Episode9-2 文通を始める
それから数日後。
提案があった日と同じく学校から帰宅したお兄様が、水色の封筒を手に持って私に渡して来た。
「あの、これは?」
「ん? 花蓮が書いた手紙の返事が返ってきたんだよ」
「え!? 本当に!? あの内容で?!」
「お前一体なに書いたの」
何と奇跡は起きた。
てっきり返事は来ないものと思っていただけに感動も一塩だ。
微妙な顔をするお兄様から手紙を受け取った私は、早速自室で手紙を開封して読む。
便箋は青空の背景が写されたシンプルなもので、その筆跡は同じ歳の子がここまで綺麗に書けるものなのか、と驚くくらい達筆だった。
<はじめまして、名無しさん。
書き名を決めてくれとのことだったので、返事を出すまでに時間がかかったことをおゆるしください。
考えたのですが、あなたがくださった便せんのてんとう虫にちなんで、『天』はどうですか? 気に入ってもらえると嬉しいです。
僕のことはリーフと呼んでください。お返事をお待ちしています>
「何かすっごい、すっごいよこの子。こんな文章書ける子が人嫌いとか信じられないんだけど!」
てんとう虫にちなんで『天』って表現が、とても同じ歳の子とは思えない。
いや気に入ったけどね!
思うに手紙だからこんな風に話せるのであって、やっぱり会って話すのとでは違うんだろうなぁ。よし、私も頑張って返事書こう!
せっかく呼び名を便せんにちなんで決めてくれたことだし、同じものを使用する。
<呼び名を決めてくれてありがとう。天って呼び名、とても嬉しいです!
ところでリーフさんの名前はどうやって決めたのですか? 次に書いてくれる時はぜひ教えてくださいね。
あ、ちなみに私お花が好きなんですけど、リーフさんは何か好きなものってありますか?
せっかくこうしてお手紙でお話するので、いろいろなことをお話したいです>
うん、最初より全然マシな出来だ。
お兄様に届けに行けば、「え、もう書いたの!?」と驚かれた。
ふふん、気分が乗れば筆が進むのは早いのですよ私は。
それから三日に一度のペースで文通を行っていれば、ある程度相手のリーフさんのことを把握できるようになった。
和食が好きで、洋食はあまり好きではないこと。
外に出るよりも家の中で本を読む方が好きなこと。
最近はお兄さんの体調が良くて構って貰える時間も増えて嬉しいけど、無理してほしくないこと。
どうやらリーフさんのお兄さん……お兄様のお友達さんは、あまり健康面がよろしくはないらしい。
それとなくお兄様に聞けば、「本人は大丈夫だって言い張るんだけどね。まだ低学年の頃は確かに学校を休みがちだったよ」と言われた。
「お兄さんを心配する優しい弟さんみたいなんだけどなぁ」
多分お兄さんに交友関係のことで心配をかけているということは、本人も感じてはいるのだろう。リーフさんの書く手紙は基本的に文章量が少なめだ。
私の方が問い掛けてそれに返事を返す、それに何かしら続けるような終わり方で手紙を締めくくっているため文通自体は続いているのだが、何か書かなければいけないというような義務っぽさを感じる。
文通してますよーアピールで、お兄さんの心配を払拭させようと利用されているだけのような気がしないこともない。
いや別にいいんだけどさ、女の子に慣れさせるって話で始まった文通だし。……本当にいいんだけどさ。
「でも気づいちゃったんだよねぇ」
頬杖をついてリーフさんが書いた手紙を見下ろす。
前世で友人と文通をしていたから分かる。
友人の書いた手紙は読んでいて、とてもワクワクした。次に来る内容が楽しみだった。
でも、リーフさんの手紙にはワクワクしない。丁寧で読みやすいけど、ただそれだけだ。何か空いた時間に思い出したように書いただけの内容っていうか。
最初は確かに綺麗な文章だと感動したが、器械的なそれが続くと却って味気なさが目立つ。これでは返事を出す方のやる気も削げるというものだ。
初めて返事が返ってきた、私のあの感動とやる気を返せと言いたくなる。
「……言っちゃおうか。私だって書くなら楽しく書きたいし、ワクワクしながら読みたいもん!」
うし、やってやる!
直接顔を合わせて言うのなら恐らく無理だったが、これは手紙なのだ。
私はシンプルな白い便箋を机に広げ、鉛筆を手に手紙を書き進める。
要約すると、「本当に文通やる気あるの? ないんだったらその気が起きるまでもう書いてくんな!」という喧嘩腰の内容を、丁寧に三つ折りして飾り気のない白い封筒に入れてお兄様に渡した。
「……何か随分楽しそうな顔をしているね?」
「はい。次にどのようなお返事が来るか私、とおっっっっっても楽しみです! 次はお返事が来るまでに日が開くと思いますが、気にしないでくださいね」
「……お前一体なに何書いたの」
あら、そんな手紙と私を交互に見るような怪しい内容ではありませんよ?
 




