Episode64-0 初めてのプール授業
夏だ。祭りだ。プールだ!
ということで、本日より学校のプール開き解禁である!
ドッジボール関連では計三回クラスの空気を凍らせてしまった私だが、ボールを使わない種目である水オンリーのプールであれば、そんなことが起きる筈もない。
……と、思っていた時期が私にもありました。
「ちゃんと顔あげて息継ぎしろ! また溺れるぞ!」
「ブクブクブクブク」
「なに言ってんのか分かんねーよ!」
ぷはっと水面から顔を出して、水底に足をつける。
「何ですか聞こえません!」
「ちゃんと顔をあげて息継ぎしろって言ってんの! お前何でずっと水に顔つけてんだよ」
「足をバタバタさせるのに必死なんです」
「息をしないと人間って死ぬんだぞ」
真顔でそんなこと言われても。
そっと周囲へと視線を向ければ、皆の楽しそうな声と姿が……。
「私も混ざりたい……」
「息継ぎくらいできるようになったらな。おい、そんな目で見てもダメだぞ」
「太刀川くんはスパルタ先生過ぎます……」
五十嵐担任も何で裏エースくんに頼んだ。
そこは五十嵐担任が世話してくれるのが定石じゃないのか。
私だってプールに入るまでは、大丈夫だと思ったんだよぅ。準備運動だってしっかりしたし、プール前にするシャワーだって、十秒浸かるのだってちゃんとしたのに。
「何でビート板使ってるのに、開始五秒で溺れるんですかああぁぁ!!」
「運動音痴だからだろ」
「そんなバカな!」
全部が全部運動音痴で通ると思うなよ!
これはアレだ、たまたま手がすべってビート板が手から離れただけで。
「たまたまでビート板から手がすべるか」
「何で分かったんですか!? エスパー!?」
「顔に書いてあるんだよ」
「そんなバカな!」
トランプだけじゃなく、プールでも顔に出てるの!? おい私、淑女の微笑みどこ行った。
――こうなった経緯を説明する。
プール初体験の子がほとんどの中、最初は水に慣れるために底に落としたボールを拾うことからスタートしたのだが、それはちゃんとクリアできた。
ゴーグルをしているので水の中で目も開けられるし、肺活量もそれなりにあったので水に潜るのは大丈夫だった。たっくんからも、「花蓮ちゃん、潜るの長いね」って褒められたし。
そして次に泳ぐ練習ということで、ビート板を使ってバタ足で向こう岸までいけるかを皆で横に並んで行ったのだが、潜れたことに自信をつけていた私はいざビート板を掴んで泳ごうとした時、思いっきり壁を蹴って水面に臨んでしまった。
それがいけなかった。
勢いをつけ過ぎたせいでビート板が変な方向を向き、手がすべって離してしまい、まさかビート板がなくなるなど思いもしなかった私は急なことに驚いて、そのまま底に沈んだ。
私が急に沈んだことに驚いた五十嵐担任により救出されたが、水面から顔を出した私を待ち受けていたのは―――― 一切の動きを止めて私に視線一直線の、空気が凍りついたクラスメートたちだったのである。
「ほら、練習するぞ。いいか。ビート板をしっかり持つ、ビート板を浮かべる、顔を水につける、足を離して浮かぶ、足をバタバタ動かす、顔を上げる、だ。分かったか」
「分かりました先生」
クラスの中で一番運動神経が良いと認識されている裏エースくんに、私のお守の任が与えられてしまった。彼も皆と遊びたいだろうに文句も言わず、私のお守をしてくれている。
そんな裏エースくんのためにも、ビート板がなくても華麗に泳げるようにならなければ……!
「そう、そう。…………だから顔あげろって言ってるだろ! 待てバカ止まれ! あっ、またビート板すべらした!」
「ブクブクブクブク」
「浮かべよ! 何で逆に沈むんだよ、ああもう!」
ざぶん、と音がしたと思ったら、腕を掴まれて引き上げられた。
少々空中とおさらばしていたその間で一体何があったのか、裏エースくんの私を見る目がとても細くなっている。
「……プールはボールと違って、いつでもできないからな。徹底的に今やるぞ」
「何で急にそんな厳しいことを言うんですか」
「花蓮、分かってるのか。このままだとお前、プールも見学だぞ」
「うそですよね!?」
もって何だ、もって!
まだドッジボールは見学決定じゃないやい!
スパルタ裏エースくんの指導の下、ビート板を使うのは私には時期尚早(!?)ということで壁に手をついて水に顔をつけ、十秒数えては顔をあげて息継ぎをするという方針に切り替わった。
「……ぷはっ。あの、これいつまでするんですか?」
「時間いっぱいまでだな。取りあえず息することを体が覚えないと話にならない」
話にならないとまで言われた私は、本当にプールの時間が終わるまで息継ぎ練習をさせられた。
プール終了後、そんな練習風景を見ていたらしい相田さんから、「水に顔をつけてる百合宮さんとそれをジッと見てる太刀川くん、すごくシュールだったよ」と言われた。
いつもなら面白そうな顔で言ってくる彼女が苦笑いをしていたことから、余程シュールな光景だったらしい。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
『プール? えぇ、我が家にはありますけれど。でも身長が深さに足りてないので、まだダメと言われておりますの』
「そうですか……」
相田さんの反応から危機感を覚えた私は自習練できないかと、家にプールがありそうな麗花に電話して聞いてみたのだが、結果はご覧の通り。
そうだよねぇ。学校のプールは高学年と低学年用の深さに別れて造られているけど、家は大人も一緒に入るからねぇ。
電話をする前にそこまで考えが及ばず気を落とす私に麗花が、『水泳が上手くなりたい、と言うことでしたら』と前置きをして。
『習い事として考えてみてはどうですの? 内容や期間を相談可能なところに通えば、早く身につくのではないかしら』
「そうか、習い事……!」
目から鱗である。
家のプールはダメだったけど、麗花に相談してみて良かった! さすがしっかり者の麗花!
「ありがとう麗花! 早速お母様に相談してみる!」
『えぇ。応援しておりますわ』
麗花との電話を終えて宣言通り、早速リビングで最近趣味として始めたパッチワークをしているお母様のところへと直行した。
「お母様! 私、泳げるようになりたいので、スイミングスクールに通いたいです!」
「スイミングスクール? どうしたの急に?」
目をパチクリさせるお母様に、今日の体育のことを告げる。
「……ということで私、泳げるようになりたいのです。我が家はプールありませんし、麗花さんに聞いたらまだプールはダメって言われているって。泳げないと溺れてしまいます。どうかスイミングスクールに通わせて下さい!」
「そう。でも習い事だったらお父様にも聞いてみないとね。お母様は花蓮ちゃんの泳げるようになりたいって気持ち、すごく良いと思うわ」
ニコニコ嬉しそうに言うお母様に、内心ガッツポーズを取る。我が家のヒエラルキー頂点であるお母様がこう言ってくれたということは、十割習い事の許可が下りたも同然である。
しかしルンルン気分でリビングを後にした私はその後、私の習い事をどうするかという両親の話し合いに参加しなかったことを、深く後悔することになる。
 




