

「まぁ! それって……」

「新田さま。声が大きいですわ」

「あっ。ごめんなさい!」


 驚いてつい声を出してしまったのを、緩く咎められてしまった。


 その時に丁度予鈴のチャイムが鳴り、近づいた距離が離れる。先程の不手際はもう気にしていないのかニコリと微笑んで、「それでは、また」と手を振って自らの教室へと帰って行くのを見送る。そうして私も教室へと戻り席について、はぁ、と小さく息を落とした。


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