Episode59-1 男の子の友達と女の子の友達
取っ手を手にして扉を開いた状態のまま立ち尽くすたっくんの後ろ姿と、中から聞こえてきた声に、遅かった……!と項垂れる。
扉を開ける前だったら、引き返してリビングに案内できたのに。開けてしまったものは仕方がない。
こうなったらもう、たっくんにも試食女子会に参加してもらおう!
「拓也くん」
掛けた声にパッと振り向いた彼は、混乱と恐怖の混ざった表情で私の元へ来る。
「か、花蓮ちゃん! 何か、部屋の中に女の子がいる……!」
その言葉でどれだけたっくんが混乱しているのか知れる。
ホントごめんなさい。
そして私の声が聞こえたからなのか、部屋からひょこっと麗花が顔を出した。
「花蓮?」
「……いやー、あはは」
誤魔化すように笑ったせいか、私とたっくんを見比べて何やら察したようでジト目で私を見てくる。
「取りあえずお部屋に入って下さる? ……そちらの貴方も」
ビクッと肩が跳ねるたっくんと手を繋いで麗花の後に続いて入り、クッションの上に隣り合って座る私達の正面に腰を下ろす麗花。
何だろ。私の部屋なのに、麗花が女主人と錯覚するようなこの堂々たる存在感。
「で?」
「で、とは」
「完全に今日の女子会のことを忘れて連れていらっしゃったそちらのご子息は、一体どなたですの」
「べ、別に忘れていたわけじゃ……」
「瑠璃子の家の新作試食がメインですのに? そうですわね、まず貴女が忘れるなんて有り得ませんわよねぇ~。何てったって、瑠璃子の家の新作ですものねぇ~」
「すみませんでしたああぁぁぁ!!」
「下手な言い訳が通じるなんて思わないことですわ」
ううっ。麗花が鋭いよぅ。
言葉がグサグサ突き刺さったよぅ。
耐えきれず西川くんばりの土下座をかます私に、フンッと鼻を鳴らす麗花。冷たいよぅ。
土下座の姿勢のまま、頬をペタリとカーペットにつける。
「こちら、学校のクラスメートでお友達の柚子島 拓也くん。こっちの縦巻きロールが圧倒的な存在感を放っているのは、薔之院 麗花です……」
「どういう紹介の仕方ですの!? ちょっと、この子まさか学校でもこんな感じじゃありませんわよね!?」
「えっ。いやもうちょっとお嬢さまっぽい」
「もうちょっと!?」
「全然令嬢らしくないと同義ですわ!」と麗花が目を三角に吊り上げた。
あれっ? ちょっと待ってちょっと待って。
「拓也くん。私、学校ではちゃんと令嬢らしくしています」
「その格好で言われても説得力が皆無ですわね」
「………ん?! え、待って? 薔之院って、薔之院……!!?」
仕方なく姿勢を元に戻し、目の前にいる人物のことで驚き慌てふためくたっくんを見て、苦笑する。
そりゃそうだ。友達の部屋にいた見知らぬ女の子が、圧倒されていた我が家と同格の令嬢だと判明したら、多分誰でも同じ反応すると思う。
「聖天学院の制服だからお嬢さまなんだろうなって思ったけど、まさかあの薔之院家のご令嬢だなんて。聞いてないよ、花蓮ちゃん!」
「私だって朝までは覚えていたんです。太刀川くんが抜け駆けしたから」
「それ新くんのせいにするのおかしいと思う! というか僕、今ちょっと一杯一杯だよ!? 花蓮ちゃんと普通に話すのも最初すごく勇気いって、最近やっと言いたいことも言えるようになったのに! 部屋の中に薔之院家のご令嬢って、どういうこと!? 何でそんな大事なこと忘れちゃうの!? 僕どうしたらいいの!!?」
やばい! たっくんが、たっくんが怒った!
「お、落ち着いて下さい! 深呼吸、深呼吸して!」
「落ち着けないよ! 花蓮ちゃんのバカ!」
バカって言われた!
ガーンとショックを受ける私を尻目に、うんうんと麗花が頷く。
「柚子島さま。仰ること、とても共感できますわ。貴方も花蓮に振り回されておりますのね」
「も、って。あの、薔之院さんも、ですか?」
「この子見た目や雰囲気はご令嬢ですけれど、中身はとんだぶっ飛びっ子ですの。去年の春にあったお茶会で初めて会った時は、同じ年とは思えないくらい落ち着いてしっかりした令嬢だと思いましたのよ? なのに、会う度に斜め上の発言はしますし、態度もマイペースになっていきますし」
「うわ、すごく分かります。名前順なので僕花蓮ちゃんの前の席なんですけど、近くで見ると本当にすごく可愛くて動きもきれいで、緊張ばかりしちゃって。でも何かグイグイ来るし行動力ハチャメチャだし、面白い女の子なんだって思うようになっちゃって」
「そうなんですの! 貴方、とても話しやすいですわ」
「ぼ、僕も薔之院さんがこんなに気さくな人だって、初めて知りました……。やっぱり、話してみないと分からないなぁ」
あれ? 私がショックを受けている間に、何か二人仲良くなってるんですけど。しかも私が令嬢らしくないという点で盛り上がっている。
仲良くなってくれるのは嬉しいけど、何か素直に喜べないぞ。おっかしいな、学校では令嬢らしくしているのに。
私が首を傾げて今までの学校での行動を振り返っていると、話題はたっくんの訪問理由になった。
「ところで、今日は花蓮の家に遊びに来たんですの?」
「ううん。花蓮ちゃんのお勧めの本を借りるために来たんです。今日金曜日だから、お家で直接渡すからって、花蓮ちゃんが誘ってくれて」
「本? どういう系統のものをよくお読みに?」
「よく読むのは物語です。……えぇっと、ドクドクローの冒険シリーズとか」
私がいなくとも進む会話にいつ輪の中に入るかタイミングを狙い、何やらそこでハッとしたような顔をした麗花が何かを喋ろうとした時、コンコンっと扉がノックされた。
「ごめんなさい花蓮ちゃん、麗花ちゃん。遅くなっちゃって」
「あっ、瑠璃ちゃん!」
扉から聞こえてきた柔らかい声にパッとそちらへと向かい扉を開ければ、白い箱を両手で抱えた瑠璃ちゃんが私を目にして、フワッと花が綻ぶように笑う。
あぁ、いつ会っても癒され可愛い……!




