Episode10-2 ハロウィンパーティへ行く
車から降りた私たちは、運転手さんとともに会場へと足を進める。
「いいですこと!? ここまで来てしまったらもう仕方がありません! パンダの中身が百合宮家の令嬢だなんて知れたらとんでもないですわ。奏多さまに恥をかかせないためにも、絶対会場を出るまで被り物は取ってはダメですわよ!」
「ええー」
「えーじゃありません! 百合の貴公子と呼ばれている奏多さまの妹がパンダだなんて、彼に憧れているお姉さま方の夢を壊す気ですの!?」
百合の貴公子!?
お兄様ってばそんな呼ばれ方されてんの!?
てか何で麗花がそんなこと知ってんの!?
「麗花さん、どこでそんな情報を?」
「お姉さま方が話されているのを偶々聞いたのですわ。……生温い視線を向けるのはお止めなさい!」
「わぷっ」
手に持っていたパンダの頭を奪われ被らされた。
麗花さん前見えない。これ頭の向き反対だから。
よいせと頭の向きを直してやっと正面に整えて見た視界は、結構クリアだった。
秋だから空気も肌寒くなってきたけど、着ぐるみだったら温かいし防寒面では大変有効である。
それに着ぐるみを衣装として選んだのにはウケ狙いなわけではなく、これでもちゃんとした理由があったりする。
麗花は気づいていないかもしれないが、薔之院家はおいそれと気楽に近づいていける家格の家ではない。
海外に事業を発展させている薔之院家と結びつきたい家は掃いて捨てるほどおり、子供を使って取り入ろうとするところもある。
そういった輩は麗花が聡明なこともありすぐに見破れるらしいのだが、それ以外の家の子となると上がってしまってキツイ物言いになり、怖がらせて怯えさせてしまう。
そんな感じだったから、今まで友達作りに難航していた麗花。
麗花の家と何のしがらみもなく気楽に話せる家と言ったら、攻略対象の家くらいなものだ。自慢ではないが私の生家である百合宮も薔之院と家格は同じ、いや歴史を考えれば百合宮の方が上か。
ここで考えてみて欲しい。
そんな目上の家の子供がある日、突然更に目上の家の子供と仲良く目の前に現れたら。
そんなの、私がその子でも萎縮して話し掛けるどころか尻尾巻いて逃げ出すわっ!
仲良くなるよりもまず先に目をつけられたら、相手側からしたら溜まったものじゃないだろう。人間、危ない橋は渡るものではない。
だからこその緩和剤とも言えるパンダだというのに、麗花ときたら恥ずかしいだの何だのと。まったく、友達の心友達知らずとはこのことである。
「麗花さん、私は悲しいです」
「パンダは人語を喋りませんわよ」
……それってパーティの間中喋るなってこと!?
ひどっ!
抗議の為テシッテシッと麗花の背中に軽くパンチしていると、「お止めなさいっ」と頭を叩かれた。
ちょ、これは立派なパンダDVだぞ!
そして気づかなかったが既に受付まで来ていたらしく、このやり取りを見ていた受付のおじさんの笑い声でようやく気がついた。
「はははっ、申し訳ない! とても可愛らしいやり取りで思わず笑ってしまった。こちらは薔之院家の麗花さんでお間違いないでしょうか?」
「はい、麗花お嬢様ご本人です。こちらは……」
「不詳パンダで結構ですわ」
運転手さんの紹介を遮って、麗花が堂々とそう言い切る。
不詳パンダって何だ!
受付くらいなら別に私だとバレても問題ないでしょう!?
「では薔之院さまとパンダさま、どうぞお楽しみ下さいませ」
クスクス笑われながら通された。
パンダでいいのか受付さん!?
いやまぁ運転手さんもいるし、怪しい者ではないことは理解して頂けているんだろうけど。
と、会場の扉前までやってきた私と麗花は、ここで運転手さんと別れることに。
気になったんだけど、麗花っていつもこういう場は一人だったのかな?
今回の仮装パーティは子供主体のためか親子そろって来ているところは少ないが、それでも付き添いでお手伝いさんらしい人はちらほら見える。
私と出会った時のお茶会も一人だったし。
今はパンダだから話せないけど、終わったら聞いてみよう。
そんな思いを胸に麗花と扉を開けて入ると、思った以上に会場の中は人でいっぱいだった。
うわ~子供がたくさんいる~。
入り口付近だとちらほら見えていた大人の姿も、先程の比ではなかった。
あまりの人の多さにパンダ姿なのをいいことに呆気に取られていると、麗花が腕を引っ張ってきた。
「何をしておりますの。まずは主催者にご挨拶ですわ」
お、おう。流石にこういう場の参加が多い麗花さんは慣れていらっしゃる。
腕を引かれて足を進めていると、私たちに気がついた子達は皆が皆、驚いた表情でこちらを見てきた。
「パンダ……?」
「パンダだ」
「何でパンダがここに」
「しかも一緒にいるのって薔之院家の麗花さんだろ」
「仮装パーティって言ってもパンダなんて」
「何なんだ、あのパンダは」
すれ違う度に聞こえてくるざわめきに私はチラッと円らなパンダ目から麗花を見遣ると、堂々と歩きながらも彼女のその表情は微かに赤く染まっていた。
……ごめん麗花。
パンダって無しな分類だったんだね。
恥ずかしい思いをしながらも決して腕を離さない麗花に、俄然私はやる気に満ち溢れた。
見守るだけのつもりだったけどこの花蓮パンダ、麗花の為にひと肌脱ごうではないか!
だがしかし。
「あなたは何もしなくていいから、お菓子でも食べてなさい」
やる気に溢れた瞬間、すかさず麗花からストップがかかった。
私は戦慄した。なぜ分かった。




