Episode83-2 2学期の始まり
そんな私の予感は正しく当たった。
放課後まだホームルームが終わって間もなく、未だ皆教室に残っている中で教卓前に陣取った裏エースくんが大きく宣言する。
「皆聞いてくれ! 二週間後の運動会だけど、皆楽しく過ごしたいって思っている筈だ。中には運動が苦手なヤツもいると思う。でだ。今ボールを投げてキャッチする特訓をしているけど、それを運動会用に変える。内容はちゃんと決まってないけど、どうすれば楽しくできるか、参加するヤツ全員で考えたい。皆で運動会、盛り上げていかないか?」
「でも太刀川くん。走ったりするのって、二週間くらいで足の速さ変わると思えないし、その特訓って意味あるのかな」
運動が得意じゃない男子がそう口にすれば、それに連なるように運動苦手派の子達がその子の意見に同意する。
「確かに。それってダンスも込み? 外まだ暑いし」
「勉強もしなきゃだしね。ドッジボール上手くなりたかったからボールキャッチ特訓は参加したけど、今回はなぁ」
ボールキャッチ特訓に参加していた子からもそんな消極的な声が上がった時、「聞いてくれ!」と裏エースくんが先程よりも大きな声を出して呼び掛けた。
「特訓は強制じゃない。参加は自由で、一回参加してみて合わなかったら無理しなくてもいい。特訓って言うからアレか、言い方変えたら遊びだ遊び。ボールキャッチ特訓しているヤツなら分かると思うけど、あれも別に俺と花蓮以外は特訓って感じじゃなかっただろ? そんな感じに思ってくれたらいいぞ」
そうなのだ。裏エースくんに付きっきりで特訓を受けていた私と違って、他の皆は変わりばんこで投げ合ってかなり楽しそうだった。
私も早くあの域にいかなければ……!と、闘志が燃えたものである。
「それに」
「……それに?」
いきなり言葉を止めた裏エースくんに、続きを促す声が掛けられる。
裏エースくんに集中した教室は今や無音で、独特の空気感に私も呑まれてゴクリと息を呑む。すると、裏エースくんの右腕がゆっくりと上がって、スッと指が差し向けられた。
「このクラスには、花蓮がいる」
その瞬間、教室中の人間がハッとして、全体が緊張に包まれたのを感じ取る。
どうした。
何故ここで満を持したかのように、私の名前が呼ばれる?
「皆はずっと体育の授業で見てきた筈だ。花蓮のあの姿を」
あの姿って何だ。どの姿のことだ。
待て誰だ、「お、恐ろしや……っ」って呟いたの。教室静かだから本人まで届くんだぞ。
「ボールを投げたら高確率で顔面に直撃し、水泳ではよくビート板を失って水に沈む。そんな花蓮だけど、でもアイツはいつだって楽しそうにやっていた。何回も失敗しても、次こそはって諦めなかった。そんな花蓮が言ったんだ。苦手な子は練習して自信をつけたら、運動会も楽しめるんじゃないかって」
「百合宮さんが……そんなことを」
「あの、ちょっといいですか。太刀川くんの言い回しが少し気になるのですが」
真剣な空気が漂っているところ悪いけど、何か私の存在亡き者として扱われていないか?
私の発言に答えることなく、ダン!と教卓に両手をつき、首を巡らして全体を見渡す裏エースくん。
「あの花蓮でさえ、運動会を楽しみに待ちわびている。練習をしようとやる気を出している。皆が運動会で楽しめるには、どうすればいいかって悩んでいた。本人は練習にも参加するつもりだ。ボールキャッチ特訓に参加したヤツなら分かると思うけど、俺が付きっきりで見てさえアレだ。練習したとして、それでどれだけ運動会までに成長できるか分からない。最悪……全校生徒の空気が、凍るようなことが起きるかもしれない」
途端、教室内がどよっとざわめき始めた。
「そ、それだけはダメだ!」
「皆の運動会の思い出を守らなくちゃ! 親も見に来るのに」
「あの百合宮さんが、運動が苦手な私達のことを心配して悩んでくれたなんて。自分も大変なのに」
「俺は特訓に参加していたから分かる。百合宮さんを成長させるのはどの問題より難問だぞ」
「……分かった! 百合宮さんが成長じゃなくて、俺達が成長すればいいんだ!」
「なるほど、森の中に木を隠すってことか」
誰かが言ったその言葉に、皆が発言者へと顔を向ける。
「「「「「それだ!!」」」」」
「待って。待ちなさい。それだ!!じゃないんですよ!!」
私と裏エースくんと目の前に座すたっくんを除いた、クラスメート全員が立ち上がってわああぁ!と盛り上がる。
教室内の少し前の静けさがうそのように、一致団結して皆やる気に燃えていた。楽しそうな雰囲気になったのは素直に喜ぶべきことであるが、如何せんそのやる気の元が遺憾過ぎる。
何だ森の中に木を隠すって。臭いものには蓋をすると同義だぞ!
皆夏休みの間に何かあった!? 二学期入って私の扱い、急に雑になってない!?
「拓也くん! 拓也くん!!」
「良かったね、花蓮ちゃん。皆楽しそうだよ」
「はい、それは良いことで……って、そうじゃないです! 皆私のこと、どういう風に見てるんですか!?」
ニコニコと言われて、つい頷いてしまった。
けれどすぐに我に返り問えば、彼は笑顔のままにこう答えた。
「どういう風って、皆花蓮ちゃんを助けたいって思っていると思うよ。心配してくれた花蓮ちゃんの気持ちに応えたいって思ったから、こんなに盛り上がっているんだよ。ほら見て。もう誰も憂鬱そうな顔なんてしてないでしょ?」
促されて周囲を見るも、確かにたっくんの言う通りで。
「そ、それはそうですけど」
「ねぇ花蓮ちゃん。僕、運動会すごく楽しみ!」
「……私も楽しみです!」
皆の熱気が伝染したのか、たっくんもそのやる気を両手に拳を握ってアピールし、そんな彼を見てその可愛さについつい頬が緩んで、デレデレと同意する。
うーん。運動苦手な側のたっくんもこう言っていることだし、まぁいっか。
たっくんの可愛さに遺憾がサラサラと風に飛ばされて消え、後に残ったのは二週間後の運動会へのワクワク感だけであった。
「花蓮のフォローサンキュ。お前すごいな。花蓮笑顔にさせる天才か」
「ううん。新くんの方こそ、クラス全員やる気にさせるのすごかった。僕びっくりしちゃったよ」
「役割分担って大事だな。さあて、明日からまた昼休憩忙しくなるぞ」
「忙しいって言う割に、新くんも楽しそうな顔してるよ」
「そうか? ……そうだな!」
いつの間にか裏エースくんが寄って来てたっくんとそんな話をしていたことは、その時クラスを見渡して笑顔でいた私の耳には入ってこなかったのだった。




