Episode61-2 初ドッジボール特訓と学校行事
「お父様。今度の社会科見学で、その見学先が百合宮の工場だと聞いたのですけど。本当ですか?」
一家揃っての夕食時、私は早速お父様へと確認する。聞かれたお父様は手に持ったナイフを落とし、動揺を顕わにした。
「なっ、何故それを……! 当日のサプライズの筈が」
「いや事前に場所は知らされるでしょ。サプライズは有り得ないですよ、父さん」
お兄様から流れるように指摘が入り、サプライズが土台無理な話であったことを知って、がっくりと肩を落としている。そんなお父様をニコニコして見つめ、お母様も話に入ってきた。
「私も菅山さんから話を聞いた時は、とても驚いたわ。それに学校からではなくて、貴方が自分から学校に話を持ち掛けたって聞いて、目を丸くしたもの」
「えぇっ」
何それ! とんだ張り切りじゃん!
一体何を企んでいるのかと目を細めてお父様をジッと見つめると、顔を引きつらせたお父様が冷や汗を垂らして言い訳し始めた。
「いやだって、入学式にも参加できなかったし、奏多のところはそういった行事も当分ないし。……お父様だって、学校の行事に参加したかったんだ!」
「「うわー……」」
息子と娘の引いた声がダイニングに木霊した。
仕事一環の鬼軍曹だった人の口から出たとは、とてもとても思えないお言葉である。
そして行事があったら自分のところにも話を持ち掛けられる可能性があることを知ったお兄様から、スパッと切れ味の鋭いナイフが飛んだ。
「父さん。僕はもうすぐ中等部に上がります。花蓮のところはまだ低学年なのでそういった考えはないでしょうが、僕くらいの年齢となると企業スパイを心配するべきです。工場と言えど、どこに目を光らせているか分かりません。聖天学院では、そういう話は持ち掛けないようにして下さい」
「うむ……」
反論の余地もないお兄様の言葉に、お父様がしょんぼりする。
「奏多さんはしっかりしているわね。貴方も奏多さんを見習わないと」
「うむ……」
一家の大黒柱に、それを支える柱からもにこやかに矢が飛ばされた。矢をノーガードで受けた大黒柱にヒビが入った。
こんな様子であるし、私から何かを言うのは躊躇われる。
まぁ西川くんも楽しみにしてくれていることだし、特に何か黒いことを考えているわけでもなさそうだから、何も言うまい。
――と、そのまま食事を再開しようとしたが。
「か、花蓮。奏多からはああ言われたが、お前の見学先は我が社の工場で決定だ。先方からぜひ一緒に工場を回って下さいとお願いされたから、当日は私も参加することになってな。お父様は立派にお前の父親としての務めを…」
「今からでも遅くないので参加をお断りすることはできませんか」
皆まで言わせず、私は真顔でハンマーを振り下ろした。
どういうことだ。大企業の代表自ら、小学校の社会科見学に参加とかどういうことだ。そういうのは大体工場長の役目だろう。
加え私の場合は他の子と違って、私のみ父親参観日みたいなことになるじゃないか! ヤダ恥ずかしい!
真顔の私に、しかし何故か対私にはグッと背筋を伸ばして、お父様ははっきりと告げてくる。
「無理だ」
「無理とはどういうことでしょうか。お父様は会社の社長です。色々とお忙しい筈です」
「菅山に命じて、その日前後一週間は出張やら会議とかを入れないようにさせた。私自身、そんなことにならないように入学式の時の反省を活かし、仕事の調整は完璧に整えている。断ると逆にその日一日、何もすることがなくなってしまうのだ」
どうだと言わんばかりのドヤ顔をするお父様に、手に持つフォークをギリリと握り締める。
反省の活かし所!
私の気持ちも考えてお父様を止めてよ、菅山さん!
この場にいない秘書の菅山さんに恨みの念を送っていると、勝ち誇った顔をしているお父様に再度お母様から矢が飛ばされた。
「分かっていると思いますけど、貴方も花蓮ちゃんの迷惑にならないように行動されてね? 貴方の当日の行動は、逐一菅山さんから報告して頂きますからね」
「うむ……」
ハンマーは回避したが、同じ場所に矢が再び突き刺さった大黒柱のヒビは、ピシィっとその傷を広げていた。
そんなお父様から私へと、お母様が視線を移す。
「ところで花蓮ちゃん。柚子島くんは今度、いつ我が家へいらっしゃるの?」
「へ? えっと、何のお話でしょう?」
「あらやだ。この間は麗花ちゃんと瑠璃子ちゃんと盛り上がって、全然私とはお話しできなかったじゃない。私だって柚子島くんから花蓮ちゃんが普段学校でどうとか、色々聞きたいことやお話したいことがたくさんあるのよ? 気に入ったから、ぜひ今後とも花蓮ちゃんと仲良くしてもらいたいわ」
お母様が非常にたっくんを気に入っている!
そのお母様の話に、お兄様も頷いて参加し始めた。
「それ僕も一緒に聞きたいな。遠足の時に会ったけど、僕も彼のことは気に入ったから。いつ来てもらえるか分かったら、僕にも教えてくれる?」
何の含みもなく柔らかい微笑みを浮かべるお兄様も、存外たっくんを気に入っているご様子。
二人からそう言ってもらえるのは嬉しいが、麗花と瑠璃ちゃんのお嬢様組とは別で、たっくんの中のハードルでは私の家族はまだまだ先のことのように思う。
うーん。たっくんにはさり気なく、ちょっと仄めかしてみるか……。
「ちょっと待ってくれ」
どうさり気なく仄めかすかを考え始めた私の耳に、何やらお父様から待ったの声が届く。
「何ですかお父様」
「なに貴方」
「なに父さん」
三人から同時に発せられた言葉にうっと仰け反ったお父様はしかし、意を決したような面持ちで私達の顔を見渡した。
「私はそんな話、聞いていないのだが」
「「「あぁ……」」」
「あぁって何だね、あぁって。一体どういうことだ。柚子島くんという子が家に来たというのも、奏多が遠足で会ったというのも聞いていないのだが!」
「私は話していませんし」
「その日は貴方、久しぶりに急遽夕方に会議が入ったって連絡してきた日だもの。お話しする機会なかったじゃない」
「遠足の時はその時で、僕も色々しなきゃいけないこととかあったし」
口々に言われて、お父様の目が涙目になる。
「またか! また私だけ仲間外れにして! 去年の夏だって私だけ仕事で、三人は山の別荘に遊びに行っていたじゃないか! 私だって家族だぞ、夫で父親だぞ!! 菅山に愚痴るぞ!!」
菅山さんに迷惑だからやめろ。
しかしながらその訴えには私も、お母様やお兄様にもどこか感じ入るものがあり、愚図るお父様を慰めにかかった。
「ごめんなさい、貴方。今年の夏は貴方も一緒に、家族でどこかに遊びに行きましょう?」
「父さん。後でいいんですけど、ちょっと課題で悩んでいるところがあるから、教えてもらいたいんだ」
「社会科見学、お父様も一緒で良いですから。元気出して下さい」
慰められたお父様はコクコクと頷き、次第に元気を取り戻していった。
ちなみにお兄様。
お兄様に分からない課題がお父様に分かるのでしょうか……?
何となく心配になった私は夕食後、こっそりとお兄様に話を窺った。
「あぁ、大丈夫。分からない振りして父さんに自信を取り戻すだけだから。別に本当に悩んでなんていないよ」
さすが頼れる百合宮家の長男である。
そうした家族の気遣いにより、お父様は社会科見学の日を迎える頃には、すっかり自信と威厳を回復させたのだった。




