Episode73-2 太陽編攻略対象者 緋凰 陽翔
……うーん。ちょっと、やり過ぎた、かな?
関わり合いたくないのはこっちの事情だし、常識的に考えなくても私の態度は失礼過ぎる。
それに相手は緋凰家の御曹司。
家格にしたらあまり差はないとはいえ、向こうの方が上だ。
しょんぼりと顔を俯かせる。
「……失礼なことをしているのは分かっています。ですが、最初に失礼なことをしてきたのはあっちです。一生懸命息継ぎ練習をしていた私に向かって、誰だそこの不審者って。私だって春日井さまじゃない知らない人に、急にそんなこと言われてびっくりしたんです。……お手伝いさんが止めない時点で、春日井さまのお友達っていうのは何となく分かりましたけど。でも、怖い顔でそんなこと言われて、怖かったです。この前みたいに隠れられる場所なんてありませんし、立ち向かわなきゃって。でも、やっぱり聖天学院の子は怖い子ばっかりです。怖くて、名前なんて言えません……っ」
ずっとプールに入っているせいでさすがに体が冷えてきて、声がリアルに震えた。
ゴーグル越しにそっと上目遣いに春日井を窺うと、何とも言えない気まずそうな顔をしている。狙い通りである。
緋凰の中で私という存在を猫宮 亀子のまま押し通すには、春日井の協力が必要不可欠。彼の良心を利用するので私の良心も痛むが、背に腹は代えられない。
「百合宮さんからしたら説得力ないかもしれないけど、怖い子ばかりじゃないよ。陽翔も、あんまり女の子と会話しないからあんな態度だけど、悪い子じゃないんだ。よく家に遊びに来るから他の子と一緒になって、多分彼もびっくりしたんだと思う」
「……私、ちゃんと名前言わないとダメですよね。でも怖い顔をされると、有栖川さまにいきなり叩かれたことを思い出してしまうんです。あ、ほらこっち睨んでいます……!」
「えっ。陽翔! ちょっと向こう向いてて!」
「はあ!? 何でだよ!」
「いいから!!」
有無を言わさぬ強めの言葉に納得いかないながらも、言う通りにする緋凰は案外素直なヤツである。
明らかに不機嫌な緋凰と震える(寒い)私の様子を交互に見て、どうするか春日井の中で決まったようだ。一つ頷いて、私に告げる。
「名前のことは分かったよ。会ったばかりだし、百合宮さんが陽翔に慣れて教えても大丈夫って思ったら、ちゃんと自己紹介しよう? でも彼は百合宮さんの事情知らないし、このままじゃ納得するのは難しいと思うからそこは僕から説明するけど、いい?」
「……分かりました」
何て説明する気か知らないが、私に不利な状況にはならないだろうと判断し承諾する。
プールに近いため歩いて緋凰の元へと向かった春日井が話し出すと、緋凰は不機嫌そうにしていた顔を途中から緩和させ、しかし最終的にまた眉間に皺を寄せた。
遠目でしかもゴーグル越しだが、やはり乙女ゲーのメインヒーロー。
観察して今更ながらに、その容貌の際立った整いように感嘆の溜息を吐きたくなる。
春日井も秋苑寺も、子役モデルと紹介されても疑うべくもない顔立ちをしているが、緋凰においてはそこにただ立っているだけなのに何だか逆らえない魅力を感じる。
王者のオーラとでも言うのだろうか。
私でさえゴーグルという防御とライバル令嬢という矜持がなければ、間抜けな顔で見惚れていた可能性がある。
麗花にピーポーウォールが発動されていて、本当に良かった。いつまで保つか分からないけれど。
緋凰でさえこう思ってしまうのだから、美貌の描写が事細かく表現されていた白鴎なんて一体どんなのになっているのか。あっ、胃が痛くなってきた……!
「ゆ……猫宮さん」
想像してしまったばかりにキリキリする胃の辺りを押さえていると、春日井が緋凰と一緒に傍まで来ていた。
「お話は終わったのでしょうか」
「うん。陽翔」
「……不審者とか言って悪かった。顔は元からこうだから、文句言われても受け付けねぇぞ」
謝罪されたことに目を丸くしてしまったが、春日井がうまく言ってくれたのだと思い、私も少し考えて緋凰に向き合う。
「私も不法侵入者って言ったり、失礼な態度を取ってすみませんでした。名前のこと、私のことはちゃんと名乗れるまで猫宮 亀子でお願いします」
「分かった」
コクリと頷く緋凰に平静を装いながら、内心では僅かな罪悪感が沸いた。
家同士のこととは言え曲がりなりにも麗花の婚約者なくせに、ヒロインに惹かれて麗花を断罪する相手として見ていたが、幼い緋凰はとても素直で単純な子のようである。
……麗花も高飛車で典型的なお嬢様かと思ったら、不器用でツンデレな可愛い女の子だったしな。今やそんな彼女の親友と言っても過言ではない、この私。
まぁ現時点で婚約者でもないし、麗花から見て幻の存在なわけだし、そう敵意を持って接しなくてもいいのかもしれない。




