Episode11-1 パンダの鉄槌
仮装パーティの主催者である米河原家のご当主夫妻に挨拶をした後(私は喋れないためおじぎのみ)、私は麗花に黙って指を差されたお菓子がお皿に山盛りに積まれたテーブルへと、スゴスゴ歩いて行った。
麗花は今まで通り一人で闘うことにしたらしい。
役に立たないパンダですみません。
ちなみにこの場では大変珍しい生き物であるらしいパンダは、変な視線をもらうだけで話し掛けてくる子はいなかった。
皆教育がしっかりしているんだねぇ。
あはは……はぁ。
仕方なく目の前のテーブルに積まれたお菓子の山へと目を向ける。
仮装パーティの名目で催されている少し早めのハロウィンであるというだけあり、マカロンやクッキー、色んな種類のケーキなどが並び、とても華やかな装いをしていた。これほどのお菓子など、中々見られるものではない。
……お菓子でも食べてろと言われたし、いいよね?
フラフラと視線がお菓子を彷徨い、テーブルの上に用意されていたお皿とフォークを手に持つ。
フッフッフ。
流石セレブが赴くドン〇ホーテの着ぐるみ。
手の部分だけピチッと肌に吸いつく、黒いゴム手袋のおかげで物の掴みは問題ない! しかも口の部分はちゃんと空いており、ただそれらしく縫って見せているだけの安物とは違うのだ!!
喋れないので心の中でいただきますと声高に唱え、お皿に取ったケーキを一口食べる。
……うまっ! え、何これすっごく美味しいんだけど!?
えっ、それじゃこっちのバターケーキは……おおお濃厚! クッキーもサクサクで香ばしくてウマーっ!!
感激に身体が震える。
お菓子超美味しい! ヤバい!
今日来て良かったありがとう麗花!!
友達作りを見守るという役目を忘れたパンダは、目の前にある餌に夢中で貪りつく。
その様子を遠目で見ている子供たちからは、ドン引かれていることを知らないパンダは幸せである。
ウマウマとお菓子を着ぐるみの中で頬張り、よし次はどれにしようかと視線をターゲットに向けた時、ふとテーブルの正面にまるっとした物体が掠めた。
……ん?
気になって、ちゃんとその物体に目を向けたパンダの目は丸くなった。
ティンカーベルのドレスを身に纏ったおきあがりこぼしちゃん……否、人間の女の子がモグモグとお菓子を食べている。
私が目を丸くしたのは人間がおきあがりこぼしに見えたからでは断じてなく、その手に持つお皿の上に乗るお菓子が、私が乗せているものと全く一緒だったからである。
あ、あのイチゴの乗ったケーキ美味しそう……あっ、あの子取った!
あっちのチョコマフィンも……あっ、それも!?
狙ったものが同じように次々とその子のお皿の上に乗っかって行くのを見て、私は確信した。
このティンカーベルっ子、私と同じ味覚をしている……!!
私の強い視線を感じたのか、不意にお菓子に向かっていたその子の顔が上がる。
「……ふえっ!?」
真向かいのパンダに今気がついたらしいティンカーベルは、驚きに肩を跳ね上げさせた。
そして可愛らしい悲鳴を上げた彼女は、未だ見つめてくるパンダにあちこち視線を彷徨わせている。
私はお皿を持ったまま顔だけを動かすティンカーベルの隙をつき、素早い動きでその子の隣へと移動した。
「!!?」
何でそんな驚くの~。
私は人畜無害な可愛いパンダですよ~。
しかしあまりにもビクつかれるため、仕方なくお口の封印を解くことにする。
要はパンダの中身が百合宮家の令嬢だとバレなければいいのだ。
「これ、とっても美味しいですね」
「!! し、しゃべった!?」
パンダが喋ったことに小さな目を見開き、驚きを顕わにするティンカーベル。
おいおい、君は本気で私がパンダだと思っていたのかい?
「ある事情で正体は明かせませんが、私はれっきとした人間です」
「あっ、そうですよね! ごめんなさい!」
「いえいえ良いのです。ところでティンカーベルさん。米河原さまがご用意してくださった本日のお菓子は、とても素晴らしいですね。どれもとても美味しくて、パンダは笹の味を忘れてしまいそうです」
そう言うとティンカーベルはふふふっと、とても嬉しそうな表情で笑った。
「面白いパンダさんですね。そう言ってもらえると、私もとても嬉しいです。今日のお菓子はどれも我が家自慢のものですもの」
えっ。ということは、この子。
「もしやティンカーベルさんは」
「申し遅れました。私、本日主催を務めております米河原の娘、瑠璃子と申します。本日はお越しくださりありがとうございます」
「まぁ、米河原さまのご令嬢だったのですか!」
米河原家に対する情報としては食品を取り扱う事業を展開しており、特に力を入れているのが洋菓子部門で、出す創作スイーツはそのどれもがヒットしている。
なるほど、その家の子であれば中々の舌をお持ちだと見た。
「瑠璃子さま、瑠璃子さまのお勧めをお伺いしても? 私はあのオレンジ色のオモチが気になっているのですが」
「お目が高いですねパンダさん! あれは今年フランスのコンテストに出品しようと候補に上がっている、三種の内の一品ですの!」
「まぁ! それでは早速頂かなくては!」
フォークでさっと一口大の大きさのオモチの底をすくい、お皿の上に乗せてから再度フォークに乗せてお口の中へ。
面倒くさい食べ方だがこれでも大きな家の令嬢なので、マナーの授業は大変厳しいのだ。そうして咀嚼すると、ふわっと広がるオレンジの甘みと香りと……。
「とろっとしたレモンの爽やかさ……!! 何て絶妙なハーモニー!」
美味しいよ!
これ絶対コンテスト優勝できるよ!
感激に打ち震えていると、瑠璃子さんがぱぁっと表情を綻ばせた。
「そんなに美味しそうにお菓子を食べてくださる方、パンダさんが初めてです」
「え、そうなのですか?」
そう言われて改めて周囲を見てみると、確かに瑠璃子さんの言う通りお菓子メインで楽しんでいるのは私たちだけで、他の子供たちはお喋りに興じている。
子供だからお菓子に食いつくもんだとばっかり思っていたので、ここでも上流階級の子と一般の子との差をまざまざと見せつけられた。
目の前の美味しそうなお菓子よりも、誰と仲良くなるか考えてパーティに参加する。
いやそりゃ、どうパーティを楽しもうがそれはその人の勝手だけどさ。
「何か、勿体ないですね。こんなに美味しいお菓子なのに」
「パンダさん」
「あっ、そうです瑠璃子さん。ここのお菓子って持ち帰ったりできます? 私だけ食べるのも心苦しいので、家族にも食べさせてあげたいのですが。あ、いえダメだったらいいのですけど」
「ダメだなんてそんな。ぜひ持って帰ってください。タッパーを持ってきてもらうよう係の者に伝えてきますね!」
瑠璃子さんは持っていたお皿をテーブルの上に置いて、ゆっくりとした動きで人の波を必死に掻き分けていく。
……ゆっくり過ぎて、まるでスローモーションの動画を見ているようである。




