Episode9-3 文通を始める
私がリーフさんへの喧嘩状を送ってから、宣言した通り三日に一度のペースだったものが、あれからぱったり途絶えた。
それ見たことか、私の文通経験値を舐めてはいけない。
お兄様からは一回だけあの時書いた内容を聞かれたが、「相手が嫌々で書いたものの返事を書く気が起きなくなっただけです」と言うと、何やら納得されてそれ以上は言われなくなった。
私だってこれでも小学校に上がるまでの家庭教師やら麗花の相手やら、外出のお断りで忙しいのだ。あんな器械的な感情のこもっていない手紙の返事をのうのうと書いている暇はないのだよ。
そうして私なりに閉鎖的だが充実とした日々を過ごしていると、文通が途絶えてからきっかり三週間後、またもやお兄様が見覚えのある水色の封筒を手に私の部屋へとやってきた。
「……なんですか、それ」
私の纏う嫌そうな雰囲気を見て取り、苦笑するお兄様。
「受け取ってあげて。いつもは友達から受け取るんだけど、今回は本人がわざわざ直接学校まで持って来たんだよ」
「え?」
封筒を睨みつけていた視線をお兄様へと戻す。
「花蓮の手紙、結構ショックだったみたいだよ? どうして花蓮が怒ったのかも理解して、今度はちゃんと文通したいんだって。どうする?」
ヒラヒラとさせられている水色の封筒。
少しの間逡巡した後、私はそっと封筒へと手を差し出した。
「受け取ります、お兄様」
「ん」
封筒を渡したお兄様は静かに部屋を出ていき、私は渡された封筒を開封して中身を検める。
その内容は、リーフさんがくれた手紙の中で一番文章量が多いものだった。
<天さんへ。
久しぶりにこうして書き始めると、何を書いたらいいのか分からないものですね。天さんからもらった手紙を読んで、反省しました。確かに天さんが書いた通り、僕は兄に言われたまま心配をかけまいとして楽しく書いていた訳ではありません。むしろ面倒だと思っていました。
けれどそんな気持ちは字に出るものなんですね。今まで書いてくれた天さんの手紙をすべて読み返して、僕の物とは違って何を書こうかという悩む天さんの姿が頭に思い浮かびました。不愉快な思いをさせてごめんなさい。
僕と文通するのはイヤになってしまったかもしれませんが、もう一度返事を書いてはもらえないでしょうか?
今度はちゃんと、天さんとお話をしたいです>
手紙を読み終え、その筆跡が達筆で丁寧なものなのは同じだったが、何度も消して書き直したような跡があったのは初めてのことだった。そのせいか便箋の表面はちょっとよれていて皺がある。
「ぷっ。むしろ面倒だと思っていたって、正直すぎ。リーフさん潔いなぁ……、あれ?」
手紙を封筒の中に仕舞おうとして、何かに引っ掛かる。
中を取り出して見れば、少しだけ目を見開いた。
「これ、栞?」
上質な紙に植物の絵が描かれたものを綺麗にラミネートされて、穴があいた部分に白いリボンが結ばれている。
どうみても手作りのそれに少し驚いたが、描かれた植物が何か分かった瞬間あっと思う。あまり絵は得意ではないのか、けれど特徴をどことなく掴んでいるそれは、確かにあの植物だと思った。
「これってアイビー? リーフさんがわざわざ?」
手作りと思わしき栞を片手に手紙と交互に見比べ、どうしてだろうと考える。
確かリーフさんは読書が好きって前の手紙に書いてあったけど、本を読む時に良かったら私にもこれ使ってってことなのか。
「ん? 前の手紙……あっ」
好きなものと言えば、私も確か前に花が好きだと書いた。
思い至って本棚から花言葉辞典を手にとって調べてみれば、アイビーの花言葉は――“友情”。
この手紙にもすべてを読み返してって書いてあるから間違いない。
「……もう。こんなことされたら許すしかないじゃん」
今までリーフさんに抱いていた嫌な気持ちが、さっと晴れていく。
本当に反省しているのと、仲直りしたいという気持ちを受け取った私は心穏やかに筆を執った。
今度使うのは背景に青い花があしらってある、可愛さよりも上品さが勝る便箋。
とてもよく筆が走った私は、書き終えた手紙をお兄様へと届けに行く。
お兄様は私の表情を見て、ふっと微笑んだ。
「随分楽しそうな顔をしているね?」
「――はい! 次にどのようなお返事が来るか私、とっても楽しみです!」
百合宮 花蓮六歳、初めての文通友達ができました。




