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空は花を見つける~貴方が私の運命~  作者: 小畑 こぱん
私立清泉小学校編―1年生の1年間―
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Episode69-2 瑠璃ちゃんのお悩み相談

「まずはランニングから始めましょう。操作はこう、こう……合ってますの? 西松」

「はい。大丈夫ですよ、お嬢さま」

「良かったですわ。瑠璃子も覚えました?」

「うん。難しいのかなって思ってたけど、意外と簡単なのね。スローから始める、と」


 ところ変わって in 薔之院家。


 瑠璃ちゃんの食事メニューに関しては、あっさりと変更が効いた。

 三人揃って米河原夫人に説明をしに行ったら、瑠璃ちゃんのダイエットへの熱意に加え、成功した暁には新たな健康惣菜(そうざい)メニューとして売り出すということで、米河原家にとっては試作の一環となった。


 そして本格的を体験してからの方が家でどの程度やればいいのかが分かるのではないか、ということで午後始め、早速取りかかる運びとなったのである。


 上下ジャージという格好の私達三人と、ピシッとスーツを着こなしている執事長の西松さんと、ラフな格好の運転手の田所さん。


 子どもだけだと何かあったらいけないということで、西松さんと田所さんが見ていてくれる。皆が和気あいあいとランニングマシンを操作する中、私は一人ポツンとそれを見つめていた。


「なぜ私だけ三輪車」


 ところ変わって私 ride a 三輪車。


 間違いがないように言っておくが、トレーニングルームに三輪車があらかじめ置いてあったわけではなく、薔之院家に向かう途中でどういうわけか私用にわざわざ購入されたのだ。意味不明である。


「麗花ー! これどういうことー!?」


 少し離れたランニングマシンにて呼ばれた彼女は、この時ばかりは一つにまとめた縦ロールポニーテールを揺らして、スンとした表情で振り返った。


「あら、私はそれが正解だと思いますわよ」

「理由を述べよ!」

「失敗続きというのが気になって、柚子島書店に連絡して体育のことを柚子島さまに確認しましたの。色々とお聞きできて良かったですわ」

「なっ。た、拓也くんに!? え、いつ!?」

「貴女が瑠璃子の家でお手洗いに行っている間ですわ」


 私がいない間にコソコソと何をしているんだ!

 これじゃろくに安心してトイレも行けないよ!

 そしてたっくんに情報提供されたんじゃ、私に反論の余地なし!!


 私が大人しく三輪車をキコキコ漕ぎ始めたのを見届け、麗花と瑠璃ちゃんもランニングマシンのゆっくりペースで走り始めた。

 キーコキーコとルーム内を周回する中、走る二人を見る。


 さすが将来スポーツに重きを置く、紅霧学院に進学予定の麗花。彼女が呼吸を乱すことなく平然と走っているのに対し、瑠璃ちゃんはどうかというと。


「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ」


 ……うん。頑張っている。頑張ってはいるんだけど。


 タッタッタッタッタッタ。

 ぽてっ。ぽてっ。ぽてっ。


 お分かりだろうか。

 上が麗花、下が瑠璃ちゃん。この音の違いを。


 走り始めて三分くらいだろうか。丸いほっぺに流れ落ちていく、大量の汗。まるで通り雨に降られたかのような惨状である。おっと、よそ見していたら三輪車が田所さんの足に衝突してしまった。


「田所さん。あのままじゃ瑠璃ちゃん干からびちゃいます。何か飲み物とタオルを渡してあげて下さいませんか?」

「そ、そうですね。瑠璃子お嬢さま!」


 瑠璃ちゃんの惨事を田所さんも呆気に取られて見つめていたので、取りあえず解凍させる。


 必死に走って……走り……いやあれは競歩とも言えぬ……何だあの足の動きは!? いつも走る時はスローモーションなのも、あの独自の足の運び方故そうなるのか……?


 私のビート板すべりの謎とともに、瑠璃ちゃんにもスロモ走りの謎ができてしまった。


 この案件を裏エース先生に相談するか否かを熟考している間に、田所さんが瑠璃ちゃんに声を掛けて一旦中断させてドリンク飲料と白いタオルを渡している。

 こきゅこきゅとゆっくり飲んだ後に輝く笑顔は、まさに風呂上がりのコーヒー牛乳のそれだった。


 隣がそんな感じなものだから、ダイエット訓練に付き合っている麗花も微妙な表情をしている。汗一つかいていない彼女にも、西松さんからドリンク飲料とタオルが渡された。


 あんな惨事を目の当たりにしてしまえば、もっと頑張ろうねなんて誰も言えない。


 うーん。汗をかくのと脂肪の燃焼は別物だよなぁ。どうしたものか。

 ランニングより前に競歩の方が……あれ。待て。スロモ走り……えっ。


「麗花、麗花!」


 手をこまねいて呼び、こっちに来た麗花に三輪車にまたがったまま、気づいてしまった世にも恐ろしい事実を告げる。


「何ですの?」

「あのね。気づいちゃったんだけど、瑠璃ちゃんって歩くのは普通の速さなの。でも走る時だけスローモーションになっちゃってるの!」

「え、逆に? まさか。そんなことあるはずが……」


 一息つき終わった瑠璃ちゃんが、再度ランニングマシンの上でぽてっ、ぽてっ、ぽてっ、と走り出す。本人の体感としても、外野で見ている私達にも彼女は走っているのだろうと認識はできる。速さは別として。そして数分もしない内に通り汗の惨状再び。


 数分前と同じことを繰り返し、ジッと見つめている私達に気づいた彼女が、苦笑いしてこちらへと歩いてくる。――トコトコトコと、普通の速度で。


 チラッと見た麗花の顔は、青かった。


「ごめんね、一緒にやってくれているのに。私、すぐ汗かいちゃって」

「い、いえっ。る、瑠璃子は頑張っていますわ!」

「そうだよ! たくさん汗かいたらきっと痩せるよ!」


 アハハとぎこちなく笑う私達の様子は、瑠璃ちゃんの目にはおかしく映らなかったようで、彼女はふふふと笑う。


「うん! 何か私、痩せられるような気がする!」


 ペカーとやる気溢れる笑顔の前で、恐ろしい事実を告げることは不可能。


 瑠璃ちゃんがルンルンと再びランニングマシンへと向かって行った後で、私と麗花は揃って顔を見合わせ、瞬時にお互いの認識を擦り合わせた。


「ダイエットには関係ありませんわよね?」

「多分。運動量と汗の比率が合ってないけど、痩せれる?」

「縄とびに切り替えた方がいいのでは?」

「でも本人ランニングにやる気マックス」

「……」

「……」

「夏の課題ですわね」

「どっちもだね」


 コクン、と同時に頷く。

 瑠璃ちゃんのダイエットと、歩いた方が走るよりも速い謎の解明。


 私達の夏休みは、まだ始まったばかりである。


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