Episode63-1 社会科見学 調香体験
プンプンから一転、ニコニコし始めた私に安心したのか彼もホッとし、それから何故かたっくんと相田さんと木下さんを呼んだ。
「なに? 新くん」
「どうしたのー?」
「お前ら、ちょっと花蓮と一緒に回ってくれないか? 拓也は花蓮の精神安定剤で、相田たちは親父さんの精神安定剤っつーことで」
あぁ、なるほどと言う三人に慌てる。
「ちょっと、人を情緒不安定みたいに言うのやめて下さい! というか何です、精神安定剤って」
「拓也が近くにいたらいつも花飛ばしてるだろ。女子に関しちゃ男ばっかり近くにいたらアレだから、女子の友達もちゃんといるって親父さんに分かってもらえるだろ。あと花蓮がピリつくと、他のヤツらとか工場長さんに悪影響だから、そのための拓也だ」
「工場長さんまで!?」
何と。私のお父様へのちょっとした注意が、周囲にそんな影響を及ぼしていたなんて……!? あ、確かに何かちょっと顔色が悪いような……。
「花蓮ちゃん。一緒にいようね」
にっこりと笑うたっくんだが、少しだけ有無を言わさぬ感を漂わせている。
そうした友人たちの気遣いと配慮により、その後特に問題もなく精油の抽出工程見学を終えると、最後は香水作りの調香体験である。
一室に入り数人でテーブルを囲む中、私のテーブルにはたっくん・相田さん・木下さん・裏エースくん・西川くんが座った。
香水にも香料の濃度によって呼び方がいくつかあり、今回私達が作るのはスプレーコロン。すぐに使い切れるようにスプレーボトルもミニマムだ。
ボトルには予め適量の無水エタノールが入っており、テーブルの中央に用意されている数種類の精油から選んで、スポイトで注入するという作業になる。
自分でやる作業はあまりないが、選んだりちょっとだけでも自分でやれるという点で、小学一年生には楽しい時間となるだろう。
「たくさんあるから悩んじゃう」
「ね~。うーん、私はオレンジかラベンダーかなぁ」
「俺はハイビスカス!」
「決めるの早いな。拓也は?」
「えーと、どうしよう。キンモクセイも気になるし、ヒノキもどうなんだろう?」
思い思いに精油選びが始まった中、私もどれにしようかと悩む。
一つは絶対に除外して残りから選ぶとなると……。
「花蓮」
「……何でしょう」
そっと後ろに立たれて呼ばれてしまったので仕方なく振り向くと、やはりというかお父様だった。こういう皆で集まって楽しく語りながら作業している時くらい、遠慮してもらいたいのだが。
そしてスッと一つの精油を指差し、提案してくる。
「リリーにしてはどうだろうか」
「……」
「ほら、日本語に直したら百合だ。お前にぴったりだと思うのだが」
「お父様」
今回は普通に呼ばれたから怒られないと思って笑みを浮かべるお父様へと、私は微笑んでとある方向へとスッと指を差し向けた。
「菅山さんのところへお帰り下さい」
「……うむ」
お兄様を意識した深い微笑みに不穏な気配を感じ取ったらしく、お父様はしょんぼりしながら大人しく菅山さんの元へと歩いていく。
お母様への連絡③としなかっただけ良いと思って頂きたい。数種類ある中で絶対に除外した唯一をわざわざ提案してくるとか、愛娘のことを全然解っていないじゃないか!
「拓也、出番」
「花蓮ちゃん。えっと、リリーじゃダメなの?」
「リリーだけは絶対になしと決めていましたので。だって私、百合宮ですよ? 熱狂的な百合好きでもないのにわざわざ百合を選ぶなんて、何かすごい自分大好きみたいじゃないですか」
それに【空花】では私、『白百合の君』とかこっ恥ずかしいあだ名を付けられていたからね!?
何かの拍子にそんな乙女ゲーと同じあだ名を付けられたら、たまったもんじゃないよ。
「そう、かな。私、百合のほのかに優しい香り、百合宮さんにぴったりだと思う」
「うん。百合宮さんのイメージだなぁって私も思う!」
「え。そうですか?」
木下さんと相田さんの女子組からそう言われ、逡巡する。
どうしよう、二人から言われるとリリーでもいいような気がしてきた……!
ムムッと悩む私をよそに皆は比較的早く決まり、置いていかれそうだった私は即決した。
選んだ香りに関して、木下さんがラベンダー、相田さんがオレンジ、西川くんがハイビスカス、裏エースくんがキンモクセイ、たっくんがヒノキ、私がリリー。
木下さんと裏エースくんは相田さんとたっくんが決めかねていた香りを選び、私はせっかく友達にぴったりだと言われたものを無碍にするのも忍びなかったので、そう決めた。離れた所からお父様の視線を背中に感じるが、問題はない。
「う~。スポイトを持つ手が震える……」
精油をスポイトで吸い取り、ボトルへと数滴落とすところで緊張しているのか、西川くんがそう呟く。
「そういうところ、お前繊細だよなぁ」
「ちょっと多くなっても大丈夫じゃない?」
裏エースくんと相田さんがそう言っても、彼の手は未だ震えたまま。
と、その手に一回りは大きい手が上から重ねられた。
 




