Episode75-2 水島会社設立25周年パーティ
「お父様」
「うむ。では私も他の方に挨拶をしてくるな」
帰る時は、会館ホールの受付前に集合することを約束している。
お父様と別れて裏エースくんのところへ行くと、ニカッと笑顔で挨拶してきた。
「よっ。久しぶり」
「そう久しぶりでもないですけどね。お父様はご一緒ではないんですか?」
「おう。適当に連れ回されて今はほったらかし。ま、こっちもその方が気楽でいいけどな」
ふーん。そうなんだ。
裏エースくんのお父さん、どんな人か見てみたかったんだけどな。
「どうします? 色々見て回ります?」
「うーん。……ちょっとこっちいいか?」
そう言うと手を引かれて、会場から直接庭園へと出られる方へ向かい、会場から背を向けた方向に設置されているベンチへと一緒に座らされる。
座った時に一度会場へと顔を向けた裏エースくんは、何だか少しだけ様子が変だった。
「何かありました?」
「いや。逆にさ、お前が何かあったか?」
「え?」
きょとんと目を瞬かせると、僅かに首を傾げて見つめられる。
「花蓮目立つからさ、親父さんと一緒に会場入ってきたのすぐ分かった。まぁ最初に主催者に挨拶に行くのは当然だから見てたんだけど、途中ちょっと固くなってなかったか?」
「……私、普通にしていたつもりですけど」
「そうか? 何だ、俺の勘違いか。そうだよな。花蓮人見知りじゃないし、こういう場って平気そうだもんな」
そう言ってホッとしたように、ベンチに背中を預ける裏エースくん。
……何で気づくかなぁ。本当に君は私と同じ小学一年生かね。
思わぬ指摘に苦笑して、裏エースくんにならいいかなと思い、あの時感じたことを素直に話してみる。
「水島さまのお子様のことなんですけど、お兄様の方とご挨拶した時に握手したんです。その時にですね、手を離す時にこう、ちょっと親指で手の甲を撫でられたような気がしまして。いえ、多分たまたまそうなっちゃっただけだと思うんですけど」
うん、気のせい気のせい。
だってまだ小学一年生と三年生だもんね。さすがにわざととか有り得ないよね。
「俺の時は握手なかったけど」
口に出して気持ちが軽くなったのに、裏エースくんが固い声でそんなことを言うものだから、ヒクッと口角が引きつった。
「女子と男子ですしね!」
「俺の時だけじゃなくて、他の招待されている女子ともしてなかったぞ」
「太刀川くん! 何でそういうことをあえて言うんですか! ちょっと怖いじゃないですか!」
気のせいだと思いたいのに私としか握手してなかったって、それ限りなく黒っぽいじゃん! ヤダよ、そんなことする小学三年生!!
「言わなきゃ警戒しないだろ、お前。自分の感覚信じとけ。俺だって何か蛇みたいなヤツだなって思ったし、第一印象は大事だぞ」
そんなこと言ったら、君の場合はお調子者なんだけど。
「警戒って。こんな人のいる場所で、何かできます?」
「実際手の甲撫でられたんだろ」
「で、でもそれは私の気のせいで、勘違いかもしれませんし」
「いいか花蓮」
突然真剣味を増した声に、思わず口を閉じる。
「イヤだと少しでも感じたら、それはお前にとってイヤなことだ。お前は我慢するな。いつもみたいにぶーぶー言え。分かったな」
「……はい」
いつもと違う裏エースくんの雰囲気に、大人しく返事をするしかなかった。
何とか場の空気に合うような明るさに戻したくてキョロキョロしていると、庭園の奥にある生垣が目につく。
「太刀川くん。あそこの生垣、すごく高いですね。外から見えないようにしているんでしょうか?」
「ん? いや、あれ迷路みたいだぞ。結構複雑みたいで、子どもだけで入ったらすぐ出られなくなるからあそこには行くなって、親父から言われた」
「そうなんですか。もう少し大きくなったら大丈夫でしょうか?」
「入りたいのかよ」
聞かれ、うーんと考える。
「絶対入りたいってわけじゃありませんけど。でもせっかく造ってあるんですし、入らないの勿体なくないですか?」
「勿体ないって。まぁまた今度な」
今度、と言うことは一緒に入ってくれるのだろうか? せっかくだから学校の皆とも、ワイワイ騒ぎながら探険できたらいいな。……うん、絶対楽しいだろうな!
想像してニコニコしていたら、裏エースくんから苦笑が漏れた。
「なに笑ってんの」
「拓也くんや相田さんたちと一緒だったら、どうだろうなって思いまして。絶対楽しいですよ! 遠足の時みたいに太刀川くんが先頭に立って、下坂くんと西川くんとあっちはこうだそっちはどうだって言い合って。その中に相田さんが入ってじゃあこっち!って。木下さんは相田さんにひっついていて、そんな様子を私と拓也くんは手を繋いで、一緒に微笑ましく見ているんです!」
「何だそれ。花蓮と拓也なにもしてないのかよ! そんでどうなんの」
「そんな私と拓也くんの間に、寂しがり屋の太刀川くんが割り込んできます。そんな感じだから中々ゴールまで行けないでしょうけど、でもどうですか? そんな気がしません?」
「……確かに! あーヤダな。そんなわけないだろって言いたいのに、マジでそうなる気がする」
そう言って笑い出す裏エースくん。
二人でそんな想像の中の私達の行動を膨らませて楽しく笑い合っていると、「新!」と会場の方から、裏エースくんを呼ぶ男の人の声が聞こえてきた。




