Episode90-2 聖天の運動会
私の一言にざわめく生徒たち。
そりゃそうだ。緋凰家の御曹司にこんな口利く同年代なんていないだろう。まぁ麗花の友達ということで、いくらか免罪符にはなる筈。
それに下手に外向けの口調で喋ったら、猫宮 亀子だとバレてもおかしくはないのだ。そうしたら何のために春日井の良心まで利用して、正体を偽ったのか分からない。
と、しかしだが何故か緋凰は椅子から立ち上がってこちらにやって来るではないか!? やめろ! あっち行け!!
願い虚しく目の前まで来た緋凰は、ジッと私を見つめてくる。
「……いや、絶対どこかで会った気がする。特にお前から感じる失礼なオーラが、アイツに似ているような」
野生動物かよ! 何だ失礼なオーラって!? 初対面で人に失礼言うお前が失礼だわ! ほら、女子がきゃああぁー!って青い悲鳴を上げているでしょうが!!
「まったくの初対面だよ! 何なの貴方。失礼だよ!」
「薔之院の知り合いか知らないが、アイツの知り合いで俺のこと知らないのか。俺は緋凰 陽翔だ」
だから知ってるってば! 一々名乗らんでよろしい!
てか麗花の知り合いだったら自分のこと知ってるって、アンタが婚約者だったらそうかも知れないけど、違うでしょ!? ヤダもう自意識過剰の俺様野郎!!
「えー。緋凰くんこの子知り合い?」
「秋苑寺。いや、知らねぇけどどっかで会った気がしてな」
「……ん~。言われると俺も、何かどっかで会った気がしないこともないような」
秋苑寺までがろくでもないこと言い始めた。
しかも光子ちゃん効果で和らいでいた視線が、緋凰と秋苑寺の会話を聞いてまた尖り始める。麗花早く来て!
「アイツは話し方だけは令嬢ぽかったしな」
「あ~、あの子も話し方はご令嬢だったなぁ」
誰が誰を想像している!
私は耐えきれず麗花のお友達の背に隠れた。
えっ、って顔をされたけどごめん!
でもこの子もファヴォリはファヴォリだ。
ファヴォリ二対ファヴォリ一で状況は私に不利だが、麗花さえ戻ってくればファヴォリ二対ファヴォリ二の……あ、ダメだいま緋凰ピーポーウォール発動してない!! 鉄壁の防御をどこに置いてきた貴様!!
「お待たせしまし……どういう状きょ「麗花あぁぁ危なああぁい!!」
西松さんを連れて最悪のタイミングでテントから戻って来た麗花へと猛ダッシュし、かけていたサングラスを無理やりかけさせる。多少の抵抗にはあったが無事装着を確認し、ホッと息を吐く。
裸眼よりはマシ。絶対マシな筈!
「……何が……どう……危ないんですの……? さっきからTPOを守れと何回言わせるんですのこのおバカあぁぁ!!!」
「ぎゃーごめんなさい!! でもえっとその、紫外線! ほら紫外線が麗花の白くてきれいなお肌を焼いちゃいけないから! 何もないよりマシでしょ!?」
「午前中なにもしないまま競技していたのに、今更ですわよ! ……まぁお心づかいは嬉しいですけれど。貴女はなくて大丈夫ですの?」
「私はほら、麦わら帽子があるから! こう、ほらこうして顔を覆えばイケる」
「それでイケると言える神経を疑いますわ」
確かに大体見えないけども。うーむ……。
その時、顔に麦わら帽を押さえつけていない手に、キュッと小さく柔らかい手が繋がれた。
「みつこがかっちゃんといっしょにあるいたら、だいじょうぶだよ!」
み・つ・こ・ち・ゃ・ん……!!
君って子は天使なのかい!?
私が感動に打ち震えていると、麗花が周囲に向けて話し出した。あっ、やっぱりこれだと声しか聞こえない!
「私の知人がお騒がせして申し訳ありませんわ。どうぞ皆様、私達のことはお気になさらず、お食事をなさって下さいませ」
凛とした話し方は、聞くこちらの背筋が伸びるよう。
おおう、これがファヴォリの麗花……! 見えなくても堂々としているのが分かるよ!
「麗花格好良い……!」
「かっちゃんは席に行くまでお口をお黙りあそばせ」
「はい」
危機管理能力が察知した。
これ以上は本当にお口を開いてはならない。
きっちりお口チャックしたところで、何やらお食事を再開した筈の周囲がまたざわめくのを耳にする。
「ここにいた……何してるの、かっちゃん」
あ、この声はお兄様。
あまりにも戻ってこないから、どうも探しに来てくれたようだ。
「奏多さん」
「百合宮先輩」
「秋苑寺くんに緋凰くん。競技見ていたよ。二人とも頑張っていたね」
「いえ、ありがとうございます」
「奏多さんのご活躍には負けます。あの、今かっちゃんって呼んでいましたよね? お知り合いですか?」
遠足の時でも“百合宮 花蓮”に対しては緩い口調だった秋苑寺だが、お兄様相手ではしっかりと喋るらしい。
私のことを尋ねられた、お兄様の返答や如何に。
「あぁ。この子は僕のクラスの遠山くんっていう生徒の、親戚の子なんだ。遠山くんは普段クラスでもよく話す生徒でね。彼が可愛がっている子でよく話も聞くから、ぜひ会ってみたくて今日見学に誘ってもらったんだよ」
「え。でもさっきこの子、今日だけの親戚のお姉ちゃんって言っていましたよ?」
「いつも遠山くんが独占していて、あんまり話せないからじゃないかな? 見学している分、今日はかっちゃんをこの子が独占できるしね」
「あ、そういう意味……」
お兄様、オールパーフェクツ!
さすが頼れる長男!
「じゃあ薔之院さんは?」
「学院入学前に、私が色々な催会に出席していたのはご存知でしょう。そのご縁ですわ」
「へぇ~」
麗花もうそは言っていない。素晴らしい回答だ。
「そう言えば秋苑寺くん。詩月くんが君のことを待っていたよ」
「あっいけね。そういや約束してたっけ」
慌てたようにそう言うと、「じゃあ皆ばいばーい!」と言って、軽快な足音とともに去って行ったようである。自分の興味関心より、従兄弟との約束をきちんと守れチャラ男。
「薔之院さんも一緒に行こうか。かっちゃんがお昼誘いに来たんだよね?」
「はい。ぜひご一緒させて下さいませ。……忍? どこへ行こうとしますの」
「……」
あ、ここは一応お口チャック解除してもいいかな?
しかし私が言うより先に天使・光子ちゃんが説明してくれる。
「あのね。このおにいちゃんもかっちゃんがさそって、いっしょにたべることになったの~」
「……!!」
「あら、そうなんですの。あの、私のお友達ですの。よろしいでしょうか?」
「構わないよ」
「……!!!」
何やら男子からワタワタする気配を感じるが、やはりファヴォリでも高学年のお兄様相手じゃ気遅れするのかな? あの態度不遜・お口悪い緋凰でさえ、秋苑寺同様しっかり話していたし。
「俺も、戻ります」
と、そんな緋凰が離脱宣言した。
どこか声に不機嫌さが滲んでいるのは気のせいだろう。
けれど同じクラスでチームだからか、麗花がそんな緋凰に話し掛けてしまう。
「緋凰さま。午後からもお互い頑張りましょう」
「……あぁ」
……んん?
緋凰の声が若干上がったような……いや気のせいだな、うん。
あれ待てよ。夏休み前にお互い直接一度も話したことないって言っていたけど、まさかこれが初の直接会話じゃないでしょうね!? やめてよ!?
内心のそんな私の焦りを知らない光子ちゃんに「かっちゃんこっちだよ」と手を引かれ、多くの視線をビシバシと感じながら、所定の見学席へと連れられて行くのだった。
 




