Episode91-2 聖天の運動会
午後の部は午前中にはしゃぎ過ぎたのか、ウトウトすることが多くなった光子ちゃん。そんな彼女をお膝の上に納めた私は、忠実に静かに運動会を見学している。
もちろんお兄様と麗花の活躍を中心にしっかりと見ていたが、一年男子となると顔をよそに向けるか伏せるか迷ったものの、忍くんの活躍に集中することにした。しかし……。
あれ? どこ? え、いるよね? 秋苑寺と同じクラスでしょ?
他の生徒に埋もれ……秋苑寺邪魔! あっち行け! 待って本当にいる???
……と無駄にキラキラしい秋苑寺のせいで、ろくに忍くんが探せなかった。
まぁそれに集中していたおかげで秋苑寺以外に余計な者は見ることがなかったので、良かったといえば良かったのか。いや、忍くんの活躍見逃したから良くないな。
そうしてつつがなく聖天学院の運動会も進行して行くと、最後の種目である紅白対抗選抜リレーとなった。ここまでくると、光子ちゃんはすっかり夢の世界に旅立っている。
「重いでしょう? お預かりします」
「あ、すみません」
意識がないと思いっきり凭れ掛かられていたので、確かにちょっと重かった。子ども体温で密着しているところ暑かったし。
光子ちゃんが遠山夫人の腕の中へと移動して、空いた分触れる空気が涼しく感じる。ふぅ、と一息吐いて聖天の選抜リレーの内容を振り返る。
清泉は四チーム対抗で四レーンだったけど、聖天は二チームだが二レーンしか走らない。トリとなる競技だからか、敢えて個人の活躍を大きく取り上げる様式なのだろう。こっちもやっぱり低学年は男女二名の、高学年一名ずつだという。
そうして流れるBGMとともに出場選手が入場してくる。所定の位置につき、男女が間隔を空けて横並びして待機する。
麗花はもちろん、今度こそ忍くんの活躍を見逃さないぞ!
あ、お兄様白組アンカーだ。さすが!
意気込んで少々前のめりになって見ていたら、第一走者の麗花と白組の子が並んでクラウチングスタートの構えをとった。
「位置について、よーい」
パンッと鳴ったピストル。
徒競争で見せたぶっちぎりだった速さも、やはり選抜リレーに選ばれるほどの子はさすがに速くてあんまり間隔に差はなかったが、それでも麗花の方が速い――と。
「あっ」
白組の子がこけた!
麗花に追いつこうと焦ったのか、何だか足が途中うまく動いていなかった気がする。
衆目の面前で、しかも最大の山場である選抜リレーでの醜態。やってしまったことを自覚して頭が真っ白になっているのか、立ち上がることもできないでいる。私もクラウチングスタートできなくて盛大に転んでしまったから、気持ちは痛いほど良く解る。
そしてその子の様子に麗花も気づいたようで、あと少しでバトンの受け渡しというところだったのに、何の迷いも見せずに引き返しだした。
麗花……。
そのままその子のところへと戻って、ケガをしていないか確認しているようだった。けど麗花が戻って来たことで、更にパニックになってしまったらしい。遠目から見ても青褪めている。
「薔之院家のご令嬢の手を煩わせているのは、どこの家の子だ」
ふと、そんな声が見学席から聞こえた。
「あの子はファヴォリでもないだろう。薔之院家のご令嬢が手を貸すほどの家か?」
「後で確認した方がよろしいですわね」
大きくはないが、ここまで聞こえてくるほどの声量だ。
まだ小さな子が転んだというのに、心配もせずに益を口にする大人達にムッとする。
そしてそれは、お隣さんも感じたことは同様だったようだ。
「転んだ子はまだ立てないようだが、大丈夫だろうか。教師はなぜすぐ動かない」
「親御さまもご心配でしょう。薔之院家のご令嬢も、ただ心配して駆け寄ったのでしょう。すぐに助けに行けるだなんて、本当に素晴らしいご令嬢ですわ」
口調は普通だが、先の発言をした席の方を目を細めて睥睨しながらそう言う我が両親。その発言以降、益を唱える発言はピタリと止まった。
……本当、遠足の時もそうだったけど、何なんだろう。
大人がこんなだから、転んで立てないあの子もあれほどパニックになっているんだろう。
それに麗花以外に誰も助けに行っていないし。
どうしてお兄様まで動かないの?
「すみません、遠山夫人」
「かっちゃん?」
一言謝り、すっくと立ち上がった私はパッと現場へと走り出す。
本当にごめんなさい! 後でいくらでも怒られますから!
動き出した私に問題現場から視線が動いて痛いが、そんなの知るもんか!!
「大丈夫!?」
「かれ、かっちゃん!? どうして」
「いいのいいの私のことは! それで何で立てないの? ひどいケガしてるの?」
「え。……えっ」
突然現れた私にパチクリと目を瞬かせる子だが、パッと見ても擦り剥いて少し血が滲んでいるだけで、大したことはなさそうだった。
ということはやはり、状況パニックが原因か。
「痛いの?」
「え、いえ。そんなには」
「走れそう?」
見知らぬ私服の子に聞かれてパニックが緩和したのか普通に返答してくれたが、走れるかを聞いたらビクッとして俯いてしまう。まぁ無理もないか。
「私もこけちゃったよ」
「……え?」
「徒競争でなんだけどね。クラウチングスタートできなくて、ピストル鳴ったらすぐ転んじゃった。だってスタートがクラウチングスタートって知らなかったんだもん。転んじゃった、ビリかぁって思って顔を上げたらね、ウチのクラスの女子の顔色が青くて。後で男子も呼吸止まったとか言われてもうショックでねー。でも、そんな私も選抜リレーの選手だったのです! また転んで悪夢見せる気かとか言われたから、負けん気起こして本番までに短期特訓して頑張ったら、ちゃんと転ばずに走れたんだよ。そしてその時にコーチしてくれたのが私のお友達と……こちらにいる、薔之院さん家の麗花ちゃんでーす!」
ジャッジャーン!と両手で指し示せば、麗花がものすごい顔で私を見ていた。その子もキョトンとしている。
……あり? 状況パニック吹っ飛ばそうと同じ私の体験談を披露したのに、何で反応薄いの? 笑ってくれることを期待していたのに。
「……えっと、薔之院さん家の麗花ちゃんでーす」
「二回も言わなくてよろしいですわ!! というかクラウチングスタート知らなかったって、ダンスの時みたいに説明聞いてなかったとかいうオチじゃありませんわよね!?」
「ブッフゥーッ!!」
待機組の男子の方から噴き出し笑いが聞こえた。
「オチ……っ。薔之院さんの口からオチとか……っ! かっちゃんサイコー!!」
この声は、我が天敵秋苑寺! お前が笑うな!!
 




