Episode60-1 麗花の報告
「花蓮……」
「花蓮ちゃん……」
あーあ、というような女子二人の声が私へと突き刺さる。
だ、だってあんな顔赤らめて、しかも涙目で見つめてくるんだよ? しょうがなくない?
さすがにこんな空気にした責任を自覚してうろたえていると、ワナワナと口元を震わせたたっくんが、「花蓮ちゃん!!」と大きな声で呼んだ。
「もう! どうしてそう恥ずかしげもなく、そういうこと言うの! 薔之院さんや米河原さんのようなお嬢さまに可愛いとか好きとか、事あるごとに話されてること知った僕の気持ち分かる? すごくすっごく恥ずかしいんだけど! 待って、家族にもって言ったよね? あの格好良いお兄さんにも僕のことそんな風に話してるの!? ちょっともう僕どうしよう!!」
「だって本当のこt」
「喋んないで!」
「はい」
「僕だって花蓮ちゃんのこと可愛いし、一緒にいて楽しいって思ってる! だけどいくら何でも僕だって限界ってあるの! 言ってくれるの嬉しいけど、ちょっとこれもうダメだ。僕にも他の人にも、僕のことで可愛いとか好きとかあんまり言わないで! お願いだからもっと自重して!!」
「……」
「返事!」
「はい!」
真っ赤な顔でプリプリ怒るたっくん可愛いと思いながら、言われた通りお口チャックしていたら返事を求められたので元気に応答した。
でもなー。気持ちってはっきり言わないと伝わらないし、どれだけたっくんが素敵な子かっていうの、皆に知ってもらいたいし。
内心そんなことを思っていると、フーフー息を整えているたっくんに麗花が告げ口する。
「柚子島さま。元気に返事しましたけど、あの子またやらかしますわよ。そういう習性ですもの」
「習性って何ですか。人を動物みたいに」
「人間も立派な動物ですわ。私だって彼と同じように貴女の被害者ですもの。気持ちはよく分かります」
被害者ってなに!?
たっくんに向かって強く頷く麗花に、瑠璃ちゃんまでが「麗花ちゃんはそうだよね」って同意している。何故!?
「私も花蓮には可愛いだの好きだのと、恥ずかしげもなくよく面と向かって言われておりますの。貴方と私はお仲間ですわ!」
「薔之院さん……」
「待って下さい。それ何の仲間意識ですか」
変な同盟を今にも組みそうな二人にストップをかけている間に、瑠璃ちゃんがガサゴソと持って来ていた白い箱をご開帳する。中から出てきたのは、今日の女子会のメインである新作お菓子。
快晴の青空のような透き通ったキラキラの水色のドーム状の中に、白い球が沈んでいる。大きさは一口ケーキ大。それをそれぞれ目の前に置かれる。
「うわぁ。すごくきれい!」
「まるで泉の中に真珠を落としたかのようですわね。梅雨どころか、夏にもお勧めできそうですわ」
「ありがとうございます。ふふ、見た目の掴みはバッチリね。どうぞご賞味下さい」
「米河原さん、僕もいいんですか?」
試食会に飛び入り参加のたっくんが不安そうに瑠璃ちゃんにそう聞くと、彼女はニコッと笑って頷く。
「はい。意見は多い方が参考になります。それに人それぞれで味覚はまた違いますし、ぜひ遠慮せず」
「い、頂きます」
そんなやり取りを耳にしながら付属の黒文字で半分に割ると、下までスッと引っ掛かることなく切れた。
水色のドームはゼリーで、白い球はてっきり白玉かと思ったけど断面を見たらムースだった。
半分にした一つを刺して口に入れると、その風味に思わず唸る。
「んー♪ ラムネゼリー美味し~! バニラのムースと合う~♪」
「ラムネの仄かな酸味と、バニラの甘味がお互いをよく引き立てておりますわ。おかげでどちらをとっても、酸味も甘味もクドくありません。美味しいですわ!」
私と麗花が絶賛し、たっくんも目を輝かせた。
「これすごく美味しいです! 梅雨時期に発売されるんですか?」
「その予定です。良かった、三人ともに好評で」
「梅雨かぁ。……飾りで上に緑とかあっても映えないかなぁ」
「え?」
ポツっと何気なく呟かれたたっくんの一言に、瑠璃ちゃんがピクっと反応した。それにたっくんが慌てる。
「えっと、特に深い意味とかはなくて! ただ、梅雨だったらカエルとか、濡れた葉っぱとか緑のイメージがあるから。これ、薔之院さんがさっき言っていた泉ってことだったら、水面に浮かぶ葉ってどうかなって思っただけで。でも飾るだけで見た目気にしても、食べるのに邪魔ですよね!」
しかし瑠璃ちゃんは真面目な顔で、首を横に振った。
「……いえ。緑。砂糖漬けのレモンバームを乗せたら一緒に食べられるし、見た目も爽やかになる。青臭さは残らない? チョコミントは……ううん、それだと甘味の方が勝っちゃう」
「え、えっと」
「拓也くん。いま瑠璃ちゃんは頭の中で味のシュミレーションをしているので、話し掛けない方がいいですよ」
「意見言ったらいつもこうなりますの」
そう。さすが今や他の追随を許さない、食品製造業界の重鎮である米河原家の娘。
よく新作を家で試食させられている彼女の舌は色んな食材の味を覚えているらしく、どんな組み合わせをしたらどんな味になるのかが分かるという。
ただその味覚も特殊なので、良いものを普段食べている高位家格の令嬢である私と麗花もモニターになって、毎度試食させられているというわけである。
まぁ瑠璃ちゃんが吟味した上での試食だから、全部美味しいんだけどね。今日みたいに見た目の観点からこうした方がいいのでは、とかたまに言うくらいの試食女子会なのだ。
 




