Episode84-1 花蓮のモチベーション
二週間後に迫った運動会。
あの裏エースくんやる気誘導後の我がクラスはもれなく全員特訓に参加をし、内容はそれぞれだが皆楽しそうに練習をしている。
あの時裏エースくんが言った通り、それは特訓とは名ばかりの、まさに遊びとなった。
効果があるのかどうなのか、足の速い子と遅い子でペアを組んで二人三脚をするわ、ダンスの練習なのか手を繋いで、ただクルクルと回っているだけだったり。玉入れにおいては、ボールキャッチ特訓と同様のことをしている。
そんな日々を送っていた中、何と意外な事実が私に判明した。
裏エースくんに付きっきりで面倒を見られて、遊びではなく本当に特訓を受けている私。
特訓の事前情報として短距離走はどれだけ走れるのかを確認するために、ただ一直線に運動場の隅を走らされた時のこと。走り終えた私は振り返り、ポカンとした表情の彼に首を傾げた。
え、どうかした?
まさか転ばなかったことに驚いているんじゃないよね?
「どうした花蓮」
「どうしたはこっちの台詞ですが」
駆け寄って聞かれた私は憮然として答えたが、一体何にそんなに驚いているのか。
「だってお前、すっげー足速かったぞ!?」
「え。私そんなに速かったですか?」
「速かった!」
私としては普通に走ったつもりで、自分でも最後まで転ばなかったことに、これでもドキドキとしていたのだが。何と裏エースくんがここまで驚くほどに、私の足は速かったようである。
「じゃあ私、短距離走は問題ないですよね!?」
「転ばなかったしな。あの速さなら、女子の選抜リレーにも出られるんじゃないか?」
「マジですか!」
そこまで!?
やった、走ることに問題ないのなら決して運動音痴などではない! やはり今までのことは偶然の産物で、たまたまだったのだ!
鼻高々と腰に手を当てて笑う。
「ふっふっふ。ホーホッホッホ! これが私の実力、私の真の運動能力なのです! さぁ太刀川くん。私の運動音痴という不名誉な思い込みを、今すぐ撤回して下さい!」
「いや、走り以外は絶対運動音痴だぞ。問題ない運動があったことに死ぬほどびっくりしてる」
「死ぬほど!?」
そこまで!?
あんまりな認識であったことに、今度は私が死ぬほどびっくりした。
びっくりついでに、私の足の速さの原因と言うか、上達したかもしれない心当たりがふと浮かんだ。
「もしかしたらあの訓練で……?」
「あの訓練? 何かやってたのか?」
耳ざとく呟きを拾った裏エースくんに聞かれ、心当たりを話す。
「学校外のお友達で、夏休みの間その子達と一緒に、ダイエット訓練なるものをしておりまして」
「ダイエット? 花蓮が!?」
「あ、いえ私は付き添いというか、ついでというか。訓練自体にはとある事情で参加させてもらえませんでしたが、二人はランニングマシンで走ったり、縄とびをしていました。私は……えっと、その、三輪車を与えられまして」
「賢明な判断だな」
「お黙り下さい。二人が同じことをして楽しそうな横で、一人寂しく三輪車に乗っていた私の気持ちが分かりますか。まぁそれでその間、ずっと三輪車を乗り回すことしかできませんでしたからね。最終的に三輪車が体の一部になったような感じです」
話を聞いた裏エースくんが顎に指を当てた。
「ふーん。三輪車をこいでいる内に足が鍛えられて、速く走れるようになったってことか」
「そうだと思います」
あのダイエット訓練も足が細くなったばかりでなく、走りにも影響を及ぼしていたとは。身体的にとても効果があったのは、付き添いの私と麗花だったようだ。
ということで短距離走に関しての特訓は免除となり、他の玉入れだとかダンスの特訓を重点的に行うようになって、ほんの少しずつだが運動会までのモチベーションが高まってきた。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
モチベーションが叩き落とされた。
「かっちゃん、そう。そう、上手ね!」
「うん。そのまま同じリズムで、腕と顔を上げて」
「おい。二秒遅れてんぞ」
上二人はいい。スイミングスクールの先生と先生を同じくする生徒だから。問題なのは……。
バシャン!と腕を水面に叩きつけ、指を三人目に向かって突きつける。
「どうしてここにまた貴方がいるんですか、緋凰 陽翔!!」
「人に向かって指差すな鳥頭」
「鳥頭じゃありません! 貴方こそ人の名前を覚えられないで、ずっとそれしか呼べない病のくせに!」
「ややこしい病名つけんなバカ。偽名を覚える必要ないだろアホ」
「春日井さま! この子お口の悪さが悪化しています! 注意して下さい!!」
私達の言い合いを苦笑して見ていた春日井に訴え出たら、それまで飄々としていた緋凰が慌てたように春日井に向く。
「コイツの態度にも問題あるだろ夕紀!」
「春日井さまどっちの味方ですか!」
「取りあえず二人とも落ち着こうか。お母さん、いったん休憩する?」
「そうね。でもかっちゃん、本当に最初の頃より上手になったわ」
例えお世辞だとしても、褒められたら嬉しい。
だって私は褒めたら伸びる子!
「えへへ。本当ですか?」
「お世辞に決まってんだろ」
「貴方に聞いていません」
「二人とも……。ほら向こう。向こう行こう」
プールから上がって春日井に連れられて行く最中、室内を見た時の衝撃を思い出す。
 




