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空は花を見つける~貴方が私の運命~  作者: 小畑 こぱん
私立清泉小学校編―1年生の1年間―
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Episode79-2 2つの約束

 ベンチの後ろから掛けられた声に、ビクリと肩が跳ね上がる。

 だれ。いやだ、怖い……!


「あ、いやちょっと体調が悪くなったんだ。だからコイツの親父さん、呼んでこようと思ってんだけど」

「そうなのか」


 裏エースくんが見知らぬ誰かに説明する間も、ずっと目を閉じて顔を伏せていた。何も考えられない。


 行っちゃやだ! 一人にしないで!!

 そんなことばっかりが頭の中を巡って、どうしようもない。


「俺が代わりに付いていても良いが」

「え。いやでも」

「また会おうって、約束しただろう」

「!」


 また会おう。


 それは、私に向けて言った言葉。



『ふふっ、ありがとうございます。またお会いできるといいですね!』

『……ああ。楽しみにしてる』



 じわ、とまた新たに涙が滲む。

 震える手が、ようやく裏エースくんの手から離せられた。


「わ、私、この子なら、大丈夫です。お父様、呼んできて」

「大丈夫か?」


 コクっと頷くと、少し迷ったような間を置いて「分かった」と言って、足音が離れていく。

 入れ替わりに別の気配が少し距離を空けて、隣に座ってきた。


「ごめん、なさい。ちょっと、顔上げられません」

「いい。体調が悪いのなら無理はしない方がいい。今は、無理なんだろう?」


 無理だった。前に面識があったから裏エースくんの手を離せたけど、そうじゃなかったら絶対拒否していた。

 涙声なのとグスッと鼻を鳴らすせいで、泣いていることはバレバレだと思う。この子とも、こんな再会になる筈じゃなかったのに。


「……?」


 サラッて、腕に布地のような感触が触れた。

 顔を動かして僅かな隙間からそっと窺うと、見覚えのある明るい水色のハンカチが腕に当てられていた。


「使えばいい。こんな時のために使うものだ。遠慮するな」

「……あり、がとうございます」


 一度返却し、また帰ってきたそれを受け取り顔に押し当てる。

 良い匂いがする。優しい……。


「また、会えますか?」

「会えるよ。会えただろう?」

「約束。守れなくて、ごめんなさい」


 顔が上げられない時点で、自己紹介なんて出来っこなかった。


 次、いつ会えるかなんて分からないのに。

 当分こういう場の参加は、多分ダメそうだ。


「約束しなくても、大丈夫だと思う。アンタとはまた会える気がする」


 どこから湧いてくるんだその自信は。

 でも、何故だろう? 私もそんな気がする。


「四度目の正直、ですか?」

「あぁ。三度もあれば四度目もあるだろう」

「ふふっ」


 思わず笑ってしまう。

 お母様じゃないけれど。



「四度目。本当に会えたら、それって運命みたい」



 息を飲む音に、何か変なことを言っただろうかと思った時。


「待たせた!」


 後ろからのその声が、裏エースくんのものだと分かる。近づいてくる足音が止まって、隣の気配がフッと離れる。


「戻ってきたのなら、俺はもう行く」

「付いていてくれて、ありがとな」

「いや。……じゃあな」


 静かに立ち去る音に恐る恐る顔を上げて見れば、艶やかな黒髪を揺らしながら背を向けて歩いていく、堂々とした後ろ姿があった。


 手に持つ水色のハンカチを見つめ、そっと撫でる。

 また借りちゃった。次、返せるかな?


「さっきの、会ったことあるのか?」


 そう言って隣に腰を降ろしてきた裏エースくんに、今までのことを思い出して思わず苦笑してしまった。


「想像もしていない場所で、二回ほどお会いしました。社交の場じゃなかったのでお互い自己紹介せずに別れたんですけど、本当は今日会って自己紹介する筈だったんです。でも、顔も上げられなくて、無理でした」

「そっか。また会えるといいな」

「はい。……そういえば、お父様は?」


 呼びに行ってくれた筈なのに、どこにも姿がないことを不思議に思って聞いたら彼は、「あー……」と言って気まずそうに頬をかいた。


「おじさん集団の中に突っ込んでったんだけどさ、本当のこと言えないだろ? さっきみたいに体調悪くなったって言ったんだけど、何か、しつこいおじさんに捕まってて。もうちょっと待っていてほしいって」

「……」


 信じられない。愛娘の一大事にすぐに駆けつけないとは何事だ。

 最早神の鉄槌は免れられないことだろう……!


「本当のこと、言えるか?」

「……言わないと、でもまた同じことが起きてしまいます。私だけにあったことじゃないんです」

「!! アイツ……! ……分かった。でも、無理するなよ」

「はい」


 無理はするなと、あの子と同じことを言う裏エースくんに微笑み返したところで、ようやくお父様が走ってくるのが視界に入ってきた。


「花蓮! どうし、そんなに体調が悪いのか!?」


 泣き過ぎて目が真っ赤になって、れているのだろう。そんな私の顔を見たお父様が大慌てで聞いてくるのに、ジトっとした視線を返す。


「……すぐに来てくれないお父様なんて、お母様に言いつけてやります」

「すまなかった! すぐに病院に…」

「あの! 病院じゃなくて、家の方が良いと思います。早く連れて帰ってあげて下さい」

「私も、その方がいいです」


 裏エースくんの提案に最初は怪訝そうにしていたものの、私も同意したことで何かあったことに気づいたのか、途端難しそうな顔をして「分かった」と頷く。

 ベンチから抱え上げて私を抱っこしたお父様が、裏エースくんを見つめる。


「太刀川くん。報せてくれてありがとう」

「いいえ。友達なんで」


 何でもないことのように言う彼に、私も心残りを口にする。


「最後まで、一緒にいれなくてごめんなさい」

「気にすんなそんなこと。また、学校で会おうな」

「……はい!」


 ニカッと笑う彼に私も笑顔で返し、その場を後にした。


 何も説明していないのに、敢えて人気のない道を通って建物を出て車に乗った時も、お父様は何も言わずにずっと隣に座って手を握っていてくれた。裏エースくんよりも大きなその手は、やはり私を安心させるもので。


 今はただ、そんな心地良い温もりを感じていたかった。


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