Episode90-1 聖天の運動会
ギ、ギ、ギ、と顔を向けた先、我が天敵がテテテと軽い足取りでこっちにやって来た。
来るな天敵! あっち行け!!
「……自分とぶつかって転ばせてしまった」
「忍くん、またやっちゃったの?」
そう言って肩を竦める我が天敵、秋苑寺 晃星。
なぜ貴様がここに……! あ、待て。コイツがここにいるということは、最大の天敵が身近にいるんじゃ。
早くこの場を離れたい衝動で光子ちゃんの手を引くも、彼女は何だかポ~として秋苑寺を見つめている。
「み、光子ちゃん?」
「おにいちゃん、おうじさまみたい」
「ん? そう? ありがと~」
あああああっ、光子ちゃんがチャラ男の似非笑いに見惚れている!
そいつは王子様じゃないよ! 王子様属性はちゃんと別の組にいるから!! というかどうしたの、競技中は一緒に穴が開くほどプログラム表を見てた仲なのに!
引っ張っても動かない光子ちゃんから辿って、秋苑寺の目が私へと向く。
「あれ? さっき薔之院さん応援して、運動場の空気凍らせた子じゃん」
ぎゃああぁぁ!
麗花を応援したいだけだった私の行いが自分の首を絞める!!
秋苑寺なんか無視し、光子ちゃんへと話し掛ける。
「み、光子ちゃん。早く元の席に帰ろう?」
「え? でもれいかちゃんよぶんでしょ?」
やめて! 本当のことだけど今はやめて!!
「麗花ちゃん? やっぱり薔之院さんと仲良しなの?」
「ん~。みつこじゃなくてね、かっちゃんがなかよしさんなの。かっちゃんとれいかちゃんはおともだちなの~」
「かっちゃんって、君のお姉さん?」
「かっちゃんはきょうだけ、みつこのしんせきのおねえちゃんなの~」
「そうなの~。今日だけなの~」
み・つ・こ・ち・ゃ・ん……!!!
設定が白日の元にモロバレしてしまった。
この乙女ゲーに関しては、攻略対象者は揃いも揃って頭が良いのが定石。案の定、秋苑寺が品定めするような目で私を見てくる。
やめろ、こっち見るな!
「……麗花の友達?」
ポツっと呟きを漏らした男子も、ジッと私を見つめてくる。
……ん? いま麗花のこと、“麗花”って言った?
麗花は親しくもない男子に、名前で呼び捨てにされることを許容するような性格じゃない。
ということはこの男子、まさか麗花が言っていた、学院での初めてのお友達!?
「サロンでいつも奥のソファに座って動かないお友達だ!」
「……自分に良く似ていると言う麗花の友達!?」
「あ~。取りあえず薔之院さんの友達っていうのは、間違いないわけね」
ゆる~く秋苑寺がまとめた。
と、いま気づいたが周囲の生徒、主に女子生徒が私に向けて刺々しい視線を送ってきている。
なるほど。どこの馬の骨とも知れない女子が、仲良く(してないけど)秋苑寺と話すなってことね。百合宮の令嬢だと知ったら向けられない視線だな。まぁいいや。
「あの、光子ちゃんがぶつかったご縁で教えてもらいたいのだけど。麗花ってどこにいるか分かる?」
「……1ーA指定の見学席かと。一緒に行く?」
「いいの?」
コクンと頷く男子に良い子だと頬が緩むが、もう一人の発言にピシィッと固まる。
「じゃあ俺も一緒に行こうかなぁ~。……何か嫌そうな雰囲気だね?」
「誰か知らないけど、麗花でも私の友達でもない貴方と一緒に行く義理はないと思うけど。他の女の子の視線も痛いから、貴方とのご縁はここまでということで」
「えっ。忍くんとの差ありすぎじゃない? 俺、秋苑寺 晃星だよ」
知ってるわ! わざわざ名乗ってくるな!
「さ、行こう! 早くしないとお昼の時間終わっちゃう」
「あれ、無視? 名乗ったのに俺無視されちゃうの?」
「……類は友を呼ぶとはこのこと」
「みつこがおててつないであげる。げんきだして」
「ありがとう……。やさしいね~」
光子ちゃんが手を繋いでしまったせいで、秋苑寺まで付いてくる羽目になった。何か人質を取られた気分だ。
そのまま麗花の友達と光子ちゃんと秋苑寺とで歩いていると、1ーAとプラカードが掛かっているテントに辿り着く。
「……ほら、あそこ」
「え? あ、本当だ。麗花ぁーー!」
手を振って大きな声で呼ぶと、西松さんと一緒にいた麗花がギョッとした顔で振り返った。ギョッとしたのは周囲の生徒と保護者も一緒である。
「TPOを考えろと言いましたでしょう!」
こっちにすっ飛んできた麗花にまた怒られ、私の隣を見て表情が僅かに緩くなるものの、その後ろを見て苦虫を噛み潰したようなものに変わった。
「何で変なのも一緒に連れてくるんですの」
「ごめん。何か勝手に付いてきちゃって」
「あ、本当にその子友達なんだ。てか二人とも俺に対してひどくない? ね~?」
光子ちゃんに同意を求めるな。
というか、やっぱりチャラ男は麗花にとって苦手人物だったか。
「忍が連れてきて下さいましたの?」
「……偶然」
「そうですの。ありがとうございますわ。それで、か……貴女はどうしてこちらへ?」
「かっちゃんで。お昼どうするのかなって思って。西松さんと一緒に食べるの? 私の時みたいに、向こうで一緒に食べない?」
「よろしいんですの?」
「うん。光子ちゃんも麗花ちゃんと一緒に食べたいよね~?」
「たべたーい!」
光子ちゃんの可愛らしさにあら、と麗花ばかりか様子を見ていた他の女子からも、微笑ましいという表情が返ってくる。
「そ、そうですわね。そこまで言われたら、一緒に食べるのもやぶさかではなくてよ」
「だって。やったね光子ちゃん!」
「れいかちゃんとおひるごはん~♪」
「準備してきますわ。お待ちになって」
そう言って西松さんのところへと戻って行く麗花を見送り、隣へと同じことを聞く。
「君も私達と一緒に食べる?」
「……自分が?」
「うん。麗花のお友達でしょ? 私の時も運動会に麗花が来てくれて、私のお友達と一緒にお昼食べたんだ。だから私も、麗花のお友達とご飯食べられたらって思ったの。もし良かったらだけど」
「……問題ない。承知した」
あ、出た承知。やっぱりこの子だ。
「俺は一緒にお昼は難しいな~」
「聞いてないし誘ってない」
「ひどい! 薔之院さん並みの冷たさ!」
光子ちゃんに慰められながら嘆いている秋苑寺を無視していると、何やら視線を感じた。
あんまり秋苑寺を蔑ろにするなという女子の視線だろうかと、感じる方へ顔を向けると、見なきゃ良かったと即後悔した。
そうだ、忘れていた。そう言えば幻の存在のくせに同じクラスだったわ。今の私の格好は一週間前の麗花コーデだし、水泳帽にゴーグル装備の猫宮 亀子コーデじゃない。
堂々と顔を逸らして、麗花を待っていると。
「おい」
知らん。声掛けてくるな。
「そこの麦わら帽にサングラスかけたヤツ。お前、どこかで会ったことないか?」
無視してやろうと思ったが外見的特徴を言われてしまうと該当者は私しかおらず、秋苑寺のみならず緋凰まで無視したとなると、遠山家の体裁が……!(もう遅い気もする)
仕方なく緋凰へと顔を向ける。
「ううん。ぜーんぜん会ったことない」
 




